お宝画像

 


 気を失っていた事もあり、そろそろ新も家に帰らなければならない時間となったところで沙也香が玄関に車を回す。


 話していたような危険な車ではなく、所謂落ち着いた高級車というやつだ。


「さっ、どうぞ間宮くん」

「別に、歩いて帰れますけど……」


 声を掛けてくる沙也香を見て、あからさまに嫌そうな顔をする新に、


「こちらが無理にお連れしたのですから。 それに、帰り道に何かあったら困りますので」


 気遣う夕弦の言葉はありがたいが、どうやら新の心配は別の事のようだ。


「いや、何かをそうな人と一緒なのが……」

「間宮くん?」

「喋ってません」


 沙也香の迫力ある笑顔にあっさりと引き下がる新。 車に乗り込む前、ふと夕弦の姿に目をやり、


「い、いつもそんな格好してるんですか?」


 今更ながら感じた疑問を夕弦に投げる。


「ま、まさか……これは新さんに、その、ちゃんと女性だと知ってもらおうと……」



「……可憐だ」



 羞恥に頬を染める夕弦に、また自然と言葉が零れてしまう。 それを見た笑顔の沙也香は、


「間宮くん、行き先は『樹海』でいいかな?」

「『自宅』でお願いします」


 沙也香とのやり取りも大分慣れた様子の新は、夕弦に挨拶を済ませ車に乗り込もうとする。


「あ、どうぞ後ろに乗ってください」

「えっ? ああ、そういうものですか」


 二人だけなら助手席だろうと思っていた新は、夕弦に後ろへと促される。 なにしろ運転手に送られるという事に慣れていない、というか初めての経験だ。


「ふふ、それにしても、私達は同級生の話し方ではありませんね」


「まあ、確かに……」


「私は癖のようなものですが、新さんはどうか、自然に接して頂けると嬉しいです」


 夕弦の話し方や、その存在に対して言葉を作っていた部分はある。 それが彼女には距離に感じてしまうのだろう。


「う、うん、わかった」


 微笑みながら話してくる夕弦に新が照れていると、


「さっさと乗らんかいっ!」

「わっ! だ、だってなんか後ろって偉そうで……」


 良い雰囲気の二人を引き裂く使用人に煽られ、後部座席に押し込まれる新。 夕弦は開いたドアの隙間から声を掛ける。


「助手席でもいいのですが、沙也香さんでも……あまり新さんに、その……近寄って欲しくなくて………」


「……かわ――いぃっ!?」


 乱暴に閉められるドア。


「さ、沙也香さん……!」


 夕弦は客人に無礼を働く身内に顔を顰めるが、


「行ってまいりますお嬢様っ! 無事富士の樹海まで!!」


 強引がモットーの使用人は構わず運転席に乗り込み、新と夕弦の新しい関係が始まった今日の終わりとなった。







 車内で沙也香と二人になると、新は夕弦の言った言葉を思い出して呟く。


「暖かい家庭……ねぇ」


 それを聞いた沙也香は、


「お嬢様は保育士になりたいのよ。 そして、将来の夢が。 まあ、良く知りもしない間宮くんにあんな事を言うのは、免疫が無いから “あなたしか見えない” 、ってなるんでしょうね」


「なるほど。 俺も経験値低いけど、俺以上なのか………それにしても、保育士……」


 ふと子供達に囲まれる夕弦の姿を想像する新。 その微笑ましい光景、可憐に笑う夕弦が思い浮かぶと、



「………いい」


「お客さん、樹海何丁目でした?」

「自宅です」



 うっとりとだらし無い顔をする新に素早く反応する運転手。


「夕弦さんのお母さんて、どんな仕事してるんですか?」


「うーん、詳しくは言えないけど、ヒントは出てたかな」



( 言えないような仕事なのか? ……なんか怖いな )



 新の表情を読んだのか、沙也香は補助的な言葉を付け足す。


「普通の経営者よ。 ね」



普通じゃない……ってことか? )


 一言余計な使用人にまた考えは纏まらなくなる。 だが、それよりも新が気になっていたのは―――



「あの、夕弦さんの、お父さんは……」



 訊き難そうに切り出す新。

 リビングで夕弦の話を聞いていた時から気になっていた事だが、本人には訊けなかった。



「知りたいのは詳細だろうけど、いないとしか言えない」


「そう、ですか……」



 そう言われるとは思っていた。 そうでなければ夕弦から話があった筈だ。 それでも訊いてみたのは、夕弦の母親が男性に心を開かない原因、その答えがそこに有ると思ったからだ。




 さほどの距離でもない新の自宅までは、少し話をしている間にも到着し、沙也香が後部座席を開ける。


 新は慣れない扱いに苦笑いをして車を降りると、


「ありがとうございます」


「いーえ。 そうだ、途中だったなぞなぞはまた今度ねっ」

「いや、なんか嫌な予感がするので遠慮します」



 お互いに目を合わせて笑い合う二人。

 たった数時間を共にしただけだが、その内容が濃かったせいか大分打ち解けた関係になれたようだ。






 新が家に入って行くのを見届けた後、一人車内に戻った沙也香は、虚無感を漂わせた顔で呟く。



「父親は、いない……いる筈がないの、だって……」






 ――――存在しないから――――








 ◆





 その晩、新が家族で晩御飯を食べている時、テレビに映っていたのは昔にヒットした邦画。



「懐かしいわぁ、この女優さん」


「そうだな、子役の頃から凄い演技力だったし、綺麗だったよなぁ」



 思い出を語り合う両親の雑談を聞き流しながらテレビを眺める新。



「でも、突然引退しちゃったのよね」


「もったいないよなぁ、まだ若かったのに」



 世代の違う新でも何作か観たことがあるその女優は、若き日の美しく、躍動感のある演技で物語を名作へと昇華させている。



( 本当、綺麗な女優さんだな…… )



 何気無く思いに耽っていると、携帯に今日連絡先を交換した夕弦からメッセージが届いた。




『今日はお話出来てとても嬉しかったです。 変に思わないで欲しいのですが、必要な事だと沙也香さんが言うので、今日の思い出に送らせて頂きます。』



「……変? 思い出って……なん―――ぉおっ!?」



「な、なんだ新、急に大きな声出すな……!」

「び、びっくりしたじゃないの!」



 両親の抗議も聞く耳を持たず、食い入るように携帯の画面を覗き込む新。



「こ、これは……」



 送られて来たのは、あの露出度の高い白のワンピースを着てはにかむ夕弦のお宝画像。



 相変わらずどの角度から撮ってもベストショットと感じる完璧な容姿。



 それは―――



 まるで今画面に映る、映画の中で輝く女優に似た煌めきを放っていた。


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