火だるまの懇願

 


 形はどうあれ、やっと話す機会が出来たのにこれを逃す訳にはいかないと追い縋り、新は何とか俊哉を近くの公園のベンチに座らせた。



「早く帰りたいんで、手短にお願いしますよ」


「あ、ああ、わかった。 じゃあ早速だけど……あのさ、俺も凪ちゃんも気にしてないから、部活出て来いよ」


 回りくどい言い方をしても帰られてしまいそうだと思い、単刀直入に本題を切り出す。 すると俊哉は冷めた目を向け、


「何を好きこのんで好きな人が好きな人といるのを見なきゃならないんですか?」


「――えっ!? ちょ、ちょっと待って! “好き” がいっぱいでよく……」


 混乱する新を見て溜息を吐くと、俊哉はやれやれと仕方なく分かり易い言葉で話し出した。


「ですから、何で鶴本先輩を好きな俺が、間宮先輩を好きな鶴本先輩が嬉しそうに間宮先輩といるのを見なきゃならないんですか、と言ったんです」


「………うん。 ――ん? ……ああ、わかった!」


 手こずりながらも何とか頭を整理して、やっと理解出来たと喜ぶ新。



「――てやっぱり凪ちゃん好きだったのか……!」



「はい? あんなことがあって今更何言ってるんですか? まさか気付いてなかった訳じゃないですよね」


「あ、当たり前だろっ」


 とは言ったものの、確信にまでは至っていなかった新は動揺を隠せない。


( 俺の推理は正しかった……にしても、凪ちゃんが俺を好きなことに気付いてたのか……やるな萩元 )


 鋭い後輩にたじろぐ鈍感な先輩。

 そもそも推理と言う程大袈裟なものではないし、凪に想いを寄せていた俊哉からすれば、とっくに凪が新に惹かれているのは分かっていたのかも知れない。


「それでも俺に部活に出て来いって言うのはどういうつもりなんですか?」


「それは……」


「噂通り間宮先輩は連城先輩と付き合っていて、鶴本先輩とは付き合わないから気にするなってことですか?」


 あの憧れの連城みやびに告白されたのだ、噂の本筋は既に二人は恋人同士。 だがそれらしい現場が余り目撃されず、凪と一緒に居る方が多い事から、 “連城みやびと張り合う無謀な地味女子” 、という世間のやや悪意のある噂も立っている。

 それが我慢出来ずに俊哉は凪に詰め寄って、 “新とは関わらない方がいい” と言ったのだから。


 そして今、その真相は実際どうなのかと問い詰められているのだ。


「お、俺はただ、たった二人の男子部員だし……」


「は? まさか男一人になるから自分の為に俺に出て来いって言うんですか?」


「ち、違うじゃん……このまま来なくなるのは寂しいから……」


「今のまま部活に出たら俺がどんな思いするかは説明しましたよね? 大体部活で間宮先輩となんて殆ど話さないじゃないですか。 俺が避けてたのもありますけど」


「やっぱり避けてたのかっ!」


「当たり前ですよ、俺にとって一番の障害なんですから」


「ぐっ」


 たった二人の男子美術部員は、初めて腹の内を曝け出し、初めてまともに会話を交わしている。 だがその内容は、口が達者な後輩が鈍感な先輩を圧倒するという展開。


 そして、更に俊哉は真相に迫ろうとする。


「俺の予想では、先輩は連城先輩と付き合ってない」


「うっ」


 相変わらずノーポーカーフェイスの新に俊哉は続けた。


「かと言って鶴本先輩とも付き合ってない」


「ゔっ」


「もしそうなら、未だに噂の炎上で火だるまになってる筈ないですから」


「……火だるまって……」


 実際にはこれにみやびと同格の人気を誇る夕弦も加わっているので、それが発覚すればだるまは焦げ上がって灰になっている事だろう。



( こいつ、ここまでとは……明らかに俺より上手と見た…… )



 俊哉の洞察力に驚愕の表情を浮かべ汗を滲ませる。


「一体どうしたいんですか? まさか二人共タイプじゃないとか言うつもりじゃないですよね」


「あのな……! 俺がそんな事言える程の男かっ!」


 全力で自分のスペックの低さを訴える悲しい地味男子が声を荒げると、


「じゃあどうして選ばないんですか! はっきりしてくれないと俺も気持ちの整理が出来なくて部活になんて出れませんっ!」


「ぐぐ……っ」


 互いに感情が高まり、音量が上がってきた二人。



( そうか、萩元が部活に来ないのも俺が原因だったとは……。 全部、俺か………俺が、ちゃんと決めないから……… )



 葛藤する新は、この俊哉の件だけでなく、悲しませたみやび、返事を待たせている凪や夕弦、全ての元凶が自分にあると追い詰められる。



( でも、じゃあどうしたらいいんだ? だって、だって俺は……… )




「萩元……」



 俯き項垂れる、弱々しい先輩の声。



「なんですか」



 辛いのはこっちの方だ、何をお前が落ち込む必要がある、そう後輩は敵意混じりの返事を返す。


 そして、ゆっくりと顔を上げた新は眉尻を下げ、頬をヒクつかせながら言った。





「 “好き” って――――なんだ?」





 後輩を諭しに来た筈の先輩は、逆に追い詰められ、どうしても解決出来ない悩みを打ち明けた。


 この謎を解かなくては先に進めない。

 当然新もこの状況を早く終わらせたいのだ。 自分の為、周りの為にも。



「教えてくれ……萩元ぉ………」



 芽吹かない恋愛感情。

 その謎を解く鍵がまさか年下の後輩になるとは、夢にも思わなかった間宮先輩だった。

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