後輩、舞台に上がる

 


 話があると言われ連れ出された俊哉は、想いを寄せる先輩、凪と二人で電車に乗っていた。



「……あの、どこへ行くんです?」



 まさか電車に乗ってまで移動するとは思わなかったのだろう。 ここまで何も訊かずについて来たが、遂に堪り兼ねて尋ねると、



「誰にも聞かれたくないの……ごめんね……」



 消え入るような声で応える凪の悲痛な表情が、これは必要な事だと伝えてくる。


「……そうですか」


 元々小柄で華奢な身体が、俯き肩を縮めているとまるで幼い子供のようだ。


( コレを堪らないと思うのは不謹慎だ……。 にしても、大分弱ってるな。 話の内容は大体想像出来るけど…… )





 ◆





 二つ目の駅で降りた二人がやって来たのは―――



( ……なんで―――なんで雑居ビル!? ちょっと離れてファミレスとかファストフードだと思ってた……。 まさか、何かの勧誘とかじゃないよな…… )


 俊哉が思っていた場所とはかけ離れていたらしく、新のように顔には出さないが、内心はかなり動揺している。


「どうぞ、入って」


「……はい」


 ドアを開いた凪に促され、平静を装い部屋へと入って行く。


( 誰もいない………さすがに好きな人と部屋に二人きりは……大体この部屋、何なんだ? )


