第2話 悪人は裁きを
錆びれた工場から機械音が響く小さな工場街。一軒の工場の前に似つかわしくない高級ミニバンが止まっている。
「やめてくれ!」
工場の中から男の声が響いた。
「あー 何言ってやがんだ!」
派手なブルゾンを着た若い男が、作業服の男を睨みつけた。
「おい信二、脅しちゃいけねえよ」
信二と呼ばれた若い男の後ろから、高級スーツを着込んだ男が前へ出て来た。
「なあ山脇さん。借りた金は返すのは当たり前の事だろう」
高級スーツの男、刈谷は優しく作業服の男、山脇の肩に手を置いた。
「しかし刈谷さん、娘を連れていくのは」
「ハハハハハ 山脇さん、貸した金の返済期限は切れているんですよ」
「・・・・」
「あんたには金を返す力が無い、だったら娘に働いてもらおうと言う事ですよ」
「しかし娘はまだ高校生だ」
後ろ手に娘を庇う山脇の額に汗が浮かぶ。やくざ者を相手に、一般人が逆らっているのだから当然だろう。
「うるせい! 高校生ならバイトも許されるんだよ」
信二が強引に娘の腕をつかみ、車の方まで連れて行った。
「やめてくれ、娘を返してくれ」
「ああ、利子と元金を稼いだら帰してやるよ」
娘を後部席に押し込んだ後、自分も車に乗り込んだ刈谷が、山脇を見て笑った。
卑劣な笑いだ。これから娘を教育してやるという卑劣な笑いと、娘を護る事も出来ない男を見下す笑いが入り混じっている。
山脇は、走り出した車のテールランプを、茫然と見つめる事しかできなかった。
「仕置き人ですか?」
交番内で、サンドイッチを食べている、制服姿の女性警察官が額の汗を拭った。
「そうだよ
ラーメンを食べている男性警察官は、クーラーのリモコンで温度を下げた。
「それが仕置き人の仕業だと?」
「そう」
昼飯のサンドイッチを机に置いた後、園野は紙パックのジュースに手を伸ばした。
「あのなですね
「でもな、迷宮入りになっている事件で、明らかに、殺人事件の容疑者がいるんだよ。誰かが被害者の恨みをはらしてるに違いない、悪人には裁きを! って」
菅と呼ばれた先輩の警官は、再び額に汗を浮かべラーメンの汁をすすった。
「ハハハハ、それで仕置き人ですか? 飛躍しすぎですよ」
園野は笑いながら、紙パックのジュースを飲み干した。
「園野の食事はいつも軽いな」
「そうですか、昼はこんなものですよ」
ブーー
食べ終えたタイミングを、見計らかったように、内線が鳴った。
「川で死体が!」
内線を受けた菅が、横目で園野を見た。
二人は交番を後にして、現場へと向かう。そんな二人に、夏の太陽が暑い日差しを浴びせていった。
二人が現場に着くと、先に来ていた警官がロープを張る作業を始めていた。
園野もその作業を手伝おうとしたが、断られた。
以前の事件で、ロープを張るのに、張り方を考え過ぎ、時間が掛かり過ぎていたからだ。証人に話を聞く時も、親身に聞き過ぎ、身の上話まで時間を掛けて聞いてしまう始末だ。署内では、「出来ない
交番勤務の園野が現場検証を行う事はない。ロープが張られた所で、部外者が入らないよう前に立つ。
暫くすると所轄の刑事らしい男達と、鑑識の連中がやって来た。
「害者はそこか?」
白い手袋をはめながら、刑事の八坂が園野の顔を見た。
「はい」
敬礼をした後、園野はロープを上げ、八坂を中に入れた。
八坂が横たわる死体に手をあわせる。
死体は若い女性のようだ。発見者の証言では、死体は川に浮いていて、藻がからまっていたのか、流されずにその場で浮き続けていたらしい。
園野は八坂が
園野の目には、下半身を川に沈めている女性の姿が映る。その女性は、八坂が見分している死体の女性と酷似していた。
川に浸かっている女性は、静かに川岸で横たわる死体を見つめている。
「こりゃ自殺かな」
「その線が濃いですな」
八坂と鑑識の声が聞こえてきた。川に浸かっている女性は、動く気配がない。川の女性は、園野にしか見えていないようだ。
「害者の身元がわれました。首にかけていたカバンの中に免許書がありました」
「そうか」
「山脇由香、んー 21歳ですかね」
免許証の生年月日から、横にいた刑事が歳を推測している。
「若いな。じゃあ、
八坂が部下達へ指示を出す。園野も女性を見ていないかのように、川から視線を外し前方を見る。
強い日差しが照り付ける川岸を、川に浸かった女性が、静かに見続けていた。
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