夢か現実か、海外か映画か
ある日の昼休み、新しいエスケープ場所がないかと新が探索していると――
( あ、あいつは……! )
「んん? あっ、間宮くんじゃんっ!」
新に気付き、ポニーテールを揺らして駆け寄ってくる女子生徒。
( 槙野皐月……なんでこの子はいつも俺が隠れようとすると出てくんだよっ……! )
以前音楽室に逃げ込んだ新をみやびに密告し、『連城みやび名前呼び事件』を引き起こした実行犯だ。
「なにやってんの?」
「別に、槙野さんになにか言うと後が怖いから」
恨めしそうな目で見てくる新に、皐月は悪戯っぽい顔を作り、
「あれぇ? 根に持ってんの? むしろ私のお陰で上手くいったんじゃん?」
「内容がハード過ぎたんだよ! それに……別に付き合ってないし……」
「はぁ!? なに言ってんのキミ! まーだのろのろやってんの!?」
あれだけの事件を起こして進展がないと聞かされ、呆れながら怒り出す皐月。
「か、関係ないだろ槙野さんにはっ!」
「あるって言ってんでしょ!? キミがしっかり連城さんを……」
押し問答を続けている途中、皐月の表情が突然変わる。 どうしたのかと新が後ろを振り向くと―――
「――ひっ……も、森永……くん……」
顔を青くして怯える新は慌てて皐月の背中に隠れる。 今や恐怖の対象となった生徒会長が近寄って来る姿に新がぶるぶると震えていると、
「ちょ、ちょっとなにしてんのよ……わ、私だって……こ、困る……っていうか………」
憧れの泰樹が近付いて来る緊張に、利発なじゃじゃ馬娘が柄にもなくおどおどと顔を引きつらせている。
「久しぶりだね」
「っ……! あ、あの、槙野、皐月……と申します……! お久しぶり、です……」
混乱した日本語を繰り出す皐月。 自己紹介をしながら『お久しぶり』、とはどういう事か。
「ああ、失礼。 森永泰樹です」
「はぁぁ……知ってますぅぅぅ……」
憧れの泰樹と初めて言葉を交わし感極まる皐月。 形としては皐月の目の前に立った泰樹だったが、呼びかけた相手は当然その後ろだ。
( ……俺は、俺は “正常” だ……み、見逃してくれぇ……! )
皐月の背中に身を潜め、祈るように念じる。
「大分……嫌われたみたいだね」
泰樹が寂しそうに目を伏せると、
「そ、そんなまさか……! 森永くんを嫌う人なんてこの世にいないですよっ!」
滅相も無いといった具合で顔と手を横に振る皐月は、泰樹が自分に話していると思っているらしい。
“嫌い” 、というよりは “苦手” 。 もしくは “畏怖” の類いだろうが、皐月の言った言葉が本当なら新はこの世にいない存在となるだろう。
今も怯えて身を隠す新を見て、泰樹はゆっくりとした瞬きをして言った。
「こんなにも辛いものか……想いを寄せる相手に避けられる、ということは……」
「「――!!」」
切なく漏れた言葉に、二人は全く逆の感情から身を竦める。 それと同様に、その後の反応もまた真逆のものとなった。
「も、もう―――もうやだああぁぁっ!!」
皐月の背中から飛び出し、一目散に逃げ去っていく新。
泰樹はそれを物悲しい目で追うだけで、新が見えなくなると目の前の茫然と佇む皐月に背を向け、その姿を消す。
残された皐月は瞬きも忘れ、
「――うそ………」
そう呟いた後、脱力した身体は膝をつき、しゃがみ込んでしまう。
「森永くんの好きな子って………」
―――――わたし?―――――
◆
その日の放課後、生徒会の仕事で職員室に来ていたみやびは学年主任の教師と話をしていた。
「森永は今日早退していてな、とりあえず連城に内容を伝えておこうと思って」
「……はい」
新から話を聞いてから、泰樹とはまだ二人で話す機会が無かった。 みやびはそれが今日になると思っていたようだが………
( 早退? 偶然……なの? )
