目的は何ですか?

 


 連れ去られたタクシーの車内では―――



「この度は神対応、ありがとうございます」

「いや、俺は普通の対応しかしてません」


 丁寧に頭を下げる女性に、新は表情の無い顔で応える。


「ちょっと、常識的におかしくないですか、この展開」


 最初からどうも違和感があったが、今はそれが確信に変わっている。


「そうですよね、わかりました。 お答えしましょう……」


 やはり何か理由があって自分に接触してきたのか。 そう思ったが、そんな事をされる覚えが無い。



 一体何を言い出すのかと不安になっていると―――



「タクシーに乗ってすぐ『出してっ!』って言うの憧れません!?」



( ……またか )



「『前の車を追って!』も捨て難かったんですけどぉ、目的は間宮くんだから追うも何もないでしょ?」



 さらっと零した言葉にあんぐりと口を開ける新。 流石にこれは、と感情的になり、


「今目的は俺って言いましたよね!? で間宮くんて名前も知ってましたよねっ!?」



 “あなた自白しましたよ” 、と説明する新に女性は、



「………助けてくれてありがとうございます。 私は西浜沙也香にしはまさやか、お名前をお訊きしても?」

「なに勝手に仕切り直してんです!? 知ってますよね俺の名前!」



 失態を無かった事にしようとする沙也香に突っ込み、もう言い逃れは出来ないと凄む新に沙也香はしくじったという顔で、


「こうなったら、強硬手段しかないか……」

「今がそうでないと……!?」


「あっ、運転手さんここで」

「近いっ!」


 タクシーに乗って僅か数分。

 この距離なら十分歩けた筈だと言いたくなる。



( 本当に『出してっ!』が言いたかったのか……足は絶対に痛くない筈だ )



 二人がタクシーを降りると―――







「……すごい家ですね」



 驚嘆の声を漏らす新の前には、縁の無いと感じる立派な門が構えていた。


「さぁさぁ、お礼にお茶でも飲んで行ってください。 絶対に」


 最後の言葉が嫌な予感を膨らませるが、相手は女性だ、そこまでの危険はないだろう。 なにより、何故こんな事をされたのかが気になる新は、この豪邸に潜入する事を決めた。


 思い出したように足を引きずる沙也香に、「その設定もういいですよ」と白けた視線を送り、二人は門をくぐって行った。







 広々としたリビングに通され、購入先もわからない高級そうなソファに座らされた新。


「はいどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 沙也香が可愛らしいコーヒーカップをテーブルに置く。 新は落ち着かない様子で、


「こんなお家は初めて見ました、なんだかこれこそ映画の世界ですね」


「そうですね、私もこんなお家欲しいですよ」




「……はい? あの、ここ西浜さんのお家じゃ……」



 表札を見ずに入って来た新だが、沙也香の自宅だと思うのは当然の事。 しかし、会話の内容はそれを否定するものだった。


「私はこちらの超絶優秀な使用人なんです。 あ、沙也香でいいですよ」


「そうですか……」


 ただの使用人ではないらしい。 優秀かどうかはともかく、確かに普通の使用人は人攫いはしないよな、と新は納得する事にした。



「さて、間宮くん……何故私が偶然を装い、巧妙にあなたをここに連れて来たのか……」



 無理に意味深な太い声を出すが、それが逆に胡散臭さを増長させているのが残念に感じる。



( 装えてた……かな? それに、ほとんど力技だったような…… )



「それは―――あなたに会わせたい方がいるからなのです」


「会わせたい……俺に?」

「はい」


 やっと目的を聞くことが出来たが、いくら心当たりを探しても出てこない。


 新が目を瞑り考え込んでいると、


「今お連れしますので待っててくださいね。 ……逃げたりしたら―――毎日攫いますから」


「っ……は、はい」



 愉しそうな顔で囁きを残し、沙也香はリビングから居なくなった。



( 今のは迫真の演技だった……いや、演技じゃない、からか…… )










「ほーらっ! いつまでも泣いてないで、きーがえーましょっ!」


 一人で眠るには大き過ぎる豪奢なベッドに、制服姿の人物がうつ伏せになって顔を埋めている。 その背中を沙也香が揺らすが、無言のまま反応をしてくれない。



「……わかりました。 それならお帰りいただきます……」






 ――――間宮くんに――――






「――ッ!!?」




 新の名前が出た瞬間、埋めていた顔の瞳が開く。




「あーあ、せーっかく連れて来たのに! 巧妙に」



 大袈裟な身振りで大きな独り言を言うと、その人物は慌てて身体を起こし沙也香に顔を向け、



「い、いらしてるんですか? あらたさんが……!」


「ええ、今リビングに居ますが、会わないってゆーなら叩き帰しますっ!」

「や、やめてくださいっ……!」



 穏やかではない言葉を吐く沙也香を必死に止める。


「では、お会いになりますか?」


「で、でも、こんな顔では……」


 どれだけの時間を泣き伏せていたのか、その人物の目元は酷く赤らんでいる。


「お化粧すればいいでしょう? ちょっと目が赤いくらいハンデにもならないスペックなんですからぁ」


「こんなことなら、もっと早く用意をしましたのに……」


 嫌味っぽく褒める沙也香の言葉も届かず、不安そうに瞬きをして俯く。


「わかりました。 私が場を繋いでおきますので、先日用意した物をお召しください」


「で、ですがは……」

「沙也香、いっきまーすっ!」


「あっ……」



 話も途中に部屋を出ようと動き出す沙也香。 部屋を出る前、ドアノブに手をかけた沙也香は、



「今回の功績に免じて、お母様のブガッティちゃんを無断で乗った件………不問でよろしいですね? 」



「……はい」



「ほほほ、それでは行ってまいります……アレは翼の生えた車……癖になりますわぁぁ………」



 ピエロのような目をした沙也香は、静かにドアを閉めリビングに向かった――――


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