第3話 悪霊か式か

 昼の日差しを受けたアスファルト。その熱がまだ冷え切らない道を園野は歩いていた。

昼勤を終え、本来なら自宅へと向かうところだが、事件のあった川へと向かう。

川岸にはまだロープが張ってあるが、人の姿はない。自殺の線が濃厚と判断されたのか、ここでの捜査は終えたようだ。

「まだ居ますね」

川の方を見た園野は、半身を川に浸けている女性を見た。

女性は昼間と変わらない姿勢で、川岸を見ていた。昼間との違いは、強い日差しを浴びるか、月光で照らされるかだけだ。

しかし、月光で照らされる女性は、寂しさが際立ち、物憂げな表情に見えた。

「あれはヤバイかもです」

園野はひとりごちながら、その場を後にする。何か目的があるのだろう、足早に川岸から離れ、繁華街の方へと向かった。



 平日の夜でも賑わう繁華街。赤ら顔の人々の間をすり抜け、園野は路地にある居酒屋のをくぐった。

「いらっしゃ・・   なんだ明希あきちゃんか」

期待していた客と違うのか、カウンターの奥から、少し残念そうな声が届く。

しかし園野の下の名を呼ぶからには、親しい関係なのだろう。残念そうな声とは裏腹な笑顔が、園野の目に入ってきた。居酒屋の主人、飯野萬太だ。飯野は冷たいおしぼりを、園野に手渡す。

「久しぶりだな明希、出世はできたのか」

カウンターで呑んでいる、見た目、いかつい男が、横の座れと目で言ってきた。

じんさん、お久しぶりです」

仁と呼ばれた男は、カウンター奥の主人からグラスを受け取ると、園野に渡しビールをぎ始めた。

「ここに来るという事は依頼か」

ビールを注ぎ終え、あての煮物を園野の前に差し出す仁。顔に似合わず世話好きのようだ。

「はい、今日はかえでさんは来てないんですか?」

「楓は今、便所だ」

     バシ!

仁の顔におしぼりが飛んできた。

「レディーに下品な事言わないで!」

おしぼりが飛んで来た方角から、綺麗な女性が現れる。

歳は三十代前半位だろうか、切れ長の目に濡れた唇。ボディーにフィットした白いシャツにジーンズ。清楚の中に年齢以上の色気を感じさせる女性だ。

「明希ちゃん、久しぶりね」

園野よりも年上に見え、喋り方はお姉さんのようだ。

「元気そうでなによりです。楓さん」

「元気じゃないわよ、最近までこいつにこき使われていたのよ」

仁の横に腰を下ろした楓が、親指で厳つい男を指さした。

「ワハハハ! 金儲けになったから良いじゃろう」

園野と楓に挟まれる形になった仁が愉快そうに笑った。今、この状況が嬉しくて、楽しいようだ。

「で、どうしたの明希ちゃん」

「はい、霊視てもらいたいがいるんですが」

「どういう状況なんじゃ」

「はい、あのままでは、悪霊になり地縛霊で人を引きずり込むと思います」

「それはまずいわね。明希ちゃんがその娘を式にするの?」

楓の問いに答える前に、園野は注がれたビールに口をつけた。

「楓さんの霊視みたてしだいですね」

「そうじゃ、まずは霊視てからじゃ」

仁が少し減った園野のグラスに、ビールを注ぐ。

「仁さんがやってくれてもいいですよ」

「儂は無料ただの仕事はやらん。ワハハハ」

豪快に笑った後、仁は一気にグラスのビールを呑みほした。

「明希、霊視るのは明日で良いじゃろう。今日は付き合えよ」

「すみません、明日は早いんで」

「ちぇっ! 寂しい返事じゃのう」

厳つい男が唇を尖らせた。見た目とのギャップで何だか笑える光景だ。感情をストレートに表す男のようだ。

「この件がかたずいたら、ゆっくり付き合いますよ」

「本当だな! 約束だぞ!」

「はい、では楓さん、明日駅前で」

目を輝かせて喜ぶ男に頷いた後、園野は楓を見て、よろしくと会釈をした。

飯野に「今度はゆっくりと来させてもらいます」と挨拶をして店を出た園野に、昼の熱を残した不快な風が当たる。

空を見上げると、夏の夜空が広がっている。

「悪霊か・・式か・・」

月光を浴びて、川に浸かっている女性の物憂げな表情が、園野の頭をよぎった。


















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