同じ立場からの質問
夏休みに入って数日が経ったある日、凪は自室の勉強机に座り、誰かと通話をしている。
「そう、なんだ」
『ええ、ここ数日で二回森永先輩の自宅に行ってます。 成績の良い森永先輩に受験勉強を見てもらっている……にしても、ちょっとやり過ぎな感はありますね』
相手はどうやら俊哉。 昨日までの調査の進捗情報を伝えているようだ。
「あの、萩元くんもせっかくの夏休みなんだから、こんなコト、しないでいいよ……?」
俊哉は自分の為にやっている、そう言っていたが、そもそも凪があの日連れ出したりしなければ何もなかったのだ。 どう言われても “やらせている” 、という気持ちは拭えない。
『勉強も宿題も順調ですよ。 そんなに無理をしてやっていませんし、今日は行きません。 それより、鶴本先輩は……少し落ち着きましたか?』
「えっ? ……うん」
俊哉は調査結果と共に、凪の現状確認をしたかったのだろう。 そしてそれは、隠そうとしても声が伝えてしまう。
『……また連絡します。 先輩は変に動かないでくださいね、それに受験生なんですから』
「………」
俊哉の言葉に、凪は返事をせず通話は終わった。
彼が言いたかったのは、会いに行ったりしてまた辛い思いをして欲しくない、という心配と、ただ会って欲しくない、どちらもあるのだろう。
そしてそれを言ったから、言われたから、行動の理由はそれだけではないのだろうが、少女は部屋を出て、靴を履いた。
◆
新の家の少し手前で足を止め、凪は視線を落とす。
( 会えたからって、あの時言わなかった相手の名前を教えてくれる訳ない。 それに、私の知らないヒトなら、そう言われるだけ…… )
ただ、振られた自分が諦めればそれで終わり。 その相手を知らなければ終われない、存在する筈が無いと思うのは、この終わった恋を無理矢理引き延ばしているだけだ。
本当は今日までの時間で、凪本人も心の深層では理解している。 後はただ、それを認めて整理すれば、長い人生の思い出の一つとなって胸に仕舞われる。
( このままじゃ、萩元くんに悪いよ…… )
ゲームオーバーしたのにプレイし続ける。 みやびもそうだった。
そうならないように、それだけを意識して慎重にやってきたつもりが、いつの間にか誰とも知らない謎のライバルが彼のハートを射止めた。
( 大事に、ゆっくり積み上げてきたのに……急にぺしゃんこにされたんだもん……簡単に、納得出来ない…… )
立っているだけで汗ばむ日に照らされ、少女は佇み葛藤していた。
「ずっと立ってたら倒れちゃうよ?」
「――ッ!」
掛けられた声に反応した凪は、その相手を見る前に “不意打ちされた” ―――そう思った。 つまり、声の主は敵だと認識している人物。 そして、凪の立っている新の家の少し手前は、みやびの家だ。
「……いつから、そこに……?」
怖々と尋ねるのは、こんな顔で、この場所に立っている自分を見たら彼女はどう思うか。 みやびは新に好きな相手が出来たのを知らなくても、足を止め、彼の家を訪ねるでもなく、辛そうな顔で立っている姿は……
――――敗者の姿だ。
実際そうなのだから、今更知れようと構わないのかも知れない。 だが、そうはまだ思えない段階の凪は動揺している。
「うーん、心配で声を掛けちゃうくらい前から、かな?」
意地悪な言い方だ。
そう思い、そして理解したのは、もう隠さないでいいという事。 取り繕っても元々意味が無いが、そうしても相手は気付いている。
自分が――――もう終わっている事に。
だから凪は訊いた。
「どうして……なの?」
「うん、鶴本さんだと思ってた」
多くを語らなくても成立する、脱落した恋敵同士の会話。
凪は、残っているのは私だけなのに、何故自分が振られるのか。 みやびは、だから新を射止めるのは貴女だと思っていた、そう返した。
だが、みやびはそれだけに留まらない。
「当然私じゃないし、もう……わからないよ」
「――っ……どうして……」
先程と全く違う『どうして』―――を呟く凪。 みやびは優しく微笑み、
「私は幼馴染だから、新をずっと見てきたの。 わかるよ………誰なんだろうね、新の――――好きな人……」
言い終える頃には、みやびから微笑みは消えていた。
「連城さんは、終わらないの……?」
凪は、みやびには見せたくない込み上げるものを抑え込むが、それでも声は震えている。
そしてみやびは、その声が吐き出した、同じ立場になったからこそ訊かれた質問に答える。
「この気持ちが終わったら、終わるよ。 それは自分でなのか、誰かが現れるのか。 でも、それを決めるのは新が好きになった人じゃない、私だから」
薄いブラウンの瞳は、日に照らされて更に儚げに見える。 だと言うのに、凪にはみやびのその言葉が、何者にも折れない強い意志を感じさせた。
「……倒れないうちに、帰る」
「うん、気をつけてね」
力無く歩く小さな背中を見送り、それが見えなくなると疲れた顔で息を吐き項垂れる。 すると瞳と同じ色の美しい髪が顔を隠し、
「……見栄っ張りの連城みやびは、成長しないね……」
逆に弱音は隠さずに口から零れる。
「こんな自分を見せられるのは……」
その時、隣の家の玄関扉が開く。
「あっつ……」
家を出るなり陽射しを手で遮り、目を細めて歩き出した時、
「――ん? みやび……?」
新は玄関先で項垂れる、様子のおかしい幼馴染を見つける。
「……何やって―――おっ、おい……ッ!」
不審に思い近付いてみると、糸が切れた人形のようにみやびは重力に無抵抗になった。
「……あは、私が倒れちゃった……」
膝をつく直前支えた新は、少し前にもこんな事があったのを思い出したのか、
「ど、どうしたんだよ最近!? 本当にどこか悪いんじゃないのか!?」
心配そうに声を荒げて、みやびを抱きかかえ連城家のインターホンを押す。
弱りながらも愛しく細めた瞳は新を見つめ、届かない心の声が彼に語り掛ける。
――――こんな風に甘えられるの、あらただけだよ――――
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