 飾られた何枚もの写真を見渡していると、ドアが閉まる音が聞こえ、そのすぐ後―――



「あらたくんは、恋が出来ない」


「――っ!」



 この部屋がどういう部屋なのか、何故鍵を持ち自由に使っているのか。 そんな説明は何も無く、座って話す事すら省いて唐突な言葉を吐き出す凪。



「連城さんと一緒に育ったから、あらたくんは女の子を好きになれない」



「なんでそれを……」


「……そう、言ったよね?」



 俊哉の問いに答える事無く、虚ろな目をした凪は歩み寄る。 まるでそれを言った彼を責めるように。


「あ、あれは……」



 ―――推測だった。 新にもそう言った。



 ましてや話していない凪にそれを問い詰められるのは理不尽だ。 そんな謂れの無い事が、言い逃れ出来ない事のように俊哉を追い詰める。



「連城さんは―――あらたくんにフラれた」



「っ……そ、そうなん――」

「きっと、急ぎ過ぎたんだよ……あらたくんはマイペースだから……」



 ほんの数人が知る事実。

 当然俊哉は知らない。


 だがそれを知れば、当然頭に過ぎるのは凪の一人舞台。 ライバルのいない状況だ。


「じゃあ、なんで……」


 何故今こうして自分が呼ばれ、有利になった筈の凪は、明らかに様子のおかしい絶望した目で責め立ててくるのか。 訝しんだ目がそれを尋ねる。


 しかし―――



「じゃあ、なんで私が――――フラれたの?」



「え……」



 質問は質問で返され、次々に驚きの発言を浴びせられる俊哉はひたすら凪に圧倒されるしかない。



「あらたくんに合わせて気持ちを抑えて、連城さんみたいにならないように、ゆっくり時間をかけてきたのに……おかしいよ……」


「鶴本先輩……」



 声が震え出し、受け入れられない終わりに表情は歪み、瞳に納得出来ない、理解出来ない激情が溢れる。



「どうして? 好きにならないって言ったよ……? そうでしょ? だから……いないよ……そんな人……」



 細い足がひしゃげるように崩れ、床に座り込み項垂れた凪は―――




「あらたくんに好きな人なんて――――いないよッ……!!」




 言い切ると、嗚咽を上げ全身を痙攣させる。



 その姿を、想いを寄せる相手が自分以外の男に泣き崩れる様を見せられた俊哉は、それを悔しがるよりも、取り乱す凪に冷静さを失っていた。



「せ、先輩……」



 膝を落とし、悲しみに打ち震える少女の前に出した両手は震える肩を、背中を、どうしたらいいのか迷い宙に浮いている。


「――っ!」


 その行き場が決まる前に、悲しみの塊が胸に飛び込み、小さな手がワイシャツを掴んだ。



「好きになれないって……言ったのに……」


「す、すみませんっ………ごめん……なさい……」



 普段周りに無関心な冷めた少年は、唯一心乱される存在に得意の饒舌を失い、罪無き罪を受け入れて平謝っている。



「返事が欲しくても、我慢してた……なのに、なんでっ……」



 俊哉の手は、しがみつかれて尚宙に浮いたまま。 抱きしめようにも糾弾されている自分にその資格は無く、それを求められているとも思えなかった。



 凪は泣き続け、時折零す灰色の言葉が俊哉の胸を抉る。



 見知らぬ部屋で、舞台のほんの一幕しか姿を見せられていなかった脇役は、稽古の時間も与えられずにこの大舞台を演じられない。


 結局俊哉は跳ねる肩が治まり、握られたワイシャツから手が離れるまで身動きすら出来なかった。



「……ごめんなさい。 萩元くんのせいじゃないのに……」


「っ……!」



 凪の呟いた謝罪の言葉、それが何より胸に刺さる。 自分は関係無い、ただの脇役。 それが俊哉には――――“話すだけ無駄だったのに八つ当たりしてごめんなさい” 、そう言われた気がした。



「でも、終われないの……。 誰かもわからない、いない筈の人を好きだからって言われても……私の気持ちは……」



 少し乱れた髪、赤くなった目の下の泣きぼくろの上をまた雫が通り過ぎる。


 泣き疲れ、それでも止まらない涙を見せる自分が恋焦がれる女の姿。 それでも何も出来ない、頼られない悔しさが今、少年を舞台へと押し上げる。



「……俺が、終わらせます」


「………」



 反応無く見つめる凪。

 それは当然の反応だ。 言っている相手はどう考えても役不足なのだから。


 それでも俊哉は止まらなかった。 ここで何も出来なければ、自分はこの恋をただ諦めるだけになってしまうと思ったから。



「その相手を見つけて、鶴本先輩から間宮先輩を消します」


「………」




「俺は、あなたが好きだから」



 不思議そうに見ていた凪に、何故そうするのか、そうしたいのかを俊哉は伝えた。



「中学生の交友関係なんて狭い。 間宮先輩は特に多くなさそうだし、何より連城さんと鶴本先輩以外、そんなに多く好意を持たれるとは思えない。 やれる筈です、やります」



 持ち前の饒舌と頭の回転が戻り、自信に満ちた顔で頼ってくれと言い放つ。 告白の返事よりそれを優先させた物言いに凪も釣られて、


「でも、心当たりがまったくないよ……」


 論点は完全に『新の好きな相手』になる。 そして弱々しい声色で話す凪に俊哉は続けた。


「明日から夏休みで学校では探れない。 それを逆手にとってみようと思います」


「……どういう、こと?」


「学校という森で木を見つけるのは難しい、間宮先輩も下手に動かないでしょう。 学校の生徒でなければなおさら見つからない。 でも休み中なら、 “会いたい相手に会う” ―――と思います」


「……そっか。 でも……」


 俊哉の考えに感心していた凪だったが、その表情はまた曇っていく。


「諦められないのは私の勝手だから、変なことしないで……」


 言いたい事を言って泣いた凪は、吐き出した分少し自分を取り戻したのかも知れない。 だが逆に、想いを伝えて盛り上がる俊哉が止まらない。


「自分の、俺の為にやるんです。 別に間宮先輩が悪い訳じゃないですし、迷惑かけるようなことはしませんよ」


「………」


「その相手を突き止めたからって俺と付き合ってなんて言わないですし……ただ、鶴本先輩をこのままにしたくないんです」


 恐らく一番早く、凪の新への気持ちに気付いていた男は、それが破れ、今遠くから眺めるだけだった立場から一歩前に進めた。 その場所から#退__しさ__#るつまりはないようだ。


「そう言われても……―――あっ」


 俊哉の強い覚悟に気圧される中、ふと何か思い当たったような声を上げる凪。


「どうしたんですか? 何か心当たりでも?」


「う、うん……。 もし、あらたくんを好きになるなら……」


 何故か恥ずかしそうに俯く凪は、誰が聞いても首を傾げる、理解し難い不思議な事を言い出した。




「あらたくんが―――― “描いたヒト” ……かも」



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