絶景
リビングに一人残された新は、少し冷静になって今回起こった誘拐まがいの出来事を分析していた。
( まず、俺に会いたいのはこの家の家主さんなのか?それなら大人の人だろうし、俺に会いたい理由は………隠れ祖父母? 無いな、両方会ってるし。 じゃあ、俺の………絵が好き? いや、別にコンクールで賞を獲った訳じゃないし、そんな才能ないもんな。 だとしたら、この家の子供? でも、こんなお金持ちの友達なんていないし…… )
「まっみやくんっ!」
「おわぁっ!?」
勢いよく隣に座ってきた沙也香に弾かれる新。 連れてきたお客様にこんな事をするとは、流石に超絶優秀な使用人だ。
「な、なんですか急にっ……!」
「今その方が準備をなさっていますので、お客様に退屈をさせてはならないと思いましてっ」
「……お客様を弾き飛ばすのはいいんですか……」
行動が言葉を駄目にする破天荒な使用人は、相変わらず新の言葉に耳を貸さず、
「沙也香のなぞなぞタイムの時間ですっ!」
「使用人ってこんなに自由なんですっ!?」
この短時間で大分息の合ってきた二人。
沙也香は新の突っ込みに顔を綻ばせると、
「いいところに気付きましたね、そう! 私のモットーは
「で、しょうね……」
「強引に感じる程愚かに舞う私に上も下も無い―――という意味です!!」
( ああ、愚かなのは自覚してるんだ…… )
「でも使用人だから下なんですけどねーっ」
「なぞなぞしませんか」
もうなぞなぞの方がマシ、そう結論に至った新だった。
「では問題です! こーんなに “キュートで明るく可憐で優しい奇跡のFカップ19歳女子大生使用人” である沙也香ちゃんが……」
「長いっ……!」
「あ、今胸見たでしょ?」
「はぁ、おっきいですね」
狼狽えることなく応える新に顔を顰める沙也香。
「え、なになに? おかしいでしょその反応、ウブな中学生がお姉さんにこんな|胸バクダン投下されて
かなり自分に自信があるのか、納得がいかない様子の沙也香。 新は目を逸らしながらぼそぼそと話し出した。
「いや、なんか、沙也香さんはそういう風に見れないというか……ああおっきいな、としか……」
「……つまり、デカくても “価値が無い” 、と?」
「そ、そうは言いませんが………あ、そうっ、元気な人だなぁ、という印象が全てです」
言い難そうに話しながらも最後は適当にまとめる新だったが、よく聞くと少し失礼な印象を受ける。
「あはっ、 “元気” かっ。 元気は大事だもんねっ」
それでも思いのほか笑顔で応える沙也香。 それに安心した新が同調した時、
「ええ、そうですよ、元気が――」
「キャッチコピーに入ってないよねそれぇぇえッ!!」
「――ひぃっ!」
キャッチコピーの一つである “優しい” 、を失う沙也香。
「ホント聞いてたキミぃ!? “キュートで明るく可憐で優しい奇跡のお色気Fカップ19歳女子大生使用人” っ! はいっ! 復唱して!」
「な、なんか増えてません!?」
怒りの形相で顔を近付ける沙也香に仰け反る新。 細かい突っ込みなど焼け石に水だ。
「はぁ!? 口ごたえすると私の可愛いブガッティちゃんで400キロの世界見せたろかぁぁ!?」
――――沙也香さんっ!――――
「「――ッ!!」」
混沌とした場面を凍結させる、凛とした声が響き、強い意志と制圧力を持つその声に、即席漫才コンビは身体の自由を奪われる。
すると、その声の主は僅かに見えていた姿を隠し、思わず声を張り上げてしまったのを恥じて身を隠した。
「お、お嬢様……!」
慌てて追いかける沙也香。
まだ固まった身体を解凍中だった新は、
( す、すごく通る声……というか、 “号令” のようだった……。 そうだ、今『お嬢様』って言ったよな? 俺に会いたい人って、ここの娘さんなのか…… )
「も、申し訳ありません。 間宮くんが
