第4話 霊視
月が夜の川を照らす。その川で半身を浸かりながら、女性がただ川岸を見つめている。
見つめる先には、もう自分の死体はない。しかし女性は見つめ続ける。
その場所で死を決意しなかったら、まだ人生を歩んでいたのかも知れないと考えているのだろうか、だが、女性の表情からでは分からない。
「あれです、楓さん」
「ふーん、なかなか綺麗な娘ね。だから気になったの」
「あのね楓さん」
「冗談よ、でも明希ちゃんが言うように危ないわね」
霊を前にしても、普段と変わらない楓だ。場慣れしているのだろう、怖気ついたり、緊張する事もない。
「じゃあ始めるわよ」
「はい」
「いつも通り、私が
楓が園野に、消しゴムの大きさ位はあるだろうか、人形の紙片を渡し、川へと向かう。
「大丈夫ですか?」
川へと入って行く楓の背中に声を掛ける。楓は大丈夫と手で合図し、女性へと近づいて行く。
女性の背後に回り、後ろから抱きしめるように、そっと触れてみる。
園野は楓が女性に触れたのを見て、額へと紙片をあてた。
(やめてーー!!!)
園野の頭に映像が飛び込んで来た。身体に入れ墨を入れている男に、無理やり服を脱がされていく自分。
川に半身を浸けている女性が体験した映像が、園野の頭にイメージ画像で流れてきているのだろう。
(もう、身体を売るのは嫌です)
高級ブランドのスーツを着た男に、腹を蹴られる
(金を返せるのか! あー!)
(もう、二年以上も売春しているのよ、借金は済んでるはずよ)
(まだ済んでねーんだよ、恨むんなら、親を恨みな)
男に髪を掴まれ、凄まれる。
(もう、駄目・・・・)
服の中に石を詰めていく。水の中に足を入れ、ただ歩いていく。
「明希ちゃん、大丈夫!」
楓の心配気な声で、園野は我にかえった。
「入り過ぎよ、霊にのみ込まれちゃうわよ」
「すみません、ありがとうございます」
楓から送られてくる霊視のイメージは、対象の霊が経験して来た事を、あたかも自分が体験してきたかのような映像で送られてくる、だから記憶に上書きされる事があり、入り込みすぎると、霊との波長がシンクロしすぎて、憑りつかれてしまう事がある。楓は園野の様子が気になり、霊視を中止して声を掛けてきたのだろう。
「まだ続ける?」
「・・・いえ、彼女の事情は大体把握できましたから」
「そうね、よく聞く話だけど、辛い事だわ」
二人はまだ川の中で、川岸を見続ける女性を見た。
園野は楓から離れ、ゆっくりと女性に近づいて行く。
楓は背後から女性に近づいていたが、園野は女性の正面から近づいて行く。
「あなた、恨みを晴らしたい?」
女性は何も言わない。園野が正面に立っているが、見えていないかのように、視線の先は変わらない。
園野が女性の前で印を紡ぐ。印とは、単純に言えば、神仏とコンタクトをとる為のサインを、指で形作る作業の事だ。
「山脇由香! 私の式になりなさい!」
園野が印を結び終えて後、指先を女性、由香の額に当てた。
由香が初めて反応を示した。視線は、園野に焦点合っているかのように、彼女を見つめている。
園野がゆっくりと頷いた。
風が布を揺らすように、由香の身体がゆっくりと揺れ始め、風にさらわれる砂のように身体が消えていく。
数秒後、川の中で園野が一人立っている。その指先には、一枚の紙片が絡みついていた。
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