恋人……の権利

 


 遠回りをして森永邸に辿り着いた新。 玄関ではそれが報われるような笑顔の女神が出迎えてくれた。



( ……好きだと気づいてから更に美しさが増したような……こんなコと俺、大丈夫か……? ―――って、怖気付いてる場合じゃない……! せっかく沙也香さんを何とかしたんだ、今しかチャンスは無いんだぞ!? )



「新さん? どうぞ上がってください」


 もう挨拶は済んでいた。 それでも中々動かない新に再度声を掛けた時、


「あっ……これ、どうしました?」

「えっ?」


 顔を近付けてくる夕弦に身を固める。


「……おでこ、赤くなってます」


 言いながら夕弦は新の前髪に触れ、


「こっ、これはちょっと女コマンドーに―――っというか……何でもないです、ぶつけただけで……」


 緊張から新は理由を二転させる。 すると、触れていた手を口元に当て離れた夕弦は、悲しそうに目を逸らした。


「女性に、されたのですか……」

「そっ、そういう対象の人じゃなくてっ……! 違うんだ、本当に……」


 少々沙也香に失礼ではあるが、お互いそういった対象でないのは事実だ。 しかし、そう言っても夕弦の表情は晴れない。


「ええと……」


 こんな筈じゃない、そんな顔をさせる為に会いに来たんじゃない。 意を決した新は未だ靴を履いたまま、その悲しげな顔を笑顔に変えようと、今日ここに来た目的を玄関で伝え始めた。


「……何しろこういう失言も多くて、見た目も良くないし、中身もつまらないけど……」


 経験値も低く、目を引くような容姿でもない。 平々凡々とした生活を好む少年は、そのままの自分を紹介し、そして―――



「初めて恋をした、夕弦さんを、好きになりました。 ……俺と――――付き合ってください」



 額を赤くした、汗ばんだ少年は少女を見つめ告白を果たした。



 目の前の少女は息を呑み、湧き上がる歓喜が震わせる身体を必死に抑えながら、



「私の好きな人を、悪く言わないでください」



 少年のように短い髪をした少女は、切れ長な美しい瞳に愛しさを溢れさせる。



「学校でも、外でも不自由をおかけしますが……――――よろしくお願いします」



 綺麗なお辞儀をする初めての彼女。 新もそれに倣って頭を下げる。


「こちらこそ、よろしくお願いします……」


 時代錯誤に感じる交際の始まり。 お互いに顔を上げると夕弦は微笑み、


「いつまでそこに居るのですか?」


 早く傍に来て欲しい。

 そう言って両手を広げた。


 求める彼女に、そうしたいと自らも思い急いで靴を脱ぎ、まさに女神の如く自分を包み込もうと待ってくれている、今恋人となった夕弦を抱きしめた。



 心と身体、全てが満たされていくのを感じる。

 離れたくない、このままでいたいと思う気持ちが抱擁の終わり方を教えてくれない。



「……これが夢でも、私は新さんの恋人だと思ってますから」



「夢にしないって、この前言ったよ」



 抱き合いながらの会話は、まるで声に出さずに、直接頭に届いてくるような錯覚を思わせ、温かく柔らかな、想い合うその存在を愛しく感じ、その感触、匂いの虜となる。



「彼女になったので訊きますが、そのおでこ、誰にされたのですか?」



 早速その権利だと言ってくる彼女に、



「……お宅の、使用人さんです……」



 彼氏は正直に答える。



「……それは、申し訳ありません」


「いえ、こちらにも非があったような、無かったような……」



 夕弦は背を反って新の顔を見つめ、背伸びをしながら、



「お詫びに、消毒します」



「っ……」



 額を癒す感触の後、恋人になった二人はやっとリビングへと向かった。


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