勘違いの葛藤

 


 昼休み、女子生徒四人が教室の一角に集まっていた。 和やかな雰囲気、ではない。 どこか緊張感のある、張り詰めた空気だ。


 そして、一人の女子生徒が沈黙を破り口を開く。


「私決めた。 明日森永くんに告白する」


「ほ、本気なの愛花まなか……未だ誰一人成功者はいないのよ……?」


 それを聞いた一人は、まるで登頂困難な山に挑むような物言いでたじろいでいる。


「試験も終わったし、うかうかしてたら次の期末試験が来て、もう夏休み………今動かなきゃ会えなくなっちゃう……」


「それはわかるけど……」

「散っていったコ達を見るたび決心が……」


 周りも理解している、だが踏み出す勇気が持てないと少女達は表情を曇らせるだけだ。

 その中に、一人違った思いを巡らせる女子生徒が居た。

 利発そうなつり目を弱気に伏せる、ポニーテールの女の子。 一年の時新と同じクラスだったという槙野皐月だ。


( ど、どうしよう……。 私―――どうしたらいいの……っ! )


 心中で叫ぶ皐月。 恐らくこの四人の何人か、もしくは全員が森永泰樹に想いを寄せる女子なのだろう。

 当然皐月もそうだ。 だから先を越されるのを恐れているのか、と思えば―――


( 止めなきゃ……友達がフられるのを見過ごすなんて…… )



 どうも様子がおかしい。



( だって、だって森永くんは…… )





 ――――私を好きなんだもん……! ――――





『想いを寄せる相手』。


 まだ新が夕弦を男だと思っていた頃、怯えて皐月の後ろに隠れた時に泰樹として言った言葉だ。 それを皐月は自分に対して言われたと勘違いし、今に至る。



「や、やめた方が、いいんじゃないかな……」


 言い辛そうに小声で切り出すと、告白を決めた本人以外の二人が、


「皐月、愛花が勇気を出して決めたのに、なんでそんなこと言うの?」


「そ、そうだけど……」


「みんな森永くんが好きでも、誰かが告白する時は応援しようって言ったじゃない……!」


「……うん」



 彼女達には何とも微妙な約束があるらしい。 それは、 “ちょっと人気のあの男子” ではなく、入学時から圧倒的人気を誇り、にも関わらず三年生になった今も誰と付き合う事もしない、手の届かない存在が成せる業なのか。


 沈んだ顔で俯く皐月に、告白を決めた愛花という女子生徒は優しく微笑んだ。


「大丈夫だよ、皐月。 フられても、みんなが居るから立ち直れるもん」


「愛花……」


 もちろん振られる可能性の方が高い事を本人もわかっている。 それを皐月が心配していると感じて言っているのだろう。


 だが、皐月の感じている罪悪感は少しそれとずれているのだ。



( 私……みんなを裏切ってる……。 こんな事が続くのは辛いよ…… )



 実際には裏切っていないのだが、皐月は勘違いによる葛藤の渦に呑み込まれている。



( どうして……私はいつでもいいのに……! )



 泰樹から告白される準備は出来ている。 そうすればこんな犠牲者が出ることもないと嘆くが、自分から動く勇気は無い皐月だった。





 ◇◆◇




 その日の森永邸では、明日愛花に告白される予定の夕弦と沙也香がリビングで寛いでいた。


「お嬢様、くどいようですが本当にあの日間宮くんと何もなかったんですか?」


「もちろんです。 試験勉強をして、新さんのお母様と楽しくお話しさせて頂きました」


 疑いの目を向けてくる沙也香に対し、夕弦はきっぱりと潔白を主張する。


「……そうですか。 じゃあもうこの恋は諦めた方がいいですね」


「なっ……なぜそんなことを……」


「だーって二人っきりであんな長い時間いてノーリアクションじゃ脈無しじゃないですかー」


 完全にお手上げ、興味を持たれていないと天井を見上げる横柄な態度の使用人。 同じソファに座って寛ぐその姿は、殆どただの友達にしか見えない。


「そ、そんなことは……!」


「あー無理無理、気があったらちょっとはリアクションしますって」


 乱暴な物言いに顔を顰めた後、もじもじと下を向いて夕弦は話し出した。



「…………て、手は………握ってもらいました……」



「あのガキ―――ってきますわ」

「やめてくださいっ!」


 見事誘導尋問を成功させた沙也香が殺意に目の色を変える。


「だって勉強するのに手ぇ握る必要あります!?」


「さ、沙也香さんが意地悪言うから――」

「手と手を繋ぐと伝わるテレパシーで教えてたとでも言うんですかぁ!?」


「落ち着いてくださいっ……!」



 その後、何とか狂乱状態の沙也香を鎮める事に成功したが、かなりの時間と体力を犠牲にする事となった。


「で、あの途中合流した女の子は何なんです?」


「……はい。 おそらく彼女が、連城さんの言っていたもう一人の女性でしょう」


「間違いないんですか?」


「同じ人を想っているのです。 間違える筈がありません」


 三人で過ごした時間は僅かだったが、その間の新と凪を見て感じ、それは確信になった。


「とても、可愛らしい女の子でした」


「ふーん。 でも、普通呼びます? お嬢様の気持ちを知ってるのに」


「何か事情があったのでしょう」


「それにしても………――あっ! だからか……」


 何かに結びつき、眉を寄せる沙也香。


「どうしました?」


「いえ、なんでも……」


 明らかに何でもないとは思えない様子だったが、夕弦は特に追求するような事はしなかった。 そして、一口お茶を含んでから物憂げな顔をして語り始める。


「最近、思うんです」


「何ですか? ヒット曲が出ると “このアーティストは初期の方が良い” とか言う鬱陶しい奴に対する心の対処法ですか?」


「今まで私が断ってきた、 “想い” にです」


「ああ、そっちですか」


 見当違いをニアピンにする才能を持つ沙也香。


「何人もの好意を断ってきた私に告白するのは、とても勇気が要るでしょう。 望みの薄い恋……今の私には彼女達の気持ちがわかります」


「まぁ、こっちの対象は大分ヘボいですが……」


「沙也香さん」

「すみません」


 確かに、森永泰樹と間宮新では競争率が比較にならない。 だが、その競争相手が連城みやびとなれば話は別だ。 まだ夕弦は、みやびの脱落を知らないのだから。


「初めて誰かを好きになって、やっと本当に理解出来たのだと思います。 だからこそ今は、想いを断る事が辛い。 自分だったら………そう考えると……」


 瞼を閉じ、砕け散る想いを想像して悲痛に顔を歪ませる。


「確かに、ミヤビ・レンジョウは想像以上でしたが……」


 終始圧倒された記憶に苦い顔をすると、何も知らない夕弦は首を傾げる。


「お会いしたのですか?」


「まぁ、ちょっと………」


 主に余計な心配を掛けまいと、未遂に終わった三つ巴の件は伏せていた沙也香だったが、ボロの出やすい性質が危うい。


「また告白されるような事があった時、どう対応しようか色々と考えてはいます」


「そうですか。 それにしても………」


 腕組みして考え込む沙也香は、解けない謎を呟く探偵のように言った。


「あの少年の、何がこれ程惹きつけるのか………地震が来た時に、何故か数秒前から知っていた気になる程不思議ですね」



「………そうですか」



 何故そのコメントが出るのか、沙也香の方がよっぽど不思議だと感じる夕弦だった。


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