抵抗力ゼロの監視役

 


 三年生になって最初の試験、中間テストが迫ってきた頃。 部活を終えて帰宅した新は、荷物を置いて力無く呟く。


「今度の試験は、やばいかもな……」


 最近の新は平穏だった生活が一変し、次から次へと起こる出来事に翻弄され勉学をおろそかにしがちだった。


( 今年は受験生だし、部活もそんなに出なくても…… )


 新にとって、将来職にする訳でもないと考える趣味の絵。 そのスケッチブックを何気無く眺めていると、


「――あれ? これ、凪ちゃんのだ」


 どうやら凪のスケッチブックと間違えて持ってきてしまったらしい。



( 別に明日でもいいけど、一応連絡だけしておくか )







 ◆






 新より帰路が長い凪はまだ帰宅の途中、着信に気付いて画面を見てみると、


( ……あらたくん? )


 さっきまで一緒だった新からの電話に、どうしたのかという顔で出てみる。


「もしもし」


『あ、凪ちゃん。 あのさ、スケッチブック俺のと入れ替わってるみたい』


「え? ……ホントだ」



 表紙の名前を確認すると、間宮新と名前が書いてあった。



『一応伝えておこうと思って』


「うん、ありがとう。 ………あの、今から……届けに行って、いい?」


『え? 明日でいいよ?』



 今使う訳でもなし、明日学校で交換すればいいだけの話だ。


「でも、まだ外だし……」


 食い下がってくる凪。 折角学校外で会えるきっかけが出来たのだ、みすみすふいにするのは勿体ない。


  だが、今日こそは試験勉強を、と思っていた新は、


『いやそんな、わざわざいいよ』


 寧ろ、わざわざ電話した自分の浅慮を心中で悔いながら話す。



「……嫌、そうだね……ごめんなさ――」

『待ってるね。 そういえば話したいことあったし、気をつけて来てねっ』



「……うんっ」



 急に話がまとまり、凪は踵を返して間宮家へと進路を取る。



「………」



 ほくそ笑んで歩き出した凪は何故か立ち止まり、新のスケッチブックを見つめている。



( ……ちょっと、見てもいいかな……)



 手帳や日記ではない、これはあくまで絵を描く為の物。 プライバシーという意味ではそこまで罪悪感を感じない代物ではある。


 凪は少し躊躇しながらも、スケッチブックを捲っていった。



( やっぱり、風景画が多い………――っ!! )



 突然スケッチブックを閉じ、胸に抱きしめる。

 恥ずかしそうに俯き、目を泳がせる凪の心中では―――



( べ、別に、で好きになった訳じゃ……こ、これはただの……トドメだもん…… )




 ―――― “ただのトドメ” ――――




 なんとも不思議な言葉だが、本人がそう言うならそうなのだろう。



( でも、なんだったんだろう……、あるのかな……。 か、考えても仕方ない……! き、訊くなんて出来ないしっ! )



 羞恥を振り払うように顔を振り、また気を取り直してページを捲っていくと、



「――えっ……なんで……?」



 思わず声が漏れたそのページには、生徒会長森永泰樹の上半身が描かれている。



( この前、呼び出された時……かな…… )



 突然泰樹が凪達のクラスまでやって来て、新を連れ出したのは知っている。



「……男の子だと、どう……なんだろ……」



 小さく呟いてからスケッチブックを閉じ、ロスした時間を取り戻そうと小走りに新の家に向かい動き出した。






 その少し前、凪との電話を終えた直後の新は――――





( ……そろそろ、自覚しよう…… )



 自室の床に四つん這いで項垂れる新。

 絶望感を滲ませた表情で自己分析を始め出した。




( 俺は、女の子が泣きそうになると抵抗力が極めて低くなる……もしかしたら、 “ゼロ” なのかも知れない…… )



 今までそんな場面が無かった人生の為、それに気付くのが “今” でもおかしくはないが、よくそれで三度に渡る告白を受け入れずに来れたものだ。

 いや、そもそもこの生活が始まったあの日に、二人同時の告白を受けたのが今も特定の相手がいない原因か。


 それも、今となっては三人に増えたのだが。



( とにかく、シャチこいつは危険だ )



 みやびの名前入りというぬいぐるみバクダン。 それを本棚の上に避難させる新。



「これでよし」



 ここなら目に付きにくいし、背の低い凪なら手に取る事はないだろう。



「……睨むなよ、別になんにもないって」



 本棚の上に配置されたシャチに話し掛ける新。 何しろこのぬいぐるみの役目は『監視役』、まさに今日が長年勤めてきたシャチにとっての “初仕事” になる訳だ。


 だというのに、こんな場所に置かれたら効果は半減。 睨みたくもなるというもの。



 受け入れ態勢を整え、新は凪の到着を待つ―――









 ―――新の家の前に着いた凪は、想いを寄せる男子が暮らす住まいを見上げて呟く。



「いつ振りだろう」



 一年からずっと同じクラスで部活でも親交のあった凪は、新が風邪で休んだ時等に何度か自宅に訪れた事があった。



「……本当に、なんだ」



 その隣、『連城』の表札を見つめる凪。


 新とみやびは幼馴染、その上家は真隣と聞いた時は、女として自分は明らかに劣勢、更に環境的にも向こうが有利という絶望を感じざるを得なかった。


 だが、凪はそれでも食らいついた。 半ば諦めて自暴自棄な告白ではあったが、結果まだ新の隣は決まっていないのだ。



「女の子としては勝てないけど、 “勝たなきゃ選ばれない” ……とは限らない……」



 自分で言って、なんとも可能性の低い話だと苦笑してしまう凪。



「でも、勇気を出したから、今日も誰のものでもないあらたくんと会える……」



 自分の告白は無駄では無かった。

 そうでなければ今は無い。



 小さな身体に想いを詰め込み、凪は背筋を伸ばしてインターホンを押すのだった。


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