危険な興味

 


 ―――週末、みやびから事件後のアフターフォローや凪からの誘いがあったが、新はそれを電話、メッセージを駆使し、二人と会う事無く身体を休めた。


 ここ数日の疲れや一人で考える時間、疎かにしていた学業にも力を入れなければならない。





 ―――そして週が明け、また学校が始まる。





 三階、階段の踊り場で、緊張に顔を歪めた女子生徒と、それに向かい合う男子生徒が佇んでいた。


 その女子生徒は必死に呼吸を整え、決意を固めて口を開く。



「いつも、ずっと見てました。 でも、もっと傍に近づきたくて……だから……私と付き合ってくださいっ」



 秘め続けた想いを告白する少女。

 その想いを告げられた男子は、どこか寂しそうな眼差しを向けている。



「……ごめん。 応えられない」



 沈んだ声音が階段に響き、その後、それが泣き崩れた女子生徒の悲痛な泣き声に変わる。


 自分が居れば悲しみは止まらないだろうと、その場から姿を消す少年。



「ここ最近で何度目だろう。 ずっと見てた………か。 それでも、気付かないものなんだな」



 虚しさを漂わせる美少年。

 彼こそ『醒めない夢を見せる男』、生徒会長森永泰樹。


 みやびとの噂が無くなった今、その隣にと想いを寄せる女子生徒に言い寄られる日々を送っていた。


 廊下に出る手前、携帯に送られて来たメッセージに気付いた泰樹は立ち止まる。


 その画面には、



『早く帰って来てくださいねーっ! あの海外ドラマにドハマりしました! 一緒に観ましょっ―――



 優しく、穏やかな目で読んでいく泰樹。



 ―――♡』



 その文末に瞳を陰らせ、画面を閉じた泰樹は廊下へ出て行った。 羨望の眼差しを受ける、美しき生徒会長の顔で。






 ◆





( はぁ、少しは慣れてきたけど、やっぱり疲れるな。 今日は部活もないし、さっさと帰ろう )



 新も気の抜けない毎日に少し順応してきたようだが、やはり簡単ではないようだ。


「新っ、今日は時間ある? 最近ゆっくり話してくれないから、いいでしょ?」


 早速やって来たみやび。 思えば最後に部屋で相談に乗ったのは、友達の想い人に告白された時だった。

 ただ、今はあの時と状況が違う。 部屋に二人ではどんな展開になるかわからない、少なくとも楽な話にはならないだろう。


 最近新の口癖にも感じる『今日は疲れてるから』、を発動しようとした時、教室内に騒めきが起こり出した。



「嘘……なんで?」

「あぁ、森永くんからお顔を見せてくれるなんて……」



 女子達の悲鳴のような黄色い声が飛び交う。



「は、入ってきた……!」

「わ、私かなっ!?」



 ファンサービスをしに客席を歩くアイドルの如く歩を進める泰樹。


「森永くん?」


 それに気付いたみやびが視線を送ると、


「やぁ連城さん」


 やはり目当てはみやびか、微かな期待を抱いていた女子達から絶望の溜息が漏れる。


「どうしたの? 今日はなにもなかったよね?」

「ああ、今日はね、彼に用があって」


 そう言いながら泰樹が目を向けたのは――




「………え、俺?」




 無関係だと傍観していた新だった。



「おい、直接対決か?」

「森永はやっぱ連城さんを?」



 今度は男子達が騒ぎ出す。



「新に用? ……どんな?」

「それは言えないよ。 でも変な話じゃないから、ちょっと彼を借りてもいいかな?」



( ……俺は物じゃないぞ )



 凪に気付かせてもらった尊厳を呟くが、


「いいかな? 間宮くん」


「はぁ……」


 あっさりと承諾してしまう情けない自分。



( ま、まぁお願いされたんだし、断るのも感じ悪いよな )



 気弱な自分に言い訳をし、泰樹に連れられ教室を出る。 その様子を少し心配そうに見つめる凪は、



( 大丈夫かな? でも、森永くんはちゃんとした印象だし、平気……だよね )



