それは幻。 蜃気楼です。

 


 みやびを自宅に送り届け、家に帰って来た新は凪に謝りのメッセージを送った。


 それから五分程で、


『平気だよ、驚いたけど』


「……よし」


 返信を確認し、一件落着と言った顔の彼が送ったメッセージがこれだ。


『今日はゴメン。 急に母さんが帰ってこいって言い出して、帰ったらたいした用事じゃなかったのに』


 これで誤魔化せたと思っているから幸せな男だ。 みやびのメッセージに気付いて部屋を飛び出した時、その尋常では無い慌て振りを見た凪に、この程度でどうして信じて貰えようか。


「………」


 すると今度は目を瞑り、難しい顔をして考え込み出した。


 やがて目を開けると、また携帯を持ってメッセージを作り始める。


『体調大丈夫?』


 身体を壊す事など殆ど無いみやびが、今日あんなにも辛そうだったのを思い出して送ったのだろう。 それに、最近色々と気に掛けてはいたが、ちゃんと会って話せていなかった心のもやが晴れて、すっきりとしたからかも知れない。


 そのみやびから返ってきたメッセージは、


『新のおかげで良くなったよ! またよろしくねっ』


「……勘弁してって」


 ヒロインを救うヒーローは自分の立ち位置じゃない。 望むのは村人Aなのだから。


 それから、少し以前の二人に戻ったキャッチボールが続いた。


 しかし、何通かのやり取りの後、ボールはとんでもない所へ飛んで行く事になる。



『そういえば、グリンピース食べれたよ』


『ほんと!? 良かった~! ほら、作り方次第で食べれるんだよっ』



( まあ、おいしいとまでは思えないけど…… )



 喜んでいる所に水を差すのも何だとそのままにしていると、


『恋愛も同じじゃないかな?笑』



「……どういうこと?」



 間の抜けた声で呟く間抜けは、


『なにそれ?』


 素直に疑問ボールを投げる。

 すると、


『あらたのバカ』



 ―――当然こうなる。



「な、なんで……っ!?」


 急に不機嫌な言葉が返ってきた事に驚き、その原因を究明する新。


( うーん。 “同じ” ……てことは……… )


 直前のヒントを元に出した答えは―――



『おいしくなくても、食べられるぐらいにはなる、てこと?』



 ―――最悪の一手に辿り着いた。



『……また苦しくなってきた』


「えっ!?」


 慌ててベッド側のカーテンと窓を開け、ついさっき見た蹲り、苦しむみやびの姿が浮かんだ新は、


「みやびっ! 大丈夫か!?」


 安否を確認しようと声を張り上げ呼び掛ける。

 またみやびの言う発作かと思ったようだが、再発の原因はまたもや新本人だ。


 隣のみやびは、カーテンの隙間から手を出して窓だけを開け、カーテン越しに不機嫌そうな声色で、


「……今、下着姿だけど、開ける?」


「――なっ!? ちょ、ちょっと待って!」


 全速でカーテンを閉めた新に浴びせられた台詞は、


「……そうだよね、まずいもの見たくないもんねっ!」


 明らかに不満が乗った強い口調だった。


「は? な、なに怒ってんだ……?」


 覗かないようにベッドに伏せたまま、身を案じて動いただけの、何の落ち度もない自分に向けられた理不尽に眉を寄せる。


( 何だよ、元気そうじゃん……でも、何で怒って―――そ、そうかっ!! )


 閃いた新は思わずカーテンを開け、


「ご、ごめんみやびっ! マズくなかったよ!?」


 料理を悪く言ってしまった事には気付いたらしく、何とか取り繕って挽回しようとする新。


「あれがグリンピースなんて思えないくらいおいしかっ――」


 その途中、向こう側からもカーテンが開く音がした。




「――え゛……」




 膨らんだ頬がほんのりと赤らんだ、不機嫌そうな顔の幼馴染。


 全校男子の憧れ、『背徳の蜃気楼』と言われるその実物が―――




「私、そんなにマズそう?」




 ―――腰に両手を当てて、どうだとばかりに白い肌をたった二つの水色が隠していた。



「―――ぶッ………」



 致死量の刺激に白目を剥いた少年は、無理解のままベッドに沈む。



( ……お、おかしいって………今日のみやびぃぃ……… )



 後から思えば、あれは幻。



『蜃気楼』だったのかも知れない―――。


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