幼馴染との恋愛事情
―――金曜日、学校が終わると新は脇目も振らずに帰宅の途につく。
( 今日からこの週末は試験勉強に集中する……! 誰にも邪魔は―― )
決心を固め、早足に歩くその速度を落とす携帯の振動。 嫌な予感が頭を過ぎる中、届いたメッセージを開けると、
『部活? もう帰ったの?』
予感が的中、と言ったら悪いが、予定を狂わされそうなその内容はみやびからのメッセージだった。
「………」
開いた画面とにらめっこをして、自分にとっての最適解を模索する新。 そして出た答えは、
『帰って試験勉強する、今回かなりやばいから』
これなら今からどうこう言われる事もないだろう。 更に週末も誘われ難い筈。 我ながらいい返しだったと満足そうに携帯をポケットにしまい、また自宅へと歩き始める。
また返事が来るだろうが、それは恐らく『それなら仕方ない』、という納得した返事の筈。 みやびはここで我儘を言うタイプではない、付き合いの長い新にはその確信があった。
再度携帯が震え、相手は予想通りみやびだ。 送られて来たメッセージも内容は大体想像出来ている。
『ごめんね、私のせいで』
「………」
思っていた返事と違う内容に、新は再び足を止める。
上手く返したつもりだった、みやびの事も良く知っている。 だが、新は肝心な事を忘れていた。 今の自分とみやびの関係は、以前とは違うのだ。
彼女が想いを伝えた事により、新の生活が急変し試験勉強に手がつかなかった、それがわからないみやびではない。 その責任を感じてしまうのも当然の事。
あまりに浅はか、少し考えればわかりそうなものだ。 自分では上手くやったつもりでも、恋愛経験の乏しい彼にはまだ最適解など程遠い代物だったのだ。
その彼が送った次の言葉は、
『別に、みやびのせいじゃないよ』
メッセージを送信してまた歩き出したが、今度は自信が無く、足取りも遅くなっていた。
その後は自宅に帰って部屋に着くまで、携帯を見る事は無かった。 落ち着いて返事をした方がいいと思ったからか、それとも単に逃げ流したかったからかも知れない。
鞄を置き、勉強机には向かわずベッドに腰を下ろして携帯を見ると、気付いていたが見なかったみやびからのメッセージが届いている。
『私のせいじゃなかったら、他の誰かが気になってるの?』
その文を見た瞬間、隠し事を問い詰められている気分に陥り、その後凪と夕弦の事が頭を過ぎる。
このメッセージは十数分前。
画面を見たまま止まり、まだ処理し切れていない新に次のメッセージが表示された。
『変なこと言ってごめんなさい。 明日一緒に勉強しよ?』
メッセージには、 “さっきの返事はしなくていい” 、という意味があり、話を切り替えて “明日会いたい” 、という言葉が書かれていた。
新は知らない事だが、みやびは泰樹に『週末は新と会う』、と宣言している。 元々その誘いの連絡だったのだろうが、新の送ってきたメッセージの内容から、つい先延ばしにされている告白の返事の事で問い詰めてしまったのだろう。
だがみやびは泰樹の件を知っているし、自分とは別に、今新と少し噂になっている凪の事も知っている。 新から返事を貰えないのは泰樹はともかく、凪の存在が少なからず影響していると解っているのだ。
告白した時にみやびは言った、『私を見てくれなくても』と。
そして、告白の直前新が見ていたのは凪だった。
自分が想いを伝えて、それでも未だに関係が進展しない原因が彼女にあると考えるのは自然な事だろう。
凪は自分が圧倒的に不利な恋だと思っているようだが、みやびもまた、自分が有利な立場だとは思っていない。 それならば、それを問い詰めるより、謝ってでも一緒に居る時間が欲しいと願い、送ったメッセージがこれだ。
( そりゃ、みやびが居れば捗るかも知れないけど…… )
成績優秀、苦手科目の無いみやびなら心強い助っ人になるが、捗らない原因になる恐れもある。 理由は当然、今の宙ぶらりんな二人の関係性があるから。
『いいよ、一緒に試験勉強なんかしたことないじゃん』
成績が悪い訳ではない新は、今まで試験でみやびに頼るような事はなかった。 断る理由としては不自然ではないが、彼女が協力したい理由は理解している筈なのに、凪や夕弦に比べて言い易い幼馴染のみやびには、自分では気付かないうちに雑になってしまうのかも知れない。
その結果が、自分を責めなければならなくなるのに気付くのは、大抵相手を傷つけてしまってからになるのに。
『この前は頼ってくれて嬉しかったけど、最近避けられてる気がして寂しいよ』
「っ……そんな……こと……」
今までみやびから会いたいと言われて断る事は殆ど無かった。
それは新に予定が無いのが大きな理由だったし、今のような、会って何か自分が追い詰められるような事は無かったからだ。
それが今は、会えば返事を求められるかも知れない。 『時間をくれ』と言ってはあるものの、それを追求される可能性はあるし、新は三人の女子への気持ちをまだ決め切れていない。
みやびや凪はともかく、夕弦に関しては決められる程接していないし、そもそも新が誰かに好かれるなど思ってもいなかったという事もあり、この短期間に三人もの女子に想いを伝えられ、自分の気持ちの行き場を探す時間が足りな過ぎた。
だがあの日、まだ泰樹が夕弦だと知る前、泰樹に迫られたと思った新は取り乱してみやびに助けを求めた。 結局情けない自分を見せても頼れる存在はみやびだったのだろう。 凪という選択肢は無かったのだから。
そんな時は頼っておいて、みやびを蔑ろにするのは都合が良過ぎる。 幼馴染であっても、相手は自分に恋愛感情を持つ、凪や夕弦と変わらない一人の女子に変わりはない。
なにより、新は女の子に泣かれそうになると弱い習性がある。
『避けてないよ、じゃあ明日一緒に勉強しよう』
この性格が今の状況を作っている。 それも最近は、少しずつわかってきた筈なのだが――――。
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