続・取り調べ室から愛を込めて

 


 間近で見る程に魅力的に感じるみやび、極限状態の新は明らかに長期戦は望めないだろう。


 その瞳が、言葉が、越えるには整理出来ていない関係を無視して、 “越えてしまえ” という衝動を掻き立ててくる。



( もう……限界だ………でも、じゃあどうすれば……… )




 ――――解放すればいい。




 そう思考が答えを導き出すのも時間の問題。

 そうすれば楽になれる。 この入り組んだ四角形も瓦解し、悩みなく楽になれるのだ。


 何も不義理な事ではない。

 想いを伝えられた一人を選ぶだけ。



 ――だが、新の脳がその答えを出す直前に、目の前の美少女は遠去かり、その距離と共に思考の幅が広がって答えは薄れていく。



「……てね。 こうすれば良かった」



 後悔を滲ませるみやびの言葉を聞いて、何故こんな展開になったのかを思い出した新。



( ……そうだ。 みやびは二人きりの時告白すれば良かったって……だから、今のはそれをやっただけなんだ )



 今のは演技、 “もしこうしていたら” ―――だったのだ。


 早とちりして何かしていたらとんだ道化だったと、一歩踏み出さなかった自分にほっとする。

 そして、やっと冷静さを取り戻した新は、自分の素直な気持ちを語り出した。



「時間をもらって悪いけど、俺はずっと昔からみやびなんかと釣り合わないって思ってたし、仲の良い幼馴染で満足してたから」


 急に見方を変えても時間が掛かる。 勿論凪や夕弦の事もあるが、それも本心に思うところなのだ。


「それはわかるけど……新が取られちゃうかもって考えると、どうしても焦っちゃうの……」


「自分で言うのもなんだけど、俺………みやびにそんなこと思われる男じゃないよ?」


 客観的に、追う側と追われる側のスペックを冷静に見比べた判断だった。


『普通に考えてよ』、といった情け無い自虐顔を見て、段々と可笑しくなってきたみやびがクスクスと笑いだすと、あらたも釣られて笑い出す。



「ほんと、上手くいかないなぁ。 私は自然と新を好きになったのに、新は自然と私を諦めちゃったんだ」



 時の流れの中で、其々に違う成長をしてきたどうしようもない結果。

 


「俺もだらしないけど、みやびに並べるような男になれっていうのもハードル高過ぎだって」


「新ならくぐってきてもいいよ?」


「下からか……それなら簡単そうだね」



 冗談を言い合う二人は、告白前の気の知れた幼馴染に戻っている。

 だが、現実は過去には戻らず、みやびはさっきより寂しそうに笑った後、



「……私、実は全然魅力ないのかな」


「え? ……なんで?」



 ついさっきその魅力に負けそうになったばかりの新は、万能美少女から出たとは思えない台詞に無理解を示す。


「だって、さっきもあんなに大胆に迫ったのに、全然ダメだったし」


「――えっ!? あれやっぱ本気だったの!?」


 間抜けな顔で間抜けな事を言う新。

 その反応を敏感にキャッチしたみやびは、僅かに頬を染めて、下から覗き込むように視線を送ると、



「なにそれ、もしかして………もうちょっとだった?」




( ……か、かぁいい…… )



 強請ねだるような仕草と表情が男心をくすぐり、



「だったら……もっと頑張ったのに……」



 更にチラチラと見てくる悪戯な上目遣いが、既に溶けかけた脳内の理性をトロトロに溶かす。




( ……こんなの……無理、だろ……? )



 世界中の男性に同意を求め、この行動が “仕方のない” ものであると自分に言い聞かせる。

 度重なる美少女のアプローチに魅入られた少年は、今度は逆に、虎視眈々と獲物を狙う野獣の如くみやびににじり寄っていく。



「あら……た……?」



 普段ヘタレな幼馴染の目の色が違う。 正気ではないその表情に気付き僅かに怯んだが、みやびはそれを受け入れたのか、ゆっくりと視線を落とした。


 そして瞼を伏せ、細めた瞳は身を任せるという合図。



 獲物は寧ろ喜んで食べられるつもりらしい。

 ならばあとは、飢えた獣が欲望の赴くままかぶりつくだけだ。



「み、みやび………」



 爪の短い野獣が肩に手を伸ばし、届いた温もりに触れればもう止まらない―――















「みっやびちゃーーん!」



「「――っ!?」」




 ノックもせずに飛び込んできた間延びした声。



「今日晩御飯食べてく~?」



 運動音痴、鈍足な新とは思えない動きを見せ、その声が聴こえた瞬間に自分の限界を越えた速さで新はベッドに飛び乗っていた。



「……あんた、なにやってんの?」



 どうやらこの獣は野生ではなく、飼い慣らされたペットだったようだ。



「きょ、今日のご飯……なに?」



 お仕置きを恐れ誤魔化すと、飼い主は得意気な顔で拳を握り、



「―――カツ丼よっ! 週明けはテストでしょ? テストに勝つのよぉーっ!」


「さ、さすが母さん! 取り調べにはカツ丼だよねっ!」




「……取り調べ? なに言ってんの?」



 事の流れなど知らない母は、さっきから様子のおかしい息子に冷めた視線を浴びせる。


 その母に振り向いたお隣の “みやびちゃん” は、膨れた顔で “隣のおばさん” を睨み―――




「………もうっ!」




 ―――と、恋路を邪魔された鬱憤を吐き出した。



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