第5話 その恨み、はらしましょう

 夏の夜、蒸し暑さを感じさせない部屋で、高級スーツを着た男がたばこを口にくわえた。スーツの胸には、広域暴力団の金バッジが光っている。

刈谷だ、借金のかたに女を奪い、風俗で働かせ、しのぎを上げている。

組の中でも権力を高め、本家の幹部までのし上がっていた。

「おやじ、由香は惜しい事をしましたね」

刈谷の若い衆、信二がたばこに火をつける。

「ああ、あいつは指名のリピートが高かったからな」

「いい金づるでしたのにね」

「ハハハ、死んでしまったものはしょうがねえや、替わりを作ればいい」

「そうですね、そう思って、隣の部屋に女を用意してます」

「気が利くじゃねえか、歳はいくつだ?」

「十七です」

「おお、いいね。じゃあ、教育を始めてくるわ」

「ごゆっりどうぞ」

人一人を自殺に追い込んでおきながら、罪悪感も何も感じていない刈谷。彼にとって、利用できる女はただの商品のような物なのだろう。

刈谷は高級スーツを脱ぎ、上半身裸になり隣の部屋へと向かう。彼の背中で、宝剣を持つ不動明王が睨みをきかせていた。

全身に彫った入れ墨を見せ、女に恐怖と絶望を与える事から、彼の教育がはじまるのだ。

刈谷が部屋に入ると、少女が部屋の隅で震えているのが見えた。

入れ墨を見る前から、恐怖は始まっているのだろう。いや、ここに無理やり連れて来られた時から始まっていたかも知れない。刈谷の入れ墨はそんな女達に、ダメを押す形で、絶望を与えるのだ。

刈谷は、スマホをベッドに置いた後、少女の前にしゃがんだ。

「おい、服をぬげ」

「・・・・・」

「脱げ!   って言ってるだろう!!」

刈谷が少女に近づき、ベットに力づくで上がらせ、上に覆いかぶさった。

「ハハハ、俺が脱がせてやるよ」

卑劣な笑みを見せ、少女の服を破くように脱がせていく。

「や、やめてください」

少女の涙など、刈谷には通用しない。いや、かえって欲望に火をつける形になっているかも知れない。

     バシ!  バシ!

「逆らうんじゃねえ!」

刈谷が嫌がる少女の顔に拳を入れた。

客を取らせるまでは顔面でも殴る。刈谷の教育だ。恐怖と絶望を与える教育だ。

客が取れる商品になれば、顔は殴らない。しかし、身体は殴る、蹴りも入れる。

暴力で生きて来た男だから、当たり前の行動だろう。

「ハハハハハ、大人しくなったじゃねえか」

鼻血出しながら、ぐったりとする少女。それを横目に刈谷は自分のスラックスを脱ぎ始める。

ベットに上がると、絶望している少女の服を脱がせ、商品価値を確かめる。

「へへへへ、上々じゃねえか。客はとれそうだな」

「う・・・  ・・・」

「泣くんじゃねえ、俺がテクを教えてやるよ」

刈谷が自分も全裸になり、少女の上にかぶさった。

「おまえに明王は似合わない」

刈谷の背後で声が上がる。

慌てて振り向く刈谷の目を闇が塞ぐ。部屋の照明が落ちたのだ。

「だ、誰だ!」

咄嗟にスマホを掴み、背後を照らす。

スマホの緩い明かりの中に、女性の姿が浮かんでいる。

「お、おまえは由香」

死んだはずの女が自分の前にいる。しかも自分のせいで自殺した女が。

常人なら、慌てふためく所だろうが、肝がすわっているのか、刈谷はベットサイトに隠していた拳銃を取り出し、由香に向ける。

「誰に頼まれた? 由香に似た女を用意しても俺はビビらねえぞ」

      パン!

乾いた音が部屋に響いた。刈谷が拳銃を発射したのだ。

人に向けて、躊躇なく拳銃を撃てる刈谷。女を使い商売する卑劣な男だが、それなりに修羅場もくぐってきているようだ。

しかし銃弾は、由香に傷を与える事なく、壁に穴を開けただけだ。

初めて刈谷に焦りの表情が浮かぶ。

由香が宙を浮くように、ゆっくりと刈谷に近づいて行く。

      パン! パン!

連射の銃弾も全て由香にダメージを与える事はない。全て壁に穴を開けるだけだ。

「く、来るな!」

刈谷は銃を由香へと投げつけた。その銃も由香の身体をすり抜け、壁に当たり床に落ちた。刈谷が部屋の隅に追い込まれれた形になり、背中を由香に向けて震えている。この男が初めて味わう恐怖かも知れない。

    うわーーーーーー

刈谷の背中に痛みが走る。背中に爪を立てられ、皮をはぎ取られるような痛み。

前を向くと、由香の手に剣が握られている。刈谷も知っている剣だ。

自分の背中に彫りこんで、さんざん人を脅してきた剣。

    不動明王の宝剣だ!

由香が刈谷の股間に視線を向ける。そこには散々女を苦しめた男根が見えた。

彼女達を威嚇してきた男根も今は勢いもなく、恐怖で縮んでいる。

「や、やめろ、やめろ!」

由香は男根を掴むと宝剣を振り下ろした。

     ギャーーーーーーーーーー!!!!

又から血を流しながら、刈谷は部屋を飛び出し、信二の姿を探す。

しかし信二はいない。いや、もうこの世にはいない。

信二の首がソファーに転がっている。

ソファーの横には、なたを持った老人がたたずんでいた。

又からの出血で意識が朦朧としてきたのか、刈谷はその場でへたり込んだ。

視界の隅に宝剣を手にした由香が、壁をすり抜けて笑っている姿が見える。

そして刈谷の最後の光景は、自分の顔面に向かってくる、宝剣の剣先だった。

「だからあんたに、明王は似合わないって言ったでしょ」

血に染まった部屋で、女の声が静かに響いた。

明希だ、明希が右手に二枚の札を持ち、扉付近で由香を見ている。

「気は晴れたかしら?」

「・・・・・・」

「そう、まだね」

由香の表情から、何かを察したのか、明希は二体の霊体を札に戻し部屋から出て行った。

赤く染まった部屋には、信二の首が物言いたげに、刈谷の遺体を見つめていた。













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