取り調べ室から愛を込めて

 


 緊急事態となった勉強会初日の打ち上げ。


 厳戒態勢の中みやびを見つめる新の焦燥感は、胸の鼓動を加速させ自己レコードを叩き出す勢いだ。



「……付き合ってないの?」


「はい! だから、その、泣かないでくださいっ……!」


 最早直球でこちらの要望を伝える。

 すると先方は、恨めしそうな目を向けながらもそれを受け入れてくれたようだ。


「泣かないよ。 だって、泣いたら新の方が泣くんだもん」


「は?」


 確かに女の子に泣かれると全面降伏する癖のある新だが、だからといって自分が泣き出すような事はない。 何故そんな事を言われたのか、呆気に取られた顔に告げられた理由は、


「前に私が泣いた時、オロオロした新が私より大泣きしたでしょ? だから泣かない」



「…………」



 言葉を失った新は心当たりを探す旅に出たが、どうやら近場には見当たらない。 そこで旅人は、目的地のヒントを尋ねる事にした。


「 “前に” ………って―――いつ?」


「年中さんの時。 覚えてないの?」




「……あ、そう」



 この時彼が思ったのは、『覚えててたまるか』、ではなく、自分は四、五歳ぐらいからみやびが泣いたのを見ていなかったのか、という冷静な事実の確認と、その頃に比べれば今は大分ましになったのかも知れない、という甘い自己評価だった。


「付き合ってないのはわかったけど……」


「ありがとうございます」


 緩い幼馴染エピソードもあり、取り敢えずレッドゾーンから抜け出したと感じた新は、お褒めの言葉を頂いたしもべのようにそれを頂戴した………のも束の間―――



「告白はされてるんでしょ?」


「――なッ!?」



 世の人々が皆新のようだったなら、嘘発見器は創られなかっただろう反応。 戻した筈のバロメーターはまたしても危険なレッドゾーンへ。 何とかそれを安全圏へと藻掻く新は、懸命に己の救助活動を続ける。



「そ、そういうことを、人に言うのは、良くない……」


 こまめな息継ぎをして紡いだ台詞は至極真っ当な言い分だと思うが、こうも逃げ腰が見て取れては追いかけたくもなるというもの。 それも相手は野次馬根性で訊いているのではない、本気の恋する乙女なのだ。


「次の日渡せばいいスケッチブックをわざわざ戻ってここまで届けに来たんだよね?」


「……そう、だけど……―――ほらっ、見られるのが恥ずかしいかも知れないし……」


「日記や手帳じゃないのよ? それも絵心のある同じ美術部でしょ?」


「う、うん……」



「それで届けに来て部屋にまで入れたんでしょ? それも二人きりで」


「みやびだって――」


「子供の頃から何百回も来てる私と一緒にするの?」


「……しません」


 厳しい取り調べを受ける容疑者。

 言い返そうにも有能な刑事はこちらの言葉をことごとく潰してくる。


 決して声を荒げる事なく、冷静に淡々と容疑者を追い詰めていく。 その隣に座っている “シャチくん” が、まるで先輩の仕事を勉強する新米刑事のようだ。


「その上呼び合う名前は『鶴本さん』から『凪ちゃん』になった、向こうはなんて呼んでるの? 『新くん』?」


「――ひっ……ぃぃぃいい……!」


 その手腕は見事に正解を導き出す。 見られれば悟られる恐怖に顔を手で覆い、正座のまま下を向き悲鳴を上げる姿は最早犯人。

 戦意は喪失、アリバイを暴かれ崩れ落ちたかのような新に、みやびはとどめの一言を浴びせる。



「これだけの材料が揃っていて、私に二人は『何もない』と思えって言うの?」






「……………」



 新は顔を上げず、黙秘を選んだ。 いや、選ぶなどという意志あるものではない。 ねじ伏せられ、黙らされただけだ。



 そのまま暫し沈黙の時間は続き、これが本当の取り調べなら犯人が落ち着くまで少し時を置く所かも知れない。 しかし、今回の刑事は容疑者に心惹かれる少女。



 みやびは一つ溜息を吐くと、表情を和らげて口を開いた。



「新の言う通り、誰かに告白されたなんて名前を出して言いふらすものじゃないよね」


「………」



 場の空気を弛緩させるみやびの言葉が聴こえ、僅かに亀は甲羅から顔を出す。



「そういうところ、やっぱり好きだし」


「………」



「ヤキモチ妬いて言い過ぎちゃった、ごめんね」



 やっと姿勢を戻せた新に映ったのは、悲しそうに瞳を伏せる美少女。 自然な薄茶色の前髪が、儚げに伏せた瞳に掛かっていた。



「みやび……」


「なぁに?」



「………足、しびれちゃった。 くずしていい?」



 見当外れな事を言い出す幼馴染に気を削がれ、クスクスと笑うみやび。


「正座しろ、なんて言った?」


 微笑みを向け首を傾げるその仕草はまさに絶品。

 ついさっきまで顔も見れない程追い詰められていたのも忘れ、目から胸に流れる感情はときめきを生じさせる。



「なにやっても上手く出来るのに、新だけは上手くいかない。 告白も、失敗かぁ……」


「別に俺は、フったわけじゃ……」



 失恋を決め込んだみやびの言葉に、そうは言っていないと否定する新。


 だが、彼女の真意はそうではなかった―――



「そうじゃないの。 告白する直前、体育館で新は鶴本さんを見てた。 その後事故が起きて私は感情的に告白したけど、その理由の中に彼女がいたのは否定出来ない」


「……よく、わからないな」


「その時だけじゃないの。 女の子の話なんて言わなかった新から彼女の名前が出たり、二人でいるところを見て、私は焦ってたんだ」


「そうだとしても、なんで失敗なの?」



 こと恋愛には特に頭の回転が鈍い新に、みやびは答えに近いヒントを差し出す。



「鶴本さんは、私と一緒」


「一緒?」



 まだわからないのか、とは思わないみやび。

 鈍感な彼の事は一番良く知っている。 そうでなければ、もっと早くに自分を意識していてくれた筈だから。




「私が告白したから、焦って彼女は告白した」




 瞬間脳裏を過るのは、あの雑居ビルにある凪の父親の仕事部屋で起きた出来事。


 それと―――



( こ、こいつは………天才か…… )



 驚愕の表情でみやびに目を見開く反応が、またも自白と同義になっている新は、まるでイージーなジェスチャーゲームをしているようだ。

 それも傍から見れば、この事に気付くのもそう難しい話ではない。



「―――大失敗……もっとこっそり、こうやって、二人きりで伝えれば良かった……」



「っ……!」



 身を乗り出し、四つん這いで見上げて来る薄茶色の綺麗な瞳が眼前に迫る。


 微かに揺れる長い睫毛の動きがわかる距離で、逆に隠れた、見えない唇が熱を持った言葉を伝える為に開く。




「あらたがすきなの………ずっと前から………」




 体育館より狭く、二人だけの空間。

 この距離に必要なだけの小さな、だからこそ凝縮された甘い蜜が蕩りと零れる。



 飛び級した恋のテストは、試験勉強などと比べ物にならない難題を新に突きつけ、それはいつも抜き打ちで出題される事が多い。




 今もまた、ペンを持つ時間も与えてくれないのだから――――。

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