女優失格
みやびとのやり取りを終え、結局明日会う約束をしてしまった新だったが、それにより機嫌を直したみやびのメッセージを見て安心し、その性格上試験勉強は捗っていった。
一方、そのみやびから週末新と会うと宣言され、不安と焦燥感に苛まれていた夕弦は―――
◆
「だーかーらっ! お嬢様も週末誘えばいいじゃないですか!」
うじうじと泣き伏せる夕弦に痺れを切らした沙也香に焚き付けられている模様。
「ですが、週末は連城さんに……」
「週末は土日二日あるんですよ? どっちか空いているでしょう?」
「それに、新さんにはもう一人……気になる女性がいるというし……」
「それちょっと物申したい!」
「その方だって、もしかしたら……」
みやびと他にもう一人、それでは自分の入る余地など無いのではないか。 切なそうに俯く夕弦、とは対照的に沙也香は、
「あ~の地味男ッ! ちょっと調子に乗ってんじゃないの!?」
「あ、新さんを悪く言うのは……やめて、ください………」
沙也香にそう言いながらも、少し気が多いのかも知れないと夕弦も感じているようだ。
「……わかりました。 それでは今から女ったらしの平凡少年を拉致って頭を冷やして差し上げます、冷たい海に沈めて」
「何をわかったんですかっ!? 怖いことを言わないでください……」
暴走する使用人に待ったをかけるが、
「はぁ……じゃあいーんですね? このまま何もしなければ、間宮くんは可愛い幼馴染とくっついちゃいますよ?」
自分は待っても
「それは……でも、どうすれば……」
「簡単ですよ、週末空いてたら会わない? って言ってチラっとパンツでも見せれば男なんて――」
「――なっ!? なにを馬鹿なことを……っ!」
それではただの痴女。
「そ、そんなことをしたら、むしろ嫌われてしまいます……」
真っ赤に顔を紅潮させてぼぞぼそと苦言を零す夕弦に、
「そーですかねぇ? この前送ったワンピの写メもきっと喜んだと思いますよ?」
「大体、そんな誘い方でお会いして、ど、どう接したらいいんですか?」
拗ねた顔で質問してくる夕弦に、沙也香は何故か恍惚の表情を浮かべている。
( こ、コリはたまらんっ……! 可愛い過ぎるのよ私のお嬢様はっ……! )
「やだっ! お嬢様ったら、もしかしてエッチなこと考えてますぅ?」
「なっ!? 沙也香さんが言ったんじゃありませんかっ……!」
「まさかぁ、ちょっとパンチラやる気でしたぁ?」
「し、しませんっ! そんな恥ずかしいこと……っ!」
( ぁあんっ……! もっと弄りたいっ! ……けど、そろそろ限界かな? )
雇い主をオモチャにするけしからん使用人は、潮時を悟って話を進めようと切り返す。
「まっ、冗談はさておき、予定を訊くぐらいしないと始まりません」
「……そう、ですよね」
――結局、勇気を振り絞って送ったメッセージは、
『突然すみません、週末のご予定はありますか?』
「こんにちは……はいらなかったですか?」
「入れませんて普通! 同級生ですよ? 変な距離感出ちゃいますし、これでも堅いです実は。 やっぱり私が作ったやつの方が……」
「あれは沙也香さんだとわかってしまいます!」
そのあれ、というのが――
『おっつー! 週末なにしてる? あっそぼ♡』
これはこれで嬉しいとは思うが、とても夕弦が送って来たとは受け取らないだろう。
―――それから十数分後。
「お、お返事がきましたっ!」
「おっせ! サクサク返さんかいっ!」
アンティーク調のテーブルに置かれた携帯電話を夕弦が操作しようとすると、「あっ……」自分の物のようにパスコードを解いてメッセージを開ける沙也香。
それを二人で覗き込むと―――
『明日はちょっと予定があって、週明けの中間テストも危ないから日曜は勉強しようと思ってます』
「……そうですか、テスト……ですものね」
誘う時期が悪い、残念そうに目を伏せる夕弦だったが、それに納得しない人間が一人。
「はぁ!? 明日はその連城っちゅー女と会うんでしょーがぁ!」
「沙也香さん、呼び捨ては失礼ですよ?」
「大体試験勉強なんて普段からやっときゃ一夜漬けせんでいーっての!」
