セピア色の診断結果

 


「……バカにしてるんですか?」


 自分の意中の相手に好かれている男に『好きってなんだ』、などと言われては気分も悪くなる。


「そう思うよな……でも、俺は本気で、本当ぉぉに困ってるんだ……!」


 何とか信じてもらおうと真剣さをアピールする新。

 だが、俊哉は不機嫌そうな顔を崩さない。



( あれ? あれは…… )



 そんな二人の姿を見つけたのは、下校中公園に通りがかった渦中の女子生徒、凪だった。



( あらたくん……―――と萩元くん……!? な、何してるんだろう………あっ、そうか、テストも終わったし、部活に来るように誘ってるんだ )



 テストが終わったら考えよう。 確かにそう新は言っていた。



( こういうのは、聞いちゃいけないよね )



 説得をしているのは分かっている。 男同士、腹を割ってする話なのだから、聞かれたくない事もあるだろうと思い歩き去ろうとしていた途中―――



「つまり先輩は、今まで誰かを好きになった事がないって事ですね?」



「――っ!?」



 俊哉の言葉が凪の足を止める。



( な、なに? 何の話をしてるの? )



 想像していた話題と違う。 これは後輩の説得ではなく、恋愛相談だ。



「多分、そうなんだと思う」


 弱気な声で話す新は、まるで失恋した直後のように項垂れている。


「一度もときめいた事がないと」


「そりゃ、何かすごく可愛い仕草をされたり、か、身体が触れたりした時は……」


 照れ臭そうに頬を染める先輩に、半目で冷たい視線を送る後輩。



( そ、それって……私のこと、かな………ほ、他のコだったら―――て私、盗み聞きなんて…… )



 いけない事とは思いながらも、その場を離れられなくなってしまった凪。



「先輩、それは恋じゃなくて―――ただの性欲ですよ」


「なっ!?」



( っ……! )



 ばっさりと切り捨てる俊哉。

 そして、新と凪に衝撃が走る。


「俺もそんなに恋多き男じゃないですけど、好きってそうじゃないと思います」


「じゃあ何なんだ!? お、教えてくれ……!」


 まさにそれが知りたい、そう詰め寄って来る困った先輩に俊哉は答える。


「例えば、会ってない時今何してるんだろうとか、他の男と喋ってるのを見てヤキモキするとか……そういう経験ありますか?」


「………ないな」



( な、ないんだ………じゃあ、あの時萩元くんとは自分が話すって言ってくれたのは、やっぱり、私のことを思ってじゃない…… )



「これって、おかしい事か?」


「おかしくはないですよ、だって好きな人いないんですから」


 俊哉の言う通り、 “好き” がわからないのに焦がれる訳が無い。


「誰かを気になった事もないんですか? 子供の頃でもいいから」


「気になる……うーん、ないな。 子供の頃……からみやびしか特に仲良いのは……」


「――は? 先輩、連城先輩と幼馴染なんですか?」


「え? うん」


 意外と知られていないこの関係。

 同級生でも浸透していないのに、後輩の俊哉からすれば初耳もいい所だ。


「先輩」


「ん?」


「先輩が誰も好きにならない理由、わかりました」


「ええっ!?」



( ええっ!? )



 流石似た者同士という所か、声に出すか出さないかだけで、全く同じ反応を示す新と凪。


「た、たったこれだけの情報で!?」


「まあ、推測ですけどね」


 驚愕の表情を見せる新に、俊哉はその推測を語り出した。


「先輩は幼い頃からあの連城先輩と一緒に居て、そのスペックの高さから手の届かない存在だと諦めた」


「……まあ」


「それも仕方ない事です。 彼女は容姿だけでなく、学業から運動まで何でもこなす超人なんですから」


「超人……」



( ……超人 )



「ところが、先輩は全くその逆」


「はは……続けて?」



( そ、そんなこと……! )



「問題はここです。 先輩はその超人とずっと一緒にいて、いつの間にか連城先輩を諦めただけじゃなく――――女の子自体が自分には手の届かない存在だと刷り込まれてしまったんですっ!」



「――なぁッ!!?」



( ええっ……!? )



 衝撃の診断結果に目を見開く新。

 公園に、暫し静寂が訪れる。 



「………そんな……お、俺は………青春する前に、枯れ果ててた………っていうのか………」



「推測ですけどね」



 と言った俊哉の声は、もう新には届かなかった。

 今ここに居るのは、来年から花の高校生活を始めるとは思えない、灰色の中学三年生。



 ――― “新” 。 その名前と対極に属する、枯れ果てたセピア色の少年は、絶望感に襲われ希望を失った目をしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る