違う、違わない
「―――………この部屋………」
見覚えのある部屋。
一度しか来たことがないが、忘れる筈がない、印象の強い部屋だ。
それは部屋の印象もあるが、ここに来た理由、そして、ここで起きた出来事が強く頭に残っているから。
「――っ!?」
突然後ろから抱きしめられ身を竦める。
だが、それが誰なのか理解出来たようで、すぐに気持ちは落ち着いていった。
初めてではない、体験した事がある感触。
それも何処でもない、この場所で。
「懐かしい……昔もこんなことしたね……」
小さくて、細くて、優しい声が聴こえる。
心が癒される、好きな声の一つだ。
「昔って、そんなに前じゃないよ?」
そう言うと、背中の温もりはくっついたまま前に回り、優しそうな垂れ目を蕩かせて見上げてくる。
「昔にしたいの……切なくて、苦しかったあの頃は……」
「……どういう、こと……?」
その言い回しが気に掛かり、言葉の真意を問い掛けると、女の子は頬を染めて微笑み、右目の泣きぼくろも笑っているようにすら見えた。
「だって、今は――――あらたくんの彼女になれたから………」
「………そっか。 俺……凪ちゃんと付き合ったんだ………」
どうしてか、すんなりとそれを受け入れる自分が居た。
それから部屋に大小と飾られた写真達を見ると、行った事もない国内、海外の様々なそれに、自分と凪が楽しそうに映っているのを見つける。
「こんなに……一緒に行ったんだ……」
何となく、こんなに思い出があるなら今の状況も―― “昔” 、と言われても納得する気がしてきた。
「そうだよ。 もう、私達のスケッチブックは “一つ” だから……間違えることはないの」
嬉しそうに甘えた顔をする凪を見ると、気持ちが安らぎ、これで良かったと感じて愛でたくなる。
「そっか」
思うままに髪を撫でると、幸せそうに目を細めて、照れた顔を隠すように顔を埋めてくる。
楽しそうに、仲睦まじく映った写真達を見ていくと、これからもきっと、この子となら幸せな日々が続いていくだろうと確信しながら。
「俺達、似た者同士だもんね」
新が言うと、また顔を綻ばせて凪が応える。
「うん。 背伸びしなくていい、周りも自然と認めてくれる、私達なら……」
「………だよね」
「うん」
顔を埋め、甘えたまま応える凪。
気の合う二人は、食い違う事なく、健やかに言葉を交わしていく。
写真に映った一枚一枚の笑顔が、これが正解だった『証拠』のように頭に刻まれて、そのまま、この『正解』に身を委ねようと思った時―――
「……この、写真……」
一枚の写真が目に留まり、その瞬間、
――――全てが止まった――――
「………嘘つき」
動き出したきっかけは非難の言葉。
「いや……この時は………」
その写真には、俯く薄茶色の髪に、欲望に囚われた表情で近付き、肩に手を伸ばす自分が写っている。
―――嘘つき………嘘つき……嘘つき、嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき―――
「ちょ……ちょっと待って………」
震えた声で呟いた言葉は、一体何を『待って』欲しいのか。
『言い訳』か。
それとも――――
「やめて……止めて……ょ………」
―――部屋中に飾られた写真達に付いていく乱暴な黒い『バツ』か―――
次々に付けられていく
「 “待って” ……? 待つよ? 私が待たせたんだもん」
「凪、ちゃん……」
「なのに―――選ぼうとした―――」
「ち、違うッ……!!」
強く否定しながらも、心の裏側ではわかっていた。
これから言われる事も―――
「私が可愛い? いい身体?」
自分に顔を埋めて話す凪に恐怖すら感じる。
その恐怖は―――
――――『顔を上げないでくれ』――――
どんな顔で見られるか怖くて仕方がない。
見たくない、見れない。
「わかってるよ……彼女は私より可愛くて、いい身体だから……」
「違うよ……そんなんじゃ………」
―――― “ふらない” って言ったのに――――
「嘘つき」
「……違う……でも――」
―――違わない?
あのままみやびとどうにかなっていたら……
――― “ふってた” んだ。
言い訳に疲れた新は放心状態で頭上を見上げる。
すると天井な無く、まるで『答えなんて無い』と言われているようだった。
頭の中が空っぽになって、ゆっくり正面を見ると、抱きついていた凪は消え、何も無い真っ白な空間に、見た事もない、人らしき形の生き物が立っていた。
「………誰?」
『誰』、と言うのが正解か、『何』、が正しいのかは不明な生き物。
身体全体は水色で、お腹の辺りだけが白い。 丸みを帯びた身体は恐らく女性、もしくは雌と言うべきか。
「ちょっと前まで冴えない相談役だったくせに、随分と偉くなったね」
「………喋った」
挑発的な事を言われたという事よりも、まず自分と同じ言葉を話すのに驚く新。
「何年もキミを見てたけど、はっきり言ってつまんない奴、魅力ゼロだよ。 ほんと、ご主人様もこんな奴のどこがいいんだか」
蔑む目で暴言を吐くその生き物を見て、その台詞と容姿から答えを探す。
「何年も……ご主人様………―――あっ……!」
段々と答えに近付いて来た時、考えるまでも無い存在の証明を発見した。
それは、白いお腹に書かれた平仮名三文字で、『みやび』と書かれていたから。
「お前シャチか!? てか女……っていうか雌だったの!?」
驚愕の事実に音量を上げる新。
シャチはそれに鬱陶しそうな顔をして、
「うるさいなぁ~、ほんとこんな奴、みんなどうかしてるよ」
「お前……毒舌なんだな」
「だってシャチだよ? イルカだとでも思ってた?」
「………なんか、やな奴だな」
皮肉を吐くシャチに顔を顰めると、向こうはそれを鼻であしらうような顔をして、
「こっちだってキミなんか嫌いだよ。 この前はあの小ちゃな子、今日はご主人様、そして明日は……」
「……そんな顔で見るな」
『魅力ゼロ』には分不相応な立場に、貶める視線を突き刺すシャチ。
「女の子に見えるって? それは、キミがそう見てるからだよ」
「っ……!」
生意気そうな顔を突き出し、新の眼前に寄ると―――
「明日来る子と一緒さ、キミには女の子に見える………でも、他の人には―――」
「――なっ……!?」
シャチの顔が青いスライムのように変形し、さっきまでの女らしい顔と身体までもが変わっていく。
――――シャチくん、に見えるだろ?――――
◇◆◇
―――――――――――――
――――――――
―――――
「――……ぅうわあああああッ!!」
悲鳴を上げ飛び起きると、新は息を切らせて夢と現実の境界線を急ぎ見極め始める。
それから朝陽を感じ、びっしょりと汗をかいている自分に気付くまでいくらか時間をかけた。
汗を拭い、自分を落ち着かせてから部屋を見渡すと、床に転がっているぬいぐるみ見つけて睨みを利かせる新。
そして、
「……そんな、急かさないでくれよぉぉ………」
ベッドの上で項垂れると、また身体を寝かせる動作と同時に布団を顔まですっぽりと被せて呻きを上げる。
「――んで、あの
黒歴史から目を背けて転がる思春期の少年。
勉強会初日を何とか終えた彼には、まだ今日という二日目の難関が待ち受けている。
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