自責の念に苛まれる沙也香は、珍しく弱々しい表情で頭を下げている。
「もう……お会いする事は出来ません……きっと怖がらせてしまいました……」
お嬢様と呼ばれた彼女は、押し殺した声色で絶望を感じさせてくる。
「そ、そんなことはありません! 彼はあれでけっこう図太いですよ!?」
浮き沈みが激しい所もあるが、確かに最近新は急激に鍛えられてはいる。
「それでなくても嫌われているのに……今日だって………」
美しく切れ長な瞳が憂いを帯びている。 沙也香はその様子に心を痛めながらも、
「今日、間宮くんを招いたのはお母様に対する初めての反抗、ですが私は、寧ろ嬉しく思っています」
「……沙也香さん」
普段の彼女とは違う真に迫った声に顔を上げ、 “お嬢様” はその不安気な瞳に訴えかけてくる沙也香の姿を映す。
「今まで従順に守ってきたお母様の言い付け。 それもあと僅かとなった今、少々リスクが高いとは思いますが……」
「…………」
共に顔を曇らせる二人。 その内容は定かではないが、顔色から明らかに忌まわしい問題だという事が伝わってくる。 それを振り払うように顔を上げた沙也香は、
「本来我慢するような事ではない。 今行動しなければ、『約束』を果たした後も縛られたままだと思うんです!」
使用人として “主” である存在を裏切っても、自分はあなたの力になりたいという沙也香の気持ちが胸を打つ。
そして―――
「………行きます」
「お、お嬢様……」
凛々しく、決意に満ちた瞳で言い放ったその姿に、思わず感極まり声が震える沙也香。
「せっかく、沙也香さんがお連れしてくれたのですから」
沙也香は目頭を熱くして、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「はい……それはもう自然な流れで……巧妙に……」
真相はともかく、結果として目的は果たした。
「きちんとお話しして、私を知ってもらいます」
力強く言い切り、リビングに居る新の元へと歩き出す。
「頑張ってお嬢様っ! 男の趣味はちょっとどうかと思いますけど……」
声援を送りながら新を侮辱すると、「沙也香さん……っ!」頬を膨らませて睨んでくるその顔が、愛しくて堪らない沙也香だった。
少し俯き加減で両手を前で組み、躊躇いながら新に近付いていく。
ちらちらと視線を送り、視界に入る愛しい姿に気持ちは高まっていく。 それと同時に不安も募るが、もう覚悟は決めた筈だ。
その時は来た――――
話せる程近くに来た時、自然と新は立ち上がっていた。
まるで絶景に言葉を失ったように、彼女の姿を惚けた顔で見つめている。
黒く、艶のある髪は背中まで緩やかに巻き下ろしてあり、前髪の下には、見る者を魅了する美しい切れ長な瞳。
綺麗に通った鼻筋、ふっくらと魅力的な唇にはリップが艶を出し、小さな顔と白く線の細い身体。 女性としては少し高い背は目線が新の鼻頭程で、身に着ける服を映えさせる。
その完璧な身体が纏うのは、Vラインに胸元と背中が開いていて、更に脇下から腰までのサイドラインは紐で編み上げされ、白い素肌が見え隠れする色気のある、白い膝までのワンピース。
選ばれた男性の隣にしか立たないだろうその女性は、今、
その魅惑の唇が微かに開くだけで、新は身震いがした。
「……今日は………いらしてくださって―――」
緊張から視線を合わせられず、それでも懸命に彼女が言葉紡ぐと―――
――――キレイだ………――――
無意識に零れた言葉。
まだ背伸びをした台詞になってしまう年齢の新でも、そう言ってしまうのが自然と感じる程に彼女は美しかった。
その言葉は、緊張と不安の中話し出した、彼女の時を止める――――
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