試験勉強に関してはおっしゃる通りだが、熱弁を振るう沙也香を白けた目で見つめる夕弦が呟く。
「………沙也香さん、よく目の下に隈を作って一夜漬けしてましたよね……」
「ええまぁ、もう漬け過ぎてそのまま沈殿しそうに―――って私のことはいいんですよッ! 私が憤慨してるのはですねっ、自分の準備の悪さを棚に上げピュアな乙女の気持ちを踏みにじるその根性……許せませんっ……!」
棚に上げているのは沙也香も同じに感じるが、そこを掘り下げても仕方ないと溜息を吐き、
「こちらが急にお誘いしたんですから、それにやはりテスト前ですし」
残念だが諦めるしかない。 ふと立ち上がり、窓から寂しそうに外を眺める夕弦。
―――だがその間にも、暴走した使用人が暴挙に出た事に彼女は気付いていなかった。
『それなら日曜日一緒に勉強しませんか? 新さんのお父様やお母様にもご挨拶したいので』
『う、うちは夕弦さんに来てもらえるような家ではないです……』
「はぁ……こんな時、お隣に住む連城さんなら、もっと新さんを身近に感じれるのでしょうね……」
感傷に浸り、みやびの関係性を羨む。
「まあ、そうでしょうね」
適当に返事を合わせ、夕弦の携帯を操作する沙也香。
『そんなことを言われるのは辛いです。 普通の女の子として見て欲しい……』
『夕弦さんがそう言うなら……でも、お嬢様なのは悪いことじゃないと思うけど』
「もどかしい距離……学校では男の子を演じなければならないですし……」
「もどかしいですよねー」
新とのやり取りに熱中し始め、更に応答が雑になっていく。
『新さんとお会い出来ないのなら、家なんて捨てます……』
『そんな大袈裟な……』
熱が入り、徐々に演じていた夕弦から自分の言葉になっていくのに気付かない。 遂には、
『今すぐ奪って欲しい……身も心も、私が演じなくていいのはあなたの前だけ……この想いだけが本物なのです!』
「……沙也香さん? 何をしてるのですか?」
「ええ、ええ、そうなっちゃいますよねー……演じないとぉ」
明らかに様子のおかしい沙也香に近付いて来る夕弦。
『……これ、沙也香さんがハッキングしてません?』
「ちぃっ! バレたか……! かくなる上は――」
「……沙・也・香・さんっ!!」
「――はっ!?」
後ろから携帯の画面を見てしまった夕弦の、地の底から湧き上がってくるような憤怒の声が鼓膜を打つ。
その後―――
「な……なんてことをしてくれたんですかぁぁっ!!」
涙混じりの幼い声で叫ぶ夕弦。
これは不味いと慌てふためく沙也香は、何とか取り繕おうと必死に言い訳を並べる。
「ち、違うんですお嬢様っ! あと一押しで上手くいく筈が……つい演じている自分に酔ってしまって……!」
「沙也香さんは演技向いてないですっ!」
「――うっ……け、結構傷つく……」
泣き
「もうだめぇぇ……新さんに……ひっ…ぅぅ……嫌われちゃったあああぁぁ……」
絶望のうちに泣き崩れる夕弦。
学校での大人びた『泰樹』からはとても想像出来ない姿だが、
( くっ……幼児化モードは久しい……これも可愛いけど、何とかしなきゃ……っ! )
沙也香にとっては初めてではないらしいが、こうなった責任は取らなければならない。
「お嬢様っ! この西浜沙也香、必ずや日曜日の約束を取り付け、先程のやり取りは自分であると誤解を解きますゆえっ!」
「ゔぅ~~………だってぇ……もぅ無理ぃぃ……」
あの落ち着きがあり、時に凛々しい夕弦が泣き顔を天井に向け、だらんと力無く腕を下ろしている。
( 動画撮りてぇ……っ!! )
―――反省より欲望が先行する沙也香。
先程新の連絡先を自分の携帯に飛ばしていた沙也香は、多少身を切るのも辞さず秘策を使い、夕弦に宣言した通り日曜日の約束を取り付ける。
その内容はいつか語る時が来るかも知れないが、それを手にした時、新の呟いた言葉は、
――――騙された――――
と言った後、「まあ、これはこれで……」だったという――――。
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