自分が新からなにか聞いていると思って避けたのか、だがそれもいつまでも続かない。 そんな事がわからない泰樹ではない、今まで泰樹を隣で見ていたみやびには、それは確信出来る事だった。
( まあ、そんなに心配してないけどね。 新は……せ、正常だから……だ、誰にでもは困るけど…… )
あの荒療治を思い出してしまい、つい話も上の空で顔を紅潮させていると、
「……連城、聞いてるか?」
「あ、はいっ、大丈夫です……すみません」
◆
「はぁ……」
溜息を吐きながら自宅への帰り道を歩く新。
( やっぱり、あの日の事は現実だった……わかってたけど…… )
実は自分は夢でも見ていたんじゃないか、そう自分を疑うというか、 “夢だったらいいな” 、という願望はあった。 しかし、今日また自分に想いを伝えてきた泰樹に、その芽は完全に潰されてしまったのだ。
( とにかく、近寄らないようにしよう。 俺には対処できない世界だ )
今後の対策を考えていると―――
「きゃっ!」
正面から歩いて来ていた女性が躓いて悲鳴を上げた。
転びはしなかったが、その手に持っていた紙袋からオレンジが溢れ、新の足元に転がって来る。 新はそのオレンジを拾い、女性に手渡そうと近寄り、
「大丈夫ですか?」
「ああっ、ありがとうございます! なんてお優しい……っ!」
どこか芝居染みた台詞に違和感を感じたが、見知らぬ女性にそんな事を言う筈もない新は、「いえ」と応えて紙袋にオレンジを戻す。 すると、何故かその女性は楽しそうに顔を綻ばせ、
「紙袋に入れた果実を拾ってもらう出会いって憧れませんっ!?」
「――は?」
目を輝かせて新を見てくる女性。
歳は二十歳前後だろうか。 青いブラウスにグレーのスカートを履いていて、やや童顔、少し明るい髪を一つに結わいて前に垂らしている。
凪より少し背の高いぐらいのその女性は、その凪とは正反対の通る声や表情から活発さが溢れ出ている。 そして、突然訳のわからない事を言い放ち新を茫然とさせると、
「でもそれって海外とか映画の話じゃないですかぁ、だからわざわざ紙袋持参して八百屋さんで買ったんですっ! スーパーじゃなくて道に並んだ八百屋さん、これはこだわりたいですよねっ!?」
―――更に謎の持論を浴びせてきた。
初対面の中学生相手にこんな人いるのだろうか、と思ったが、それとは別に新の頭に浮かんだのは……
「オレンジ、わざと落としたんですか?」
「………い、痛いっ!」
「は?」
突然顔を歪める女性。
あまりに不自然な展開に新の口は開いたままだ。
「さっき足を痛めたみたいです……」
「だってわざと――」
「どうか荷物を持って頂けませんか? すみません!」
「わっ……!」
半ば強引に紙袋を突き出すと、その女性は道路側に向かって歩き出した。
「この足ではとても歩いて帰れません!」
「今歩いてますよね」
「ヘイ! タクシーっ!」
( その止め方、ホントにする人いるんだ…… )
タイミング良く通ったタクシーが止まり、ドアが開く。 すると、当たり前のように女性は後部座席の奥に乗り込む。
「あ、あの
荷物を持ったままの新が慌ててタクシーまで駆け寄ると、
「え……―――おわっ!」
見かけによらず中々の腕力で車内に引きずり込まれ、
「出してっ!」
「な、なんでっ!?」
ドアが閉まり、殆ど拉致された状況の新は、不安を顔一杯に滲ませている。
「足が痛くて荷物が持てないから、お家まで送ってくださいぃ」
猫撫で声で可愛らしく両手を胸に当てる女性。
事件性は無さそうではあるが、普通の状況ではないのは確かだ。
なにより――――
「そ、そういうの、連れ去る前に言いません?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます