アンビリーバボー体験
晩に連城家との食事会を控えたその日、新は昼前から外出していた。
( まったく、何なんだよあの人は…… )
心中でぼやくその理由とは―――
◆
( はぁ、今日は食事会か―――ていうか、何なんだよみやびのヤツ……! 心配してたら怒るし、あ、あんな格好見せて……… )
「――今日会いにくい……っ! 暴走し過ぎなんだよっ」
昨日、少し関係が修復出来たと思った新だったが、どうやらその関係性自体が変わってきたようだ。
( とりあえず、夜まではゆっくり過ごそう )
そう思っていると―――
「ん?」
『30分以内に家を出ろ。 その先はまた誘導する』
高圧的な命令文が送られてくる。
「……はぁ」
呆れて溜息を吐くと、携帯画面に指を走らせ、
『大分強気ですね、前回貸しがありますけど! 沙也香さん!』
みやびと対峙した沙也香が劣勢時、救援に駆けつけた新に救われた場面があった。 それを忘れたのか、と送り付ける。 すると、
『昨日食べたピザが何だったかなんて覚えてないね、酒で流し込んじまったよ』
「……この人、何を目指してるんだろう……大体まだ未成年でしょ」
相変わらず一人別世界に住んでいる使用人。
そのメッセージは続く。
『出たくないなら無理強いはしない、ただ、お前の部屋をリフォームするだけだ。 蜂の巣にな』
「めんどくさ」
付き合いきれないとは思いながらも、何をしでかすか分からない人物なのは確かだ。
それに、大体内容は解っている。 沙也香本人が新に用がある訳ではないのだから。
用があるのは―――
◆
( さて、沙也香様の指令だとこの辺に…… )
呼び出されてやって来たのは規模の大きな公園。 休日という事もあり、野球やサッカーをしている人々も見受けられる。
「いないな……夕弦さん」
見渡すと、こちらは子供連れの家族が多い子供向けの遊具のある公園。
「ここだよな?」
指定された場所に来ても知っている顔がなく、間違えたのかとメッセージを確認する新が携帯を取り出した時―――
「新さん」
想像していた通りの声が聴こえた。
「あれ? 今、こっちから……」
声のした方を見ても、夕弦はいない。
( んん? どこだ? そう言えば、声が “夕弦さん” だったよな……てことは、男装じゃないのか? )
となれば、夕弦の自宅で見た様にウィッグをしているのかも知れない。 その可能性も含んで見直してみるが、
「いない、よな………――いぃっ!?」
肩に手を置かれた新が振り向くと、そこには青い瞳をした、金髪でボブの女性が立っていた。
「ハ、ハロー……」
何とも自信なさげな弱々しい声。
英語が苦手という訳ではないが、実際に話すとなると話は別だ。
「Don't you know who i am? “私のことがわかりませんか?” 」
「えぇ……と、そ、ソーリー、アイドンノー……」
拙い英語力で辿々しく対応する新。
( どど、どーして俺に話しかけるの!? 助けてマザーっ! )
これ以上は持たないと心中で叫ぶ新に、その女性は優しく微笑んだ。
( おお……美しい………まるでハリウッド女優……というか、ほとんどマネキンだ…… )
黒船に圧倒される武士、ではなく町人という所か。 やっと文明開化を迎えた新に、女性は艶やかな唇を開き、
「新さんがわからないなら、大丈夫ですね」
日本語を話した。
「――なっ!? え、えぇっ!? まさか……」
突然日本に帰って来た
「はい、夕弦です」
嬉しそうに正体を明かしたのは、居ると解っていても分からなかった夕弦だった。
「……ア、アンビリーバボー……」
余りの変わり様に、まさに驚愕の声を漏らす。
「急でしたのに、会えて嬉しいです」
「えっ? ああ……うん」
まだ夕弦だという認識の薄い新は戸惑いを隠せないようだ。
( はっきり言って―――別人だ……! )
これをやってのけたのは他でも無い沙也香。 失敗も多いが、部分的には『超絶優秀』らしい。
「とりあえず、座りませんか?」
「そう、だね」
公園のベンチに金髪美少女と地味男子が座る。
「驚いたよ、誰が見ても森永くんには見えないね」
「ふふ、良かったです」
「それで、今日はどうしたの?」
色々あって忘れそうだったが、新は呼び出されたのだ。 その理由をまず訊かなければならない。
「はい。 今朝沙也香さんと朝食を摂っている時、新さんのご自宅で鶴本さんがとても可愛らしい洋服を着ていた、というお話をしたら……
『お嬢様、今日間宮くんは暇です。 よってこの変装のスペシャリスト、アルセーヌ沙也香がそのご要望を叶えて差し上げましょう!』
……という事になったのです」
「なるほど」
あの使用人なら言うだろう。 勝手に暇にされた新は、すんなりと事情を呑み込む。
「本当に、大丈夫でしたか?」
「ええ、もう大丈夫です」
沙也香のやる事に関して切り替えが早くなってきたのは成長なのか。 大分免疫が出来てきたのは間違いない。
「我儘を聞いて頂いて、新さんにも、沙也香さんにも」
「……我儘?」
そう言った印象の無い夕弦に首を傾げる。
母親の躾に従い、女性として自由に生きられない生活を強いられている彼女なのだから。
「羨ましくって」
「??」
境遇を除けば、豪邸に住み、美しく、賢く生まれた彼女に羨ましがるものなどあるのか。
「私も、新さんの前で、可愛らしくしたくて……」
「可愛い」
やや食い気味に言葉が出る。
伏し目がちな青い瞳、染まる頬を金色の髪がそっと隠す。 新は何の躊躇いもなく言えた、『可愛い』と。
「夕弦さん」
「は、はい」
真剣な表情で見つめる新に、恥じらう夕弦は胸が高鳴る。 そして新は、
「俺達客観的に見て――― “高級フランス料理とタクアン” みたいだよね」
フランス料理が具体的に何かも分からない
それを聞いた夕弦は、長い睫毛を揺らし、
「……タクアン、好きです」
「ありがとう」
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