衣替え
中間試験が終わり、新はみやびと夕弦の協力もあって少し順位を上げた。
そして張り出された順位表には、上位一桁にその二人の名前が載っている。
( ……俺なんかが気にする必要はない、か )
試験初日、『みやびとは付き合えない』。
そう告げた事が試験に影響を及ぼしたかも知れないと危惧していた新は、それが要らぬ心配だと結果に言われた気がした。
教室では試験が終わったのと、六月になり夏服に衣替えした開放感から生徒達の表情は明るい。
( どうしても無理してるように見える……のは、自信過剰かな…… )
みやびもまた、周りの友人達と同じように明るく会話を交わしている。 その様子を自席に座り、頬杖をついて眺めていた新に声が掛かる。
「あらたくん」
「……ああ、どうしたの? 凪ちゃん」
反応はしたがどこか上の空。
そして、それに気付かない凪ではない。
「ぼーっとしてたから。 何かあったの?」
「いや? 何もないよ」
新がみやびを見ていたように、凪も新を見ていた。
その結果、 “何かあった” と思ったから声を掛けたのだ。
未だ注目を集める新が、その原因であるみやびを不用意に見つめていた。 何かなければそんな事はしないだろう。
それでも、無いと言われればそれ以上を訊くようなタイプではない凪は、
「そう……」
と表情を曇らせるしかない。
「そうだ。 テストも終わったし、萩元のことも考えないとね」
「うん」
幽霊部員になりかけている後輩の話をする二人。
その様子を、女友達と雑談しているみやびは視界の端に置いて、見せない影を胸に落としていた。
◆
放課後、凪と二人で下校する新は、偶に話し掛けてくる言葉にそつない返事をするだけで、自分から話したりはしなかった。
本人はそれに気付かないようだが、相手は感じているだろう。 一人で壁打ちしているような会話を。
それでも凪は追求したりしなかった。 教室で見つめていたみやびと何があったのか。 それは、
―――違う形で伝えられた。
「あらたくんは、子供の頃どんな子だったの?」
「えっ、子供の頃?」
「うん」
俯きながら切り出した凪は、視線を合わせずに話す。
「そうだなぁ………今と、変わんないかな」
「そうなの?」
「うん。 なんか大人数で遊ぶのが苦手でさ、疲れちゃうんだよね。 隅っこでマイペースにやってたよ」
「あらたくんらしいね」
未だ俯いたままの凪は微かに微笑む。
さっきまでなら、ここで会話は終わっていた筈だった。
だが、今度はここで終わらない事を凪は知っていた。
「まぁね。 だからいつの間にか遊ぶのはみや――」
言葉が途切れる。 リズムの無かった会話がメロディに乗り出した途端に消えた。
隣からも音は聴こえない。
何故なら、本当は聴きたくない曲をかけたからだ。
「……凪ちゃんは、どんな子だったの?」
沈黙から逃げるように訊くと、
「あらたくんと同じ」
居心地の良い理由が返ってくる。
「そっか。 本当、似た者同士だね」
「うん。 ……ね、あらたくん」
か細い声に呼ばれた新が「なに?」と言って顔を向けると、長く俯いていた凪が不安そうな顔を上げ、小さな唇を微かに開いて見上げてくる。
「本当に、変わってない?」
「………凪ちゃん」
「今も、これからも、変えてくれない?」
三枚の下書きを差し出された新。
その一枚を、数日前に消したばかりだ。
―――一番時間を掛けて描かれた一枚を。
「……ごめんね。 今日のあらたくん変だったから、焦っちゃった。 ゆっくりが、マイペースが好きだもんね」
「………」
気付けば家路の分岐点。
何も言えない新に、凪は優しい笑みを向ける。
「ゆっくりでいい。 そんなあらたくんを好きになったんだから……」
◆
一人になった帰り道。 少し早歩きになっている凪の心中では、
( 本当にごめんなさい、嫌だったよね……。 でも、どうしても知りたかったの…… )
その足を止め、大分陽も長くなった夕暮れ前。 半袖のブラウスを着た少女は呟く。
「ふったんだ……」
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