不思議な感覚

 


( このタクアンおれなんかの為に、この高級フランス料理美少女がおめかししてくれるのか…… )


 今日の夕弦は、上は白いフリルブラウスに、胸元には青と赤のリボンを携えていて、下は青いフレアスカートになっている。


「なんて言うか、ヨーロッパの可憐なお嬢様って感じで、可愛いです」


「……ありがとう、ございます」


 思ったままの賛辞を贈った新だったが、夕弦は少し寂しそうな顔をしていた。


「やはり、ここまですると自分が言われているように感じませんね……」


「えっ、ご、ごめん……上手く言えなくて……」


 褒め方を間違えたと萎んだ声になる新に夕弦は顔を横に振り、


「そんな、謝らないでください。 ……それに、これも私ですから」


「夕弦さん……」


 前向きな青い瞳に見つめられると、自然と自分もそうなれる気がしてくる。


「沢山の私を見てもらえると考えれば、悪くないかも知れません。 その、一つでも、新さんに気に入ってもらえたら……」


「全部気に入ってます」


 いじらしく照れる美少女にやられ即答すると、


「……学校でも、ですか?」


「そ、それ以外は全部っ……!」


 やはり森永 “泰樹” だけは受け付けない新。 夕弦は慌てて訂正する姿に苦笑すると、視線を前に向けた。


「それでもいいです。 最初に比べたら、今の私は幸せ者ですから」


 そのすっきりとした横顔を見ていると、煮え切らない自分が情けなく感じてくる。


「夕弦さんは、すごいな。 色々抱えてるのに、前向きで」


 俯き目を伏せる新に、夕弦は―――


「そんなことないです。 自宅では、いつも沙也香さんに泣き言ばかりですから」


「そ、そうなの?」


「ええ、今は特別です」



 顔を上げた新と視線を合わせ、



「一緒に、居るから」



 微かに赤らんだ頬で、柔らかな微笑みを新の目に映す。



「………」



「だから、今は強いです」



「………」



「私と居て、新さんもそう思えるような相手になりたい」



 伝え終えると、夕弦は公園で遊ぶ子供達に目を向ける。


「可愛い、あの子なんて歩き出したばかりなんでしょうね」



( ――なんだ? この感覚…… )



「笑いながら歩くなんて、いつの間にかしなくなるけれど」



( 夕弦さんを見てると )



「母親になったら、出来る気がします」




 ――――ドキドキする………。




「なんて、まだ早過ぎますよね。 ……新さん?」


「――えっ? う、うん、そうだね……」



 それから二人はベンチを立ち、公園内を歩いていると、シートを敷いて休日を寛ぐ家族や友人、恋人達が多く目に付く場所にやって来た。



「シートを持ってきましたので、あの木の下辺りで休みませんか?」


「うん」


 持っていたバスケットから夕弦がシートを取り出し、二人は木陰で腰を下ろす。



( うーん、何だろう、この気持ちは。 夕弦さんが可愛いから? そんなの今更だし……ていうか、夕弦さんの可愛いって、身近な可愛いじゃないんだよな、上手く言えないけど…… )



 不思議な感覚の正体に悩んでいると、二人のシートの側にフリスビーが落ちて来た。


「すみませんっ」


 それを取りに来た若者に、「いえ、どうぞ」夕弦がフリスビーを手渡すと、


「………ありがとう」


 呆然と、だが目を離せずに呟く。

 そして友人の元に戻って行った彼は、



「ハリウッド女優がいた」

「は?」


「日本語ペラペラの」


「何言ってんだ、お前……」



 それを眺めていた新は、



( そう、それ。 何て言うか、見るで、決して手を伸ばすものじゃないと言うか……。 でも、何故か俺は向こうから手を伸ばされている……だから、この美貌にやられるのか……? )



 手に入れるのではなく、眺める対象。

 だが高鳴る胸の理由を分析していると、



「こういうデート、苦手でしたか?」


「えっ?」


「実は、私デートは初めてで、沙也香さんに二つデートコースを教えて頂いたのですが」


「……沙也香さんに……」


 急に嫌な予感がときめきを掻き消す。


「因みに、今と違うコースって……」


「はい。 お母様のオープンカーで風になって――」

「夕弦さんの選択は正しい!」


 二つ目は沙也香付きの危険なドライブ。 とても付き合い切れないと即答する新だった。


「良かった。 あの、サンドイッチを作ってきましたので、食べて欲しい、です」


「あっ、そう言えば朝から何も食べてなかった」



 バスケットから出されたサンドイッチは具材も様々で、色取りも食欲をそそる。


「うん、美味しい」


「お口に合って嬉しいです、お茶もどうぞ」


「ありがとう」


 二人、和やかに昼食を取り、新は平和な時間を楽しんでいた。



( こういうゆったりしたの、俺に合ってるよね。 公園を散歩して、木陰で休んでお昼か。 きっと沙也香さんが何かの映画で観たんだろうな )



「ごちそうさまでした。 これで沙也香さんのデートコースは終わりかな?」


「は、はい。 この後、ですね……」


 もじもじと俯く夕弦。


「……何? まさか、あの人変なこと言ったんじゃ……」


「いえ、そんなに変だとは思いませんが、新さんが嫌でなければ……」



( 俺が嫌? あの沙也香さん問題児、一体何を吹き込んだんだ? )



「……昼食の後、ひ、膝枕で彼は夢を語る……という……」


「は?」


「新さんが、嫌でしたら……」



( やっぱり何かに影響されてるな、わかんないけど。 って、俺? で、夢を語るって言われても……―――ん? 膝枕って……夕弦さんが!? )



「いいえ、嫌じゃないです」


「そ、そうですか? それでは……どうぞ」


「は、お言葉に甘えて」



( なんだ、いいコースじゃないか沙也香さんっ! 見直したよ! それに、デートとかしたら失った恋心が蘇るかも知れないしっ )



 新が次の膝枕イベントへと動こうとした時、



( さっきのドキドキも、もしかしたら俺、夕弦さんに…… )



「――いっ……たぁっ!」


「あ、新さん!? どうしました!?」



 首筋に走った痛み、そのすぐ後携帯が鳴った。



『直置きは許さん、お嬢様にタオルを持たせてある』



 そのメッセージを見た新は辺りを見回す。



( ……どうやら、狙撃手スナイパーが俺を狙っている……てか、 )




 ――――沙也香さんあんたが決めたイベントちゃうんかいっ!!


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