甘く、熱い囁き

 


 皐月、愛花は其々泰樹に選んでもらったパジャマを購入し、次の店に移動して現在雑貨を物色中。 新と泰樹は二人から離れ、今は店の外で待っていた。


( うぅ、さっきは我ながらとんだ失態を…… )


 笑えない冗談だった。

 女子陣にとって泰樹は弄るような対象ではないし、何より泰樹が女性だというのは極秘事項なのだから。


( あんなトコ沙也香さんに見られたら銃殺ものだよ……て、あれ? )


 少なからず正体を疑われる可能性があったあの場面、いつもなら動かない筈がない存在の気配が無い。


「あの、今日沙也香さんは……」


 こそこそと尋ねてくる新に、夕弦も小声で答える。


「はい、今日は “戦場の狼” になると言って、朝早くから出掛けました」


「……そっか」


 という事は、今日は沙也香を気にする必要は無いらしい。 安堵した後、新は夕弦の言葉から沙也香の用事を想像する。


( 多分、サバゲーかなんかだな )


 本日はボディガードではなく、戦場の女コマンドーとして活躍しているのだろう。


( メイド服より軍服、ほうきよりライフル、包丁よりサバイバルナイフの方が似合う人だし。 ……そもそもメイド服なんか着ないか )


 狂気の目をして敵に襲いかかる沙也香。 その姿を想像していると、


「さっきは、すみませんでした」


 しょんぼりと下を向いて謝罪してくる夕弦。


「えっ? 何が?」


「あんな風に、責めるような言い方をして……」


「ああ、いいよ。 俺の方こそごめん、危なかったよね」


「いえ、いいんです」


 秘密に気付かれる様な行動を逆に詫びる新を許し、横目で何か言いたそうにしている。


「あの……」

「ん?」


「どうして、私に?」


 質問してきた夕弦はどこか物欲しそうな顔で訊いてくるが、その機微に気付く様な新ではない。


 そして、質問の答えは―――



「ほんとごめん。 でも、別に二人に着てほしい物なんてなくてさ」



 それは――――天然の甘さだった。



 気付かなくても、応えられる時もある。

 意識せず放った意味のある言葉は、ちゃんと “欲しかった言葉” として夕弦に届き、恋の熱が全身を紅潮させていく。



「はぁ……ぁ」



 微かに震える唇からその熱が零れる。



( ふぅ、色々訊かれるより外で待ってる方が楽でいいや )



 自分が何をしたかも知らずに、新はとぼけた顔で店内に居る女子二人を眺めている。


 隣に居る、潤んだ瞳に気付かずに。



「新さん……」


「っ!?」



 言葉と息、両方が伝わる距離。

 新の耳元に、夕弦が居るのが解る。




「大好き」




 囁かれ、「ふぇ?」と力の抜けた声の後、「……です」と言葉が閉じられた。



( な、なに……? なんで!? )



 疑問符を貼り付けた赤い顔が隣を見た時は、夕弦は既に泰樹の顔をして戻って来る二人に備えていた。


「ごめんなさい、待たせちゃって」


「全然、早いぐらいだよ」


 何事も無かったように愛花と会話する泰樹は、まだ平静に戻っていない新に「ねえ、間宮くん」と話を振ってくる。 新は「えっ? う、うん」と何とか返事を返し、愛花と話しながら先を行く泰樹を呆けた顔で見ていた。



( 幻聴……だったのか……? )



 あまりに素早い夕弦の切り替えに、思わず自分の耳を疑ってしまう。



「……何やってんの?」


 動かない新に声を掛けてきたのは皐月。


「あ、いや」


「ぼけっとしてないで、ちょっとは、その……協力しなさいよ……」


「――は? 協力?」


 意味を理解出来ない反応を見せる新に、皐月は神妙な顔で続けた。


「二人きりになれば、森永くんも仕掛けてくると思うの」


「ああ、そういうことか……って、何で俺が――」


「これはね、私の為だけじゃないの、愛花の為でもあるんだからっ!」


 熱弁する彼女が言いたいのは、泰樹が本当に好きなのは自分で、それをはっきりさせてあげた方が友達の為でもある。 という事なのだろうが、


( 本当の事を言ったら、二人共諦める事になるな…… )


 そもそも泰樹は夕弦、女性なのだ。 しかし、それは家庭の事情で言う事は出来ない。


( でもまあ、二人きりにして何もなければ槙野さんも気付くかもな、勘違いに )


 やってみる価値はあるかも知れない。

 新にとっても、皐月の勘違いは少々迷惑に感じていた所だ。


「まあ、チャンスがあったらね」


「うん。 ……ああ、なんか緊張してきちゃった……」


 今日が泰樹との運命の日になるかも知れない。 待ち切れない期待に胸が高鳴る皐月。


 それを眺める新は―――



「ソウダネ」



 感情の無い共感の言葉を贈る。


 だが、皐月のお陰で新は落ち着きを取り戻したようだ。


 二人には酷な話だが、 “森永くん” には心に決めた人がいて、ついさっきもそれを伝えたばかり。




 ―――大好き……です―――と。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る