感謝と謝罪

 


 ―――終業式が終われば明日からは夏休み。


 こんな光景は他にもいくつかあるのだろう。 長い休みの前に、会えない寂しさと会えない間に誰かと―――という不安から思い切って想いを伝える。



「……どうしたの? あらたくん……」



 当然凪の言葉には期待と不安が混じっていた。 いや、寧ろ期待の方が大きかっただろう。 今彼女の中ではライバルが不在なのだから。


 とろんとした優しそうな瞳が、新を見上げて答えを欲しがっている。 新はそれを受け止め、目を逸らさずに口を開いた。



「ここに俺が逃げ込んだ時、凪ちゃんが来て助けてくれたよね」


 切り出した内容は、感謝。

 凪は気恥しそうに俯き、膝辺りで指と指を絡ませている。


「助けた、なんて……私が、そうしたかったから……」


 何度も聴いた、か細く可愛らしい声が届く。 癒しの存在であり、似た者同士の気の合う女の子。 そんな相手を前にして、片目を細め、堪えた表情の新は続けた。


「自分も何言われるかわからないのに、俺と一緒に居てくれて……部活も、凪ちゃんのお陰で行けるようになった。 それで凪ちゃんも嫌な噂されたりしたのに……本当にありがとう、ごめん」


 身を削ってまで救ってくれた凪に、これまでの感謝と謝罪の言葉を伝える。


「そんなの、好きでしたんだもん。 私だって、あらたくんにたくさん、助けてもらったよ……」


 話していくうちに、次第に確信へと変わっていく結末。 ここに連れて来られた理由は、これからの二人の事だ。 そして彼は今、自分がしてきた事を讃えてくれている。


 凪の胸は高鳴り、早く次の言葉を聴きたい衝動に駆られ早鐘を鳴らす。 彼の気持ちが決まったなら、応える準備は出来ている。 もう、ずっと前からだ。


 膨らむ期待に染まる頬。

 堪えていても顔が綻んでしまう。



 だが新は、



 ――――自分もあなたに救われている。



 それを聞き、これから裏切ってしまう、いい加減だった過去の自分を悔やんでいた。 こうまでしてくれた彼女に応えられず失望させ、自分は見つけてしまったのだから。



 ―――初めての恋を。



 そして、みやびの次に、同じ日に渡された#告白__下描き__#を破る音が聴こえ始める―――



「凪ちゃんに、謝らなきゃならないんだ……」



 左手の人差し指と親指がそれを掴み、右手の同じ指達が無情にも切れ目を入れる。



 ―――思っていた言葉と違う。



 敏感にそれを感じた少女の呼吸が刹那止まった。



「穏やかな毎日にしがみついて、俺は逃げ回ってた。 弱くて、下手くそにその場だけ凌ごうとしてばっかりで………それは、凪ちゃんに告白された時も……」



 さっきまでと全く違う感情が凪を襲う。

 心の中の足場にひびが入り、崩れていくような感覚。


 ぐらぐらと揺れる恐ろしい恐怖が身体を震わせ、今度は彼の言葉を心が拒否し出すのだ。



「『ふらない』……なんて、何も考えずに言って泣き止まそうとした。 自分を守る為に……」



 一番、恐れていた事態が近付いている。


 寧ろ、ただそれだけされなければ良いとさえ思っていた。



 ――――新は恋を出来ない。



 みやびはそれを待てずに急いで振られた。 そう解釈していた自分は、焦らず、答えを急がずにやってきた。


 だから振られる筈がない。


 好きな相手のいない新が、そうする理由が無いのだから。



「あんなに助けられたのに……ごめん。 でも、凪ちゃんにはちゃんと話さなきゃって……」



「連城さん……なの……?」



 凪の発する声質が変わる。 そして乾いた虚ろな目は瞬きを忘れ新を見ない。



「……違うよ」



「……おかしいよ……誰も好きじゃないのに……ふるの……?」



 声はまだ震えてない。

 理解出来ない話だからだ。



 もう足元には何も無く、それでも#失恋__落ちる__#筈の心を無理矢理宙に浮かせる。



「……好きな人が出来たんだ」



 それを沈める決定的な言葉は簡単で、だが彼女が理解するには難しい状況に感じざる負えない。



「……いないよ………そんなひと……」


「ごめん」



「……どこにいるの……? いないよ……そんなひと……」


「……凪ちゃん……?」



 うわ言のように呟く凪は歩き出す。



「いないよ………いないのに……?」



 自問自答を呟きながら歩いて行く凪を、新は追い掛ける事が出来なかった。






 ◆





 明日からの長い休みに活気づくクラスメイト達。 その輪に加わる事無く、冴えない顔をした長い前髪を掻き分ける男子生徒。


( 夏休みなんて、俺にとってはチャンス無しで意味がない。 ……まさか、修学旅行で進展とかしてないだろうな……まあ、間宮先輩じゃそれはないか…… )


 考えがまとまり目を伏せ、立ち上がり教室から出た彼は、開いた目に映った目の前の人物に固まる。



「話したい事があるの。 聞いてくれる?」



 それは今も気にかけていた、暫く会う事も出来ないと思っていた相手だった。



「……はい」


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