失敗の無い行動

 


 明日四人での買い物を控えた晩、新にメッセージが届いた。


『よう友よ、明日何やってんだ?』


 それは修学旅行で同じ班になった新しい友人、桜庭臣からだった。 男友達からのこういった連絡は久し振りだ。 新は返事をしようとしたが、その手を止め、


( ……何て返そう )


 内容から、臣は自分を何かに誘おうとしている可能性がある。 しかし、当然明日の予定は埋まっている。 そして、出来れば周りに知られたくないのが本音だ。

 泰樹と居るのがみやびに伝わるのは避けたい。 愛花は泰樹側と判るだろうが、皐月でも一応女子だ。 みやびと凪、二人と噂が上がる中余計な火種を増やしたくはない。 そこで、


『明日は友達の買い物に付き合う約束なんだ』


 まず予定がある。 そして、相手はぼかして伝える事にした。 臣から来た返事は、


『そっか、俺も行っていいか?』


「えっ」


 思わぬ返事に戸惑う新。 予定があると言い、それも相手の名前を言わないという事は、臣の知らない人間と受け取った筈だ。 それでも全てを突破して来る彼が新には理解出来なかった。


( な、なんで? 普通こうなる? )


 自分なら絶対にこんな返事はしない。 そう思ったが、考えてみれば彼、桜庭臣は今まで自分が接して来た人種と違う事に気付く。


( そうか、桜庭くんは俺みたいな地味キャラじゃない。 周りを気にせず爆弾発言するし、見た目もカッコいい。 つまり―――イケてる族の人間なんだ )


 結論は、地味族である新が初めてイケてる族と交流した為、理解出来ない事態となった。 という結論に達した。


 だからといって臣を明日呼ぶ訳にはいかない。 そこで新は、


『俺も付き添いみたいな感じだから勝手に呼べないんだ、ごめん』


 主催者は別に居て自分はオマケ、勝手な事は出来ないと事情を説明する。


『わかった! 俺も出かけるつもりなんだけど、そっちはどの辺行くんだ?』


 臣は『わかった』、と言った。 それにより、ここから先はただの世間話だと認識した新は、特に気にする事も無く返事を返した。


『新宿に行くみたい、どんなお店行くかは知らないけど』


『おーそうか。 んじゃまた誘うわ! 俺のことは臣って呼んでくれ! またなーあらた』



( 臣くん……か。 なんか、『あらた』って男友達に言われるの、懐かしいな )



 それこそ小学校低学年の頃までは『あらた』、『あらたくん』と呼ばれていたが、思えばここ何年かは名字で呼ばれていた気がする。 名前で呼ぶのは家族、そしてみやびとその両親ぐらいだった。



( あんまり付き合ったことないタイプだけど、いい人……だよね、臣くん )





 ◆





『……ってことなんだけど、どうする?』


「どうするって……きっと、嫌がるよ……新」


 湯上りでベッドに座るパジャマ姿のみやびは、浮かない顔で通話をしている。


『こう考えよう。 俺達は新宿で遊んでた、別に向こうを探す訳じゃなくさ。 んで、偶々見つけたらそっから行動開始だ』


「そんなの、結局ストーカーみたい」


 どうやら電話の相手は臣のようだ。

 みやびに振られたあの日、新との仲を協力すると言っていた臣は、早速仕入れた情報を伝えに電話を掛けてきたらしい。 だが、みやびは気が進まないといった様子。


『それは違う。 だってこっちはどこにいるか知らないんだぜ? 会わないかも知れない、そしたらただ友達の俺と遊んだだけだろ?』


「……見つけたら?」


『一緒にいる相手によって合流出来るか出来ないか判断しよう。 無理そうなら、マンウォッチングだ』


「それ、ちょっと違うと思うよ」


 物事を良く言い過ぎだと呆れるみやび。 それでもめげない臣は、


『見つけたらそれは偶然、運命だろ?』


「見つからなかったら、それも運命……」


 寂しそうに零す弱気な発言。

 あの自信に満ちた、付け入る隙の無い連城みやびの印象が薄れていく。


『本当、あらたの事になると別人だな』


「……がっかりでしょ?」


 臣もきっと完璧な副会長、憧れの連城みやびを好きになった一人の筈だ。


『いや、俺は告白後の砕けた感じの連城みやびの方が好きだから。 とにかく、行こう。 もし見つからなくても大丈夫だって』


「どういうこと?」


 根拠の無い『大丈夫』に回答を求めるみやび。 見つからなくても自分が楽しませるとでも言うつもりだろうか。 その答えは、


『見つからなかったら、優しい俺はあらたの行き先をわざと間違えたことにしてやるよ。 連城さんと二人で出掛けたくてね』


 だから、決して結ばれない運命じゃない。

 大分狡いやり方だが、傷ついて弱気になっている女の子には効果的だったようだ。 その証拠に、「……優しいね」と言ったみやびは微かに笑みを浮かべていた。


『だろ?』


「言わずにそうしてくれたら、カッコよかったのに」


『そこ、俺のモテない理由』


 三枚目を演じる臣だが、みやびに届かなかっただけで、一般的には好意を持たれ易い筈の男だ。


『じゃあ、明日』

「うん」


『ちなみに、今パジャマ姿?』


「……そういうの、ほんとにモテないよ?」


 冷たくあしらうみやび。


『ああ、成功する前に報酬をねだっちゃダメだよな』


「成功しても報酬なんて無いけど」


 頼んだ訳ではない、そう強がるみやびに臣は言った。


『悪いけど、もう貰ってんだよね』


「……何を?」



『声、最初より元気になってるから』



「……明日、ね」


『ああ、明日』



 電話を切った後、言われて気付いた『元気』を感じたみやびは呟く。



「変わったコ……」


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