大人の意見

 


 真実と嘘が入り混じった話になったが、そもそも簡単に信じられる話ではない。


「助けてもらった……って、本当にそんなこと……」


 どんな事でも受け止める。 そう言ったみやびだったが、打ち明けられた内容の質に戸惑っているようだ。


「そうだよな、こんな話信じてくれなんて……」


「そ、そうじゃないけど、でも……!」


 欺く事に罪悪感を感じながらも演技を続ける新。 その後ろめたさが寧ろ不器用な彼に真実味を出させているのかも知れない。


「俺が連れ去られる所を見ていた沙也香さんが追いかけて来てくれて、隙を見て逃してくれたんだ」


 事実と全く違うストーリーを展開していく新に困惑していた沙也香実行犯は、徐々にそれに追いつき合わせようとする。


「ええっと ………あ、そうそう! 黒塗りの車にイゴール・ボブ◯ャンチンみたいな――」

「とにかく! 沙也香さんは確かにちょっと変わり者だけど、わが身を顧みず危険を冒して俺を助けてくれた恩人なんだよ」


 ボロを出しそうな沙也香を遮り、新は更に続ける。


「まだあの時の恐怖心が残ってて、それで護身用にスタンガンコレを頼んだんだ」


 強引に道を作り、遂にスタンガンへと辿り着いた。 問題は、その道中を信じてもらえるかだが。



「わかった」



「みやび、そう言われても俺は嘘なん―――え?」



 芝居を続ける新を止めたのは、意外な返事だった。



「今、なんて……?」


「わかったって言ったの。 信じる」



「………ありがとう」



 あまりにあっさりと受け入れられた事に肩透かしを食らい、茫然と口を動かす。 みやびは視線を新から沙也香に向けると、


「沙也香さん」


「は、はいっ」




「新を助けてくれて、ありがとうございます」



 深々とお辞儀をして、自分にとっても恩人だと感謝を伝えてくるみやび。


「っ………と―――はい、どういたしまして……」


 目を泳がせる沙也香がそれに応えると、顔を上げたみやびは言い放つ。


「でも、そんな物騒な物は持ち帰ってください。 新は―――私が守りますから」



「……はい」


 強く意志の込もった眼差しに頷かされる沙也香。



「わっ……!」


「ちゃんと食べてねっ。 感想、待ってるから」


 持っていた料理を新に渡し、可憐な笑顔を残してみやびは自宅に戻って行った。




「ミヤビ・レンジョウ……想像以上ね……」


 初めて会った主のライバル。 沙也香がその印象を漏らすと、


「沙也香さん……」


「なに?」



「 “借し” 、ですからね……」



 助っ人を逆に助けた形となった新がそう言うと、沙也香は無言で苦虫を潰したような顔をしていた。



 三つ巴を回避した、という点においては成功だったのかも知れないが、『新を守る』と言ったみやびの今後は予想出来ない。



 家に戻った新は、その後大きな問題も無く凪と夕弦を送り帰し、二日間に渡って開催された危ない勉強会を終えた。





 ◇◆◇





 その晩、仕事でまだ父親が帰らない母子二人の夕食―――



「母さん、今日はありがとう」


 今日を乗り切る為に活躍してくれた母に礼を言う息子。


「いいのよ。 あんたのあの情けない顔が夢に出てきそうだけど」


「……忘れてください」


 真新しい黒歴史を読み上げる母に項垂れる。 そして、結局頼ってしまった母を見て、少し考えてから新は切り出した。


「あの、さ、もし……もしだよ? 突然何人もの女の子に、告白されたら……どうしたらいいと思う?」


 これまであった出来事、そして今日一度に三人を相手したのが決め手だったのか、初めて新は自分の境遇を母に相談し始めた。


「なにそれ。 あ、アレ? よく聞く中二病ってやつ?」


「ち、違うよっ! まったく、真面目に訊いてんのに……」


 折角打ち明けたものの、モテない息子の妄想だと揶揄われ顔を顰める。


「ま、母さんは女だから、女側からの意見しか言えないわよ。 かと言って父さんに訊いてもそんなにモテた事ないだろうし?」


「息子の次は夫にまで言うか……」


 間宮家の男勢を軽視する母を白けた目で見ると、母は微かに笑みを浮かべた後、


「何人もって、何人よ」


「まぁ、例えば三人で、立て続けに言われたから……すぐに返事出来ない………とか」


 具体的にする程自分の話とわかってしまうが、その分答えを聞くのも力が入る。


「そうねぇ、抑え切れないほど好きだから告白するんだもの、そりゃ待たされるのは辛いわよ」


「そう、だよね……」


 わかっていたつもりでも、改めて人に言われると自分の認識が浅かったと気付く。


「かと言って突然告白するのは自分のタイミングで、それに応える相手のタイミングを強要するのは間違いだけど」


「………」



「でもね、若い頃にそんな気持ちの余裕なんて無いのよ、駆け足だから。 ただ、その男の子には―――好意に甘えて女の子を傷つけるようなことはして欲しくないわね」


「っ……」



「それはいつか、必ず自分に返ってくるから」



 母の言葉は確かに女性側からの意見ではあったが、同時に男女関係無く、



「母さんて……大人だったんだね………」



 中学三年生では辿り着けない、大人の意見だった。



 待たされる三人の辛い気持ち。 そして新自身にも決断を急がせるのはエゴになる。 だが、それを待ち切れない若さがそこにはあり、何より心に響いたのは、



 ―――無責任に好意に甘える事だ―――




「で、ギャルゲーやるのはいいけど、課金したら携帯没収するわよ」



「………」



 鋭い母の視線を受け、やり切れない思いが胸に渦巻く新だった。

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