届け物

 


 遂に三人のヒロインが揃うかも知れない緊急事態となってしまった。 特に今みやびに来られては不味い。 何故なら、泣いて縋る程恐怖した泰樹を自宅に招いているからだ。

 あの時、みやびはその身体を張ってまでも闇の中から新を救ってくれた。 それをどういうつもりかと詰め寄られても、新は夕弦の正体を明かせないのだから。


「母さんは上の二人を頼むっ! 俺は……何とかこっちを食い止めるから!」


「……よくわからないけど、わかったわよ」


 訊きたい事を呑み込んで動いてくれた母が階段を上がり始めると、「ありがとう母上っ!」と調子のいい息子が下から声援を送る。


( で、どうする……玄関に入られても靴でバレる……家の外で待つ? いや、怪しすぎだ…… )


 何とか三つ巴を避けようと考えを巡らせる新。 恐らく時間はあまり無い。 何しろ相手はお隣さんだ。


「少しでも違和感を感じたら気付く……みやびは鋭い、俺と違って頭良いから………何でそんな優秀に育ったんだよ……!」


 訳の分からない文句を吐き、天然系の幼馴染だったら、などと意味の無い勝手な願望を抱く。


( 待てよ、優秀……? 確か、そんな事を言ってた人が……… )



「――そうだっ! “超絶優秀” がいた!」



 何か閃いた新は、急いで携帯を操作し始める。

 その打開案とは―――



「もしもし! 沙也香さん!?」


『――っ! ちょ、なに? 声おっきいって……!』


「緊急事態なんですっ! 隣のみやびがうちに来るって……今来られると俺も―――夕弦さんもピンチなんです!」


 あまりに乱暴な説明。 これだけで理解しろとは無理がある話だが、そこは流石自称優秀な使用人沙也香。


『……まさか、お嬢様が言ってた強敵、ミヤビ・レンジョウ……?』


 どうも芝居掛かった台詞が気になるが、今は構っていられない。


「そうなんですっ、何とか止めてください! 超絶優秀な沙也香さんなら出来るでしょ!?」


 何の策も与えずどうにかしろと言う “他力本願寺 ” 。 バッターに『ホームランを打て』とサインを送るデタラメな監督のようだ。


『やーれやれ、無茶な使い方する奴だ。 まぁいい、説明書の無いゲームの方が燃える性質タチでね……』


「頼みましたよっ! 今度アップルサイダーおごりますからっ!」



 頼んだ手前、沙也香の芝居に付き合った言い振りをする新。 一方乱暴に電話を切られた沙也香は―――



「私を釣る報酬にしちゃチンケだが、喉は潤いそうだ。 ………それじゃ、行くかね」


 含み笑いを浮かべて動き出す助っ人。



 その頃隣の連城家では、新の為に作った料理を持って家を出ようとみやびが玄関に向かう。 果たして沙也香はみやびを止められるのか。



( 今日も試験勉強してたのかな? 昨日の感じだと大丈夫そうだったけど…… )


 そんな事を考えながら家を出たみやびは、僅か数秒で着く隣の間宮家に行くのに障害があるとは夢にも思っていなかった。



「連城、みやびさん?」


「……そう、ですけど……」


 明らかに警戒を示すみやび。 見知らぬ人に声を掛けられたのもあるが、理由はそれだけでは無い。

 面識の無いその相手は、髪を一つに束ねた小柄な若い女性。 問題はその風貌で、まるで女コマンドーさながらに迷彩の繋ぎを着たサバイバルスタイル。 それと似つかわしくないアンバランスな童顔にはペイントまで施してあるのだから、みやびが不審に感じるのも当然だ。


「やっぱり! 間宮くんから聞いててそうじゃないかな~って思って!」


「新……の、お知り合いなんですか?」


 沙也香は警戒心を解こうと新の名前を出したのだろうが、みやびからすれば益々怪しい人物に見えた。

 新の交友関係は広くない。 それは幼馴染のみやびなら分かっている事だし、何よりあの平穏を好む新の付き合うような人種とは思えない。


「うんうんっ! 出会いは紙袋から溢れた果実を拾ってもらってね、この紙袋っていうのがポイントなんだけど……ってどうでもいいか!」


「……はぁ」


「今ちょうど届け物しようと思って来たんだけど……あっ! もし連城さんも届け物なら持っていくよっ!?」



「………いえ、全然大丈夫です」


「全然ッ!?」


 きっぱりと断るみやび。

 話の持っていき方も強引、新の名前を出すからには無関係ではないだろうが、あまりに怪し過ぎる。 何よりみやび自身が会いたいと思っているのに、人任せにする理由など無いのだ。


「大体届け物って、何も持ってなさそうですけど」


「わっ、私はこの……」


 手ぶらを指摘され、慌てて繋ぎのポケットから何かを取り出した沙也香。



「……それって……」



 眉を寄せるみやびの反応を見て、我が手に目を向ける。 その手に持っていたのは―――





「この―――スタンガン……?」





 ◆





( 沙也香さん、大丈夫かな……失敗ならすぐに俺が出て行かなきゃならないし、とりあえず報告がくるまで母さんに粘ってもらって…… )



 玄関先でそわそわと浮き足立つ新は、携帯を手に持ち沙也香からの連絡を待っていた。


「――っ!」


 着信を告げる音に素早く反応し、目を見開いて画面を覗くと―――




『ミッション失敗、至急応援請う』




「まったく……超絶優秀だな……っ!」



 期待外れの報告に顔を顰め、新は急いで家を飛び出した。 沙也香を救う為ではなく、自分を守る為に―――。


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