優秀なポンコツ
明くる日、中間試験初日を迎え家を出た新の前に―――
「おはよう。 今日が初日だね、ちゃんと眠れた?」
朝日を浴びて、淡い茶色の髪を煌めかせるみやびが立っていた。
「………うん、おはよう」
何事かと意表を突かれた新がぼんやりと返事を返すと、「よかった」と一日中支えになってくれるような、満点の微笑みを向けてくれる。
それから二人で駅に向かう途中、新の頭の中に思い巡ったのは、昨日みやびが言った『新は私が守る』、という言葉だった。
今までこんな事はなかった。 だから今日、自分を迎えに来て登校から一緒に居るのか。
そう思った時、昨日母から言われた言葉を思い出し、そして言葉にはしないが、自分を守ろうと傍に居るみやびに妙な苛立ち、煩わしさを感じた。
女性に守られる不甲斐なさ、それが己の力不足なのは解っている。 それも、その場凌ぎの嘘から心配を掛けているのだ。
それでも新は―――
「みやび」
「なぁに?」
「俺、みやびとは付き合えない」
時間が止まったように足を止めるみやび。
新はその数歩先で足を止め、半身を向ける。
「どうして?」
初動は感情的な面もあった新に、その声はそれを搔き消し、残った理由を伝える為に口を開かせた。
「待たせるのも悪いし、俺にとってみやびはすごく大事な存在だから、関係が壊れるのを臆病だと思われても………友達でいたいと思った。 それに、俺がみやびに追いついてないんだ。 その……恋愛してないっていうか………可愛いとか、そういうことは思っても……」
それが母の言った “タイミング” なのか。 もう何年も想いを秘めていたみやびと、突然向き合うようになった新との食い違い。
万能と言われるみやび。 彼女が今まで成し得なかった事が唯一あるなら、それは新なのかも知れない。
新と同じように関係が壊れるのを恐れて踏み込めなかった。 その時間の中で壊れてはいけない関係は大きくなり、その幼馴染を慕う存在も現れた。
「………急かしたなら、ごめん。 私は待つし、それを重荷に思わなくていいよ……」
もしそれが理由なら、考え直して欲しい。
そう言いながらも頭は理解していた。
急がせた。
ライバルがいるから。
焦っていた。
なろうと思えばなれない事が無かった一番が、新にだけは自信が無かったから。
幼馴染が、近い事はアドバンテージじゃない。
寧ろ自分にとって不利に働く事もある。
追い詰められたみやびは、縋るような終わりの言葉を口にした。
「新が好きになってくれるまで待つし、それに、付き合ってから好きになってくれても……どんな形でも私は――」
「そんな……! お試しみたいな気持ちで付き合えるかよっ! 俺は……みやびにそんないい加減なことしたくない……!」
背中を向けて歩き出した新に、みやびは声も掛けず、追いかけもしなかった。
出来なかった。
自分の吐いた言葉の愚かさをすぐに理解したから。
遠ざかる背中、ただそれを見つめる事しか出来ないみやびは―――
「ほんと……なんでこう、ポンコツなのかな……」
震える肩は、恋に破れた普通の女の子だ。
どれだけ多くの人に想われても、自分の想う相手に背を向けられては意味が無い。
「周りに見栄はって、新に相談して……ただ壁を高くしただけじゃない……」
茶色い瞳が潤み、行ってしまった想い人には見せられない涙が零れる。
「見てほしい人に目隠しして………急に好きになってなんて………バカじゃないの………」
近くても、仲が良くても交わる訳ではない。
手足が伸び切ろうとする二人には、ただ笑い合っていられた頃と違う、様々な背景がある。
歩き去った新もまた、知る人の少ない万能な幼馴染の泣き顔を知っている。
それを、思い浮かべない筈は無いだろう。
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