真剣に選んで

 


 ―――当日、駅に着いた新は待ち合わせ場所に向かっていた。


( マルタ前、か。 まあ、あそこなら何買うにも大体揃ってそうだし )


 休日の都心は沢山の人が集まり都会の賑わいを見せている。

 中学の同級生、つまり自宅も近く最寄駅も同じ四人だが、新は敢えて一人だけ現地集合する事にした。

 近いからこそ危険度も高い、誰に見られるか知れたものでは無いからだ。


( あっ、いた )


 既に着いていた三人を見つけ、無事合流する。


「おはよう、間宮くん」


 まずは今日泰樹設定の夕弦が声を掛けてきた。 それに続き、


「間宮くん、来てくれてありがとう」


「いえ、こちらこそ」


 柔らかな笑顔で迎えてくれたのは、ピンクのシースルーブラウスと、下はサテン地の足元まで丈がある薄いグレーのプリーツスカート、シンプルなトートバッグを持った愛花。


( うん、普通に可愛いな、いい子だし )


 愛想も良く、素直で可愛らしい愛花は好印象だ。


「ん?」


 対照的に、不機嫌そうな顔で出迎える皐月に気付く。


( な、なんだよ、別に遅れた訳でもないのに…… )


 約束の時間には間に合っている。 では一体何が気に入らないのかと思っていると、近寄って来た皐月は小声で、


「遅いっ」

「え、だって――」

「三人だと気まずいでしょっ」


 謂れの無い文句を受ける新が心中で思ったのは、


( 俺が一番気まずいよ…… )


 皐月の勘違いを知るのは自分だけ、そして二人が想いを寄せる泰樹は夕弦として自分に好意を持っている。 更に言えば、夕弦とて本当は新の前で女性として立ちたいのだ。 それは以前に本人から聞いていたのだから。


 その夕弦はヘンリーネックの白いシャツにネイビーのカーゴパンツ、それに白いキャンバススニーカーを履いている。 泰樹としては似合っているが、やはり本望では無いだろう。 勿論皐月も私服だが、内容は割愛させて頂いてスカートだという事だけお伝えしよう。 因みに新はパーカーにジーンズだ。


「それじゃあ行こう」


 まとめ役の生徒会長が声を掛け、四人はビルの中に入って行った。





 ◇◆◇





「まあ、あれだな」

「なに?」


「これだけ店があれば罪悪感も無いだろ?」

「そういう問題じゃ……」


 同じく新宿に着いたみやびと臣。


 星の数程ある店舗から新達を偶々見つけるのは至難の業、それが叶ったならそれは単なる偶然で、気にする事は無い。 という臣の持論に賛同しかねるみやび。


「それに、本当にこんな事付き合ってもらうなんて、ちょっと悪いよ……」


 誘ったのは臣からとはいえ、やっている事はみやびの為だ。 休日を潰し、時間を取らせるのに気が引けるのだろう。 それも、協力してもらっているのは振った相手なのだから。


「俺から言い出したんだし気にしないでよ。 それにさ」


「それに?」


「連城さんと休みに会える奴なんてそういないでしょ? 私服も可愛いねぇ」


 嬉しそうに見てくる臣は、白に水色の小花柄をあしらったシフォンワンピース、その上にデニムジャケットを羽織った美少女にご満悦のようだ。


「行こう、罪悪感無くなったから」


「毎度ありっ、先払いとは気前がいいね」


 じろじろと見られて気が楽になったみやびが動き出し、もうご褒美は貰ったと臣もそれに続く。



( ま、見せたいのはあらたにだろうけど、またあの笑顔が見れるなら…… )



「こりゃ二重取りだな」



 自分に向けられなくてもいい。

 今日、臣もまた夕弦と同様に本望では無いだろうが、こちらは不思議と目的が一致しているようだった。





 ◇◆◇





 最初に新達がやって来たのは、女性物のパジャマを取り扱っている店だった。


「あっ、これ可愛い」

「うん、肌触りもいいね」


 愛花が目に留まった薄ピンクのふわふわとしたパジャマを手に取ると、それに触れた皐月が隣で感想を述べている。 どうやら彼女達は、修学旅行に持って行くパジャマを探しに来たらしい。


 愛花は皐月と話しながらも、ちらちらと泰樹に視線を送っている。


「いいね、二人共似合いそう」


 それに気付ける人間である泰樹は、和やかな口調で微笑み応える。 すると二人は気恥ずかしそうに頬を染め、喜びを滲ませていた。



( うぅ、ふらふらしちゃう…… )


 自分を保つのに必死な愛花と、


( いま、私が着てるの想像してるのかな…… )


 夢だと気付かない以上醒めない皐月。



「間宮くんはどう思う?」


 そう話を振って来たのは、意外にも泰樹だった。


「えっ? ……うん、いいんじゃないかな?」


 不意を突かれて出たコメントは、彼らしい平凡な台詞。


「なんか、テキトー」

「さ、皐月ちゃん……っ!」


 不満気な言葉を漏らす皐月を止める愛花。 女の子と服選びなどという経験の無い新に、初めから気の利いた言葉を求めるのは酷というもの。


「そ、そんなことは……」


 狼狽える新は、思わず泰樹に救いの目を向ける。 すると、


「良くないね、女の子は真剣なんだよ?」


「え……」


 上手くフォローしてくれるだろうと思っていたその相手は、まさかの駄目出しをしてきた。


「例えば、間宮くんならどれを着てほしい? 男子の意見も聞きたいから僕らは呼ばれたんじゃないかな?」


「「う、うん、聞きたい……っ!」」


 前のめりになって声を合わせる二人。



( いや、それは森永くんのを聞きたいんであって、俺は…… )



「そうだな、僕なら若松さんはこれ、「は、はい!」槙野さんなら……これかな「こ、これにします!」」


 其々に選んだ品を二人の身体に当てていく泰樹。


 そして、


「さあ、間宮くんならどれを選ぶ?」


 次はお前の番だと追い詰められた新は、「いや、もう決まったんじゃ……」と言って逃げようとするが、泰樹はそれを許さない目をしている。



( な、なんでそんな必死に……もしかして、森永くんの時は厳しいのか!? )



 あの女神のように優しい夕弦とは思えない仕打ち、それが今は泰樹だからなのかとたじろぐ。 しかし、それを考えても仕方ない。 今考えるべきは―――



( 着てほしいパジャマ……! )



 きょろきょろと急ぎパジャマを見漁る新。 余裕の無いその目に留まった一着の品、それを手に取って―――



「こ、コレかなっ!?」



 選んだのは、パールピンクでシルク地の半袖ブラウスとショートパンツのセットだった。


「ま、間宮くん……?」


「キミ、なんで……」


 女性陣から零れた声。

 それは、明らかに賛同による声ではなかった。



( え……俺、なんか変なの選んだ……? )



 二人の反応。 そして、泰樹に至っては声も出ずに惚けた顔をしている。



「……そんなに、変かな?」



 自信の無い声を零し、不安から額に汗が滲んできた。


 その時、この状況を理解させる皐月の呆れた声が、何故こうなったのかを知らせる。



「そうじゃなくって、なんでパジャマソレ合わせてるの?」



「――は?」



 その言葉を聞き、瞬間で自分の奇行を理解した新は改めて泰樹に視線を向ける。


 すると―――



「あ゛」



 そこには、可愛らしいパジャマを身体に当てられた、真っ赤な顔の美少年が固まって立っていた。

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