拒否権の無い誘い

 


 思わぬ展開で凪と二人になった俊哉。 その頃、連行された新は―――



「な、何がどーしたの!?」


「いいからっ! 来てって!」


 理由も聞かされずに何やら緊急な様子の皐月に引っ張られていた。 そして、やって来たのは―――



( おお、またこの場所か…… )



 その場所は、つい先日俊哉と話した公園だった。


「そういえば、この前槙野さんに言われて強気で後輩に話したんだけど……」

「そんなのどうでもいいのっ!!」

「え、はい、すみません……」


『失敗した』、と恨み節を言おうとした口を塞がれる。


 恐ろしい剣幕の皐月に圧倒され、すごすごとベンチに座らされる新。 だが、二人腰を下ろしてから、すぐに話を切り出すと思っていた皐月は深妙な顔で俯いている。



「……あの、お話というのは?」


 また怒鳴られないようにやんわりと伺いを立てると、


「……いよいよ、なの……」


 意味深な声で呟く皐月。 まるで、恐れていた重大な何かが始まったかのようだ。


「ええと、何が?」


 皆目見当がつかない新が尋ねると、


「決まってるでしょ、ついに……」


「ついに?」



「ついに森永くんが―――私に接近して来たのよッ……!!」

「ひっ!」



 勢い良く接近した、嬉し恥ずかしい乙女の顔に仰け反る新。


「び、びっくりしたぁ」


「どうしよう、もう私、今までのような生活は送れないのね……」


 皐月はまた俯き悲観的な言葉を零すが、裏腹に顔はにやけている。


「あの、それはどういう……」


「間宮くんならわかるでしょ? 全校女子憧れの人の彼女になる喜びと憂鬱をっ!」


「は、はぁ……」


「羨望の眼差しを受ける反面、常に見られ、妬みや嫉妬に晒されるのよっ………でも、それも仕方のないこと……運命なの―――― “選ばれた者” のッ……!!」



( ……なるほど、これは確かに……、だな…… )



 最早#勘違い症状は末期。

 手の施しようが無いと新は匙を投げる。


「こ、今度、森永くんと……デートなの」

「――えっ? ほ、ほんとに?」


「……なによ、嘘言ってるって?」

「そ、そうじゃないけど……さ」


 本当ならどういうつもりなのか、そこに疑問が浮かぶ。


「最近、森永くんと噂になってる女の子、知ってる?」


「ああっ、うん、若松さんだよね」


 まさに新も最近紹介してもらったばかり、世間では暫定的にだがみやびの後釜と噂の若松愛花だ。


「うん、愛花はね、私の友達なの」

「そうなんだ」


「だから、森永くんは愛花と仲良くなったの」

「へぇ………――へ?」


「私に近づく為に」

「は?」


「それで、愛花が今日私に……



『森永くんとお買い物に行くことになったの、でも、まだ一人じゃ緊張しちゃって……皐月、一緒に来てくれる?』



 ……ということになったの」


「はぁ」



 皐月、愛花他仲良しの四人。 その内二人は愛花が泰樹と親しくなったのをまだ受け止め切れない状態だ。 そこで勘違いにより距離を置かなかった皐月に愛花が頼った、という事らしい。


「私を誘う為のきっかけにされる愛花が可哀想だけど……」


「可哀想、だね」


「森永くん奥手みたいだから、私にはどうしようもなくて……」


「うん、どうしようもないよ」


 噛み合わずに噛み合う会話。

 皐月は愛花を、新は皐月を哀れんでいる。


「この悲しみと苦しみ、わかってくれる?」

「痛いほど」


 同調してくれた新に「ありがとう」、と感謝する皐月を、「こういう事もあるよ」と同情する新。



「まあ、頑張ってね。 それじゃ」


 手遅れになった皐月を諦め、新は哀愁漂う笑みを浮かべて立ち上がった。 その時、



「間宮くんも行くんだよ?」



 ふと聴こえた言葉に表情が固まる。



「……どこに?」


「買い物」


「……なんで?」


「だって男女二人ずつ、バランスってものがあるでしょ?」



 当然のように参加を伝えられた新は思った。



( それ………―――男一対女三ですからっ!! それも、二人は森永くんを好きで、夕弦さんは俺を………ぜ、絶対しんどいッ……! )



 バランスも悪ければ食い合わせも悪い。



( それに、だ。 向こうは―――四人の可能性が高い…… )



 頭を過るのは銃を構えた女コマンドー。

 恐らく前回同様にやって来る予想が出来る。



( そりゃ夕弦さんとは会いたいけど…… )



「お断りします」

「は? 無理」


「そう言われましても……」

「もう連れてくって言ったし」


「そんな、こっちの都合も……」

「来ないなら迎えに行くけど、三人で。 連城さんち隣なんでしょ、いいの?」


「………わかりました」



 悪戯にみやびを刺激したくない、それも泰樹と居るのはやはり見られない方が賢明と考えた新に拒否権は無かった。



( 槙野皐月ぃ……っ! これは、どこかで夢を醒めさせる必要があるな! ……でも、どうやって? )



 自分にも被害が及ぶ事態を憂慮した新。 しかし『醒めない夢を見せる男』、森永泰樹に魅せられた少女を正気に戻すのは至難の業だろう。


 こうして、男女二対二に見える一対三、もしくは一対四の『お買い物デート』が決定したのだった。

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