お嬢様の願い
「……ぅ……ぅう……」
寝苦しそうな呻きを上げ、微かに開き出した瞼。 まだはっきりとしないぼやけた視界が、徐々に景色を認識させていく。
( ここ……どこだ……? )
見慣れない高い天井。
一体自分は今どこに居るのか、まだ寝惚けている新を目覚めさせる声が聴こえる。
「あっ、新さん……よかった……」
心配そうな顔で見つめてくる人がいる。 寄り添うように近くで、安堵した微笑みを向けて。
「……夕弦……さん?」
「はい、夕弦です」
( そうだ、俺は夕弦さんと話していて………あれ? こんなに髪、短かったっけ……… )
最初に見た夕弦と明らかに違う髪型。 だがその顔は忘れる筈もない、男なら誰もが見とれる美しく気品ある顔立ち。
( えっと……確か、抱きつかれて、それから……… )
それは覚えている、忘れるなんて勿体ない。 問題はその後だ。
「――もっ、森永ッ……!」
「きゃっ……!」
慌てて身を起こした新に驚く夕弦。 記憶を取り戻した新は、咄嗟に夕弦と距離を取り怯え出した。
「やれやれ、みっともない。 やっぱり考え直した方がいいのでは? まあ、知られた以上、ただでは帰せませんが」
慌てふためく新を見て、呆れた顔で溜息を吐く沙也香は物騒な言葉を使って目を細めている。
どうやら新は、本名を告げウィッグを取った夕弦を見て意識を無くしたらしい。 その間ソファに寝かされ、夕弦が傍に付いていたという状況のようだ。
「変なことを言わないでください。 また私のせいで……怖がらせてしまったのに……」
辛そうに目を伏せる夕弦。
それを見て状況を理解した新は、
「……そうか、夕弦さんは森永くんで……だから、森永くんは……」
そう、新本人が言い切ったように―――『女性』なのだ。
「でも、そんなことが……」
現実に―――森永泰樹は森永夕弦だった。
それは実際に体感した新には疑いようもない事実だが、声すら違う夕弦の事を考えると、
( 学校では、ずっと声を変えてるのか……? )
なにより、何故そんな事をするのか、出来るのかがわからない。
「訳あってお嬢様は、小学校から中学卒業までは男子生徒として過ごす事になっています。 色々コネと
「――っ……!」
詳しくは話せないがそういう事、そう説明する沙也香の言葉尻は、凍るような声色と猟奇的な表情をしていた。
そら恐ろしい異常性を醸し出す
「私の話を、聞いて頂けますか?」
床に膝をつき、ソファに居る新を祈るように見上げてくる夕弦。
「……は、はい」
まだ違和感と恐怖が完全に拭いきれない新だったが、その縋るような眼差しに頷き、姿勢を正す。
「私が男子として過ごしているのも、演劇部に所属し、生徒会長を務めているのも全て母の言い付けなのです」
「え、部活や生徒会も?」
学校生活の全てを細かく指示されていると話す夕弦に、何故そこまでと困惑する新。
「それも、私が幼い頃母に話した、ほんの些細な事がきっかけでした」
悲しそうに目を伏せる夕弦。
幼い子供の言葉に、一体どれ程の意味があったのだろうか。
「母が私にさせたい事は、私がしたい事と重なりません。 もし私が我を通すのなら、母の言い付けた事を成し遂げてからにしろと……それから私は、男子として育ち今に至るのですが、今になって思えば……母の言い付けを成し遂げた時、私がもうそれに興味を無くしていると母は考えたのでしょう」
「どういうこと……ですか?」
話の核心が気になりだした新は、夕弦にその先を促す。
「私は経済的に恵まれた環境で育ったと思いますが、明らかに欠けているものがあります」
「欠けている、もの……」
全てが揃っていると感じる夕弦だが、一体何が欠けているというのか。 眉を寄せて考える新だったが、その答えには辿り着かなかった。
「私は、家族の暖かさを知りません。 唯一の家族である母は物心ついた時から忙しく、あまり一緒に居られる時間はありませんでした」
「………」
夕弦の言葉に引っ掛かるものはあるが、それは簡単に訊いていいものではないのかも知れない。 新はひとまず疑問を呑み込む事にした。
「だから、私の将来したい事、将来の夢を母に話した時……母は私に今の現状を言い付けたのでしょう」
「と、いうと……」
「母は私が………男性に絶望するように仕向けたのだと思います」
首を傾げる新は、夕弦の言う話の全容がまだ見えない。
「男子として生活するようになった私が感じた事は、自惚れかも知れませんが、自分が男性に劣っているとは思えない、という事です」
「……確かに」
容姿はともかく、リーダーシップを取り生徒会長を務め、運動も学業も優秀と言われる森永泰樹だ。 劣っているのは男性なのかも、と考えても不思議はない。
「それに、男子として過ごしていると、実際には女である私は男性の汚い部分が見え、聴こえてくるのです」
「ああ………なるほど」
男子同士の会話を聴くことのない女子にはわからないだろうが、夕弦は男子として生活している。 近寄り難い存在とはいえ、他の女子生徒よりは入ってくる情報がダイレクトなのだろう。
「まあ、思春期だからなぁ……」
自分を棚に上げて呟く新。
少し前にみやびに突き飛ばされ、さっきも沙也香に痛い目に遭わされたのを忘れているらしい。
「母の思惑通り、私は男性に良い印象を持たなくなりました」
「ごめんなさい」
ここで思い出したのか、新は男子を代表して謝罪する。
「い、いえ、新さんが謝ることではないですから……」
慌てて首を横に振る夕弦だったが、
「きっちり詫び入れんかいスケベぇ」
後ろから腕組みをした
「ほんとごめんなさい」
「私にも」
「いや、沙也香さんにはなにも……」
「あ゛?」
「すみません命だけは……」
「でも、新さんに思い知らされました……」
「俺が……一体なにをしたのかな……?」
「そ、そんな……私の口から言わせるの………ですか……?」
急に顔を真っ赤に染めた夕弦は、ちらちらと新に気恥ずかしそうな目を向けてくる。
「……可愛い」
「あ゛?」
「だって……「あ゛あ゛ッ!?」すみませんッ!」
超絶武闘派な使用人に監視される中、新と夕弦の会話は続いていく。
「新さんは、自惚れていた私を打ち負かし、お前は女だと私に……刻み込んでくれた唯一のひと……」
「一体お嬢様になにした間宮くらぁッ!!?」
「沙也香さんどんどん言葉ひどくなってますってっ!」
「おんどれのタマだきゃ取ったらぁぁぁ!」
「なにもしてないっ! 信じてお姉さまッ!!」
――――私の願いは……っ!――――
「「――ッ!! ……はい」」
またも叱られた子供のように抑え込まれる二人。
夕弦はほんのりと頬を染め、新を見上げて言い放った。
「暖かい家庭を、築きたい………あなたと………」
分不相応な家柄と容姿の夕弦に、まさかの逆プロポーズを受け思考停止状態の新。
それを聴いた沙也香は、夕弦の幸せを願う反面、どうしても湧き立つ殺意と葛藤していた。
―――三人目の告白を受けた
停止するのは、思考だけだといいが…………。
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