ホームドラマ
「いらっしゃい、凪ちゃん」
「お邪魔、します……」
迎えてくれた新に挨拶をしながらも、奥に居る美少年を気にする凪。 二人に面識は無いし、当然凪にとって夕弦は森永泰樹だ。
以前教室に泰樹がやって来て新を連れ出したのは知っているが、反応を見るに自宅に呼ぶような関係になっているとは思わなかったのだろう。
部屋に入ると、すっと夕弦は立ち上がり新からの紹介に備える。
「えっと、クラスメイトの鶴本凪さんです」
少し気不味そうに紹介する新。 男友達という設定とはいえ、本来なら修羅場になってもおかしくない状況が頬を引きつらせてしまう。
「初めまして、森永泰樹です。 よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
学校では偶に遠くから眺める程度の、自分とは縁の無い身近な有名人に萎縮する凪。 逆に今夕弦は、あの社交的で自信に満ちた生徒会長、森永泰樹なのだ。
つまり――
「可愛らしい服だね、よく似合ってる」
――と、新ならどもりそうな台詞を余裕を持って繰り出す。
「え、ぁ、の………あり、がとう、ございます……」
緊張と気恥ずかしさから、何度も躓いてやっとのこと応える凪の姿を見て、
( 夕弦さんに、森永くんとして褒められて照れる凪ちゃん………なんだか、なぁ…… )
本当の姿を知り、実は恋敵である二人の関係性を知る新は、この奇妙な場面になんとも言えない気持ちになる。
「間宮くんも、そう思うでしょ?」
「えっ? う、うん」
急に振られた問いに思わず同意してしまったが、その事に気持ちは騒めいている。 夕弦は新と、その新にも褒められた形になった凪を見ていた。
「ほらっ、ふ、二人とも座って? 俺は飲み物持ってくるから……!」
逃げるように部屋を出た新は、何故夕弦があんな事を言ったのか、その真意に目を向ける余裕も無く階段を下りる。
その途中、
『今女の子入ってったけど、どゆこと?』
というメッセージに気付く。
「
呆れた顔で呟き階段を下りきった時、「新」と呼ぶ声に反応する。
そこには、既に盆に飲み物を持った母恵美子が立っていた。
「あんた、大分余裕なのね」
「……何がだよ」
「あんなカッコいい男の子が居る時に凪ちゃん呼ぶなんて」
皮肉混じりに言われると、何の事情も知らずに思った事を言う母親に気持ちが苛立つ。 自分だって出来れば避けたかった、余裕なんてものがある筈もない。
しかし、この状況を招いたのも自分の責任、それはわかっている。 はっきりと断れない気持ちの弱さのせいなのだから。
それは新も最近自覚した事だが、残念ながらまだ克服には至っていないのがこの現状だ。
「わかってるよ、俺だって……」
自分を好きだと言っている女の子を同時に部屋に招く、とても賢いとは言えない。 そう新は言ったつもりでも、母はそうは捉えなかった。
「あら、やっぱり凪ちゃんが好きなんだ」
「そ、そうじゃ――」
「だって、取られたくないんでしょ?」
寧ろ取り合っているのは向こうの方なのだが、そうも言えない。 泰樹だと紹介した彼が実は女の子で、実は二人共が自分に好意を持っているなどと。
「俺だって……色々考えてるんだよ」
「へぇ」
そうは思えないと目を細める母に、眉を寄せ反抗的な目を向ける息子。
「もう子供じゃないんだから自分でなんとかするって、母さんは余計なことしないでよっ!」
「おおっ……ホームドラマっぽい……」
言っても中々響かない、飄々とした母に溜息を吐いた時、またもや新にメッセージが届く。
それは―――
『この前言ってた新でも食べられそうなグリーンピースの料理作ったから、これから持ってくね! おばさんに今晩のおかずに出してもらうから、ちゃんと食べてよ~』
今ここに来ていない、三人目のヒロインからのメッセージだった。
「………母さん」
携帯の画面を虚ろな目で見つめたまま、先程威勢良く啖呵を切ったとは思えない脆弱な声で呼ぶ。
「なによ、別に余計なことなんかしませんよ~」
おどけた口調で返事をする母に、力無く顔を向ける新。 それは、見るも無残な、歪んだ情け無い顔面だった。
そこから零れた言葉は、
「――助けて……」
「………あんた、さっき何て言った?」
手の平返しのSOS。
呆れ果てた母は、息子のこの顔を生涯忘れる事はないだろう。
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