幻の川

 


「「どうだったの愛花……!」」


 ファミレスの一席で、皐月含む仲良し四人の結果報告会は緊張を極めた。 身内であるその挑戦者に二人は興奮を抑え切れない様子だが、皐月は対照的に物憂げな表情で俯いている。


( ごめんね愛花……私のせいで…… )


 友人が振られた事に疑う余地は無いと、相変わらず勘違いを続行中のようだ。


 しかし、聴こえた友人達の声は、想像していたものとは違っていた。


「ちょ、ちょっと愛花……な、なにその顔………」


「ま、まさか……!」



「えっ……」


 二人の反応に顔を上げる皐月。

 その目に映った友人、愛花の表情は、恋に破れ悲しみに暮れる少女とはかけ離れたものだった。


( そ、そんな筈は……確かに愛花はうちのクラスじゃ一番可愛いと思うけど……森永くんは……… )


 彼女の想いを受け入れる筈が無い。 何故なら、彼の気持ちは自分に向いているのだから。


 そうは思っても、愛花のどこか嬉しそうに赤らんだ顔が心を掻き乱す。



「あ、あのね……」



 遂に結果が発表される。

 息を呑む三人。 果たして、彼女は初めての成功者となったのか。



「告白………出来なかったの………」



「……ど、どういうこと?」

「だって、呼び出せたんでしょ?」


「うん」


「じゃあなんで……」



 無理解な事実に困惑する三人に、愛花は事の真相を語り出した。



「本当に、心臓が破裂しそうだったけど、頑張って言おうと思ったの。 そうしたら……」




 ◆




「もし僕の思い違いじゃなかったら、お話しするのは初めてじゃないかな? 若松愛花わかまつまなかさん」


「え……。 は、はい」


 想いを伝える寸前、押し戻されるように話し掛けられた愛花。 戸惑う少女に泰樹は続けた。


「勘違いなら申し訳ないけれど、僕に告白するつもりなら、やめてほしい」


「っ……」


 愛花の身体から、微かな希望が抜け去っていく。

 叶うとは思っていなかった。 しかし自分は、想いを伝える事すら許されないのか。


 成功も失敗も無い。

 そもそも資格が無いと門前払いされ、絶望に全身が震え出した時、


「僕は君のことをよく知らないし、君もそうだと思う。 だから、知りもしないで君を傷つけたくないし、逆に受け入れることも出来ない」


 初めましての相手に告白されるのが殆どの泰樹は、今までそれをただ断ってきた。 だが、恋を経験した夕弦は、それを無下に打ち砕く事が出来なくなったのだ。


「若松愛花さん。 まずは僕と―――」




 ◆




「――お友達になろう……って………」




「「「えええッ!!?」」」



 衝撃の結果報告に、皐月含める三人は悲鳴にも似た声を店内に響かせる。


「そ、そ、それって……!」

「お―――お友達から始めましょう………ってこと!?」


 解釈の仕方は様々だと思うが、彼女達の考えるそれは恋人までに至る過程としての『友達』、なのだろう。


「ど、どうかな……? でも私………すごく、嬉しくって………」


 歓喜に打ち震える愛花はまさに恋する乙女。

 それも、過去誰も潜り抜けた事のない壁を越えた、恋愛続行中の乙女なのだ。


「初めての、 “生還者” ………」

「あの森永くんが、フらなかった……?」


 十中八九泣き顔を想像していた二人は驚嘆の呟きを漏らす。 それは皐月も同様で――



( ……なんなの……―――どういうことっ……!? )



 まだ現実を受け止め切れず、止まっている三人を追い打ちするかのように、生還者は次の成果を口にする。



「連絡先……もらっちゃった……」



「はぁぁ!?」

「うそでしょ!?」


 この中に宝物が入っている。 そう述べた愛花は、大事そうに両手で携帯を持って微笑む。



( えぇ……えぇぇぇ~? )



 理解不能の皐月は、最早精神崩壊をきたし脳内がグラグラと揺れ始める。


「でも、『これからよろしくお願いします』ってだけ送ったけど、それしか………どうしよう、なんて送ればいいかな?」


 置き去りにされた三人を他所に、先を行く愛花は次の相談をしてくるが、



「……ちょっと、今日は帰るね……」

「私も、色々整理したいから……」


「えっ? あ……」


 灰と化した友人二人は席を立ち、背中を丸めて去って行く。


 友情まで消え去ったとは思いたくないが、今はまだ受け止められない状態なのだろう。


 残ったのは脳内浮遊中の皐月と愛花。

 愛花は進展した恋を喜ぶと共に、それにより離れてしまう友人達に寂しさを感じていた。


「ごめんね、皐月」


「――は? ……はぁ」


「でも、まだお友達になれただけだし、どうなるかなんてわからないから……」


 魂の抜けた人形と話す愛花は、そうは言いながらも喜びを隠せない。


( 友達って、それになれたのが快挙でしょ……それに、連絡先………私も知らないのに……っ! )


 やっと帰った二人と同じ位置に並び、皐月の勘違いは終わった―――と思われたが、



( ……友達………―――そうか……っ!! )



 突然目を見開き、闇を切り払い光を見つけた皐月が思ったのは、



( 愛花がフられなかったのは―――だからだっ……!)



 恋する勘違い乙女は、どうしても自分に都合良く解釈する回路が備わっているらしい。



( “ハートを射止めたいなら先ず馬から” ……みたいなの聞いたことあるし! もぅ、これじゃ喜ばせた愛花に悪いよ……森永くん、早く…… )




 ――――勇気を出して……! ――――




 日本のことわざに英語を織り交ぜ、止まる事を知らない皐月の恋の川は、無い筈の水が流れている。



「皐月……?」



 様子のおかしい友人に首を傾げる愛花に、皐月は寧ろ憐れんだ眼差しで言い放った。



「仲良くしてあげてね……」




( 私の泰樹と……… )




 この、若松愛花という存在が誕生した為、泰樹に告白する挑戦者は少なくなるかも知れない。


 だが、誰も知らない―――いや、本人しか思っていない大本命の勘違いはまだ続きそうだ。


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