 胸騒ぎはするが、信頼ある生徒会長を務める泰樹ならと、不安な思いを仕舞い込む。








 二人がやって来たのは生徒会室。 新にとっては初めての入室となる。 椅子に向かい合って座り、二人の間に机などは無かった。


「さて、まずは時間を取ってくれてありがとう」


「いえ……」


 同級生だというのに教師と話しているような対応の新。 相手があの泰樹とはいえ、どうしても抜けない平民の性か。


「話っていうのはね、簡単に言うと……君を知りたいんだ」


「俺を?」


「ああ、なにしろあの連城さんの心を掴んだ男だからね」



( 結局それか、まぁそれ以外何も無いつまらない男だからね )



 予想はしていたが、やはりみやび絡みの話のようだ。 そうでなければ泰樹が自分と話したいなどと言う筈もない。


「俺は別に、地味でつまらない奴ですよ」


 これが本音、というか今までそうだったのに、急に何か出来るようになった訳ではないのだから。


「本当にそうかな? これは君に言ってもお門違いな事だけど、お陰で最近僕は告白攻めに遭っていてね。 なかなか体力をつかうし、女の子を悲しませるのは心が痛むんだ」



( それは……わかるけど、俺の意志でなにかした訳じゃないからな…… )



 お門違いと言いながら、その矛先は原因である新に向けられている。 もっとも、その本筋はみやびだと理解しての事だろうが。


「別に君を責めてるんじゃない、もちろん連城さんもね。 僕らは周りが勝手に噂しているだけの、ただの友人なんだから」


「それなら……俺は本当になにも特徴のない、普通……よりも地味な男です」


 文句がないなら用件もない、自分は期待に応えられるような人間ではないと話す新。


 だが、泰樹はその切れ長な瞳を細め、


「そうだな、君は美術部員なんだよね、一つ僕を描いてみてくれないか?」


 突然の提案に怯む新。 確かに特徴、というか趣味は絵かも知れないが。


「いや、人物画はあんまり得意じゃないんだよな……」


「構わないよ。 君がどんな絵を描くのか見てみたいんだ。 人となりっていうのはそういう物に出るからね」


「でも……なぁ」


 渋る新に泰樹は、


「それぐらいいいだろ? 僕だって間接的には被害者だよ? これでもうお願いは最後にするから」


「……はぁ、じゃあ」


 結局新にも責任を感じさせて承諾させる形になったが、これで気が晴れるなら、と新は持っていたスケッチブックを開き、鉛筆を手に取る。



「それじゃ、描きますね」


「ああ、ありがとう」





 静かな部屋に、鉛筆を走らせる音だけが生まれては消える。







 ―――模写が始まって数分、さっきまで鉛筆の音だけだった部屋に変化が訪れる。






「……はぁ………ぅ……んっ………」



 息遣いを荒くする泰樹。 新は集中しているからか、それに気付かない。



「………はぁ、はぁ……ま、間宮くん……」



 何故か顔を紅潮させて新の名前を呼ぶ。 だが、新には聴こえていないようだ。




( なんだ……? 彼が今、僕のどこを描いているのかがわかる………何故なら…… )








 ――――触れられているからだ――――







( そんな訳ない、手が届くような距離じゃないし……そもそもそんな事――― )



「はっ……ぁ……」




( 唇に……さっきは髪に……く、首に…… )




「ちょ、ちょっと休憩しないか?」


「ああ、もうすぐ終わるから。 全身描く訳じゃないし」




( ぜ、全身なんて描かれたらたまらない……! )





「んぅ……あっ………も、もぅ……いいから……」




 悩ましげな声を漏らし、描くのをやめてくれと懇願する泰樹。 だがおそらくもう終盤なのだろう、新は作品を仕上げようと集中して手を動かしている。




「……ふぅ……ぅ……んぁ……ぁ、ぁぁあっ……!」











 ――――お願い、もうやめてぇぇ………――――











「――えっ……あぁ、はい。 完成しました、上半身だけですけど」



 描き終えた新が泰樹を見ると、彼は身を庇うように項垂れている。



「あの、大丈夫ですか? 体調でも……」



 安否を気遣う新。 泰樹は何も言わず、ふらふらと危なげな足取りで近付き―――



「えっ……」



 新の前で跪いて、縋るように手を膝に置いた。



「ちょ、ちょっと森永くんっ!?」



 慌て狼狽える新の膝に持たれ、ゆっくりと顔を上げた泰樹は―――






夕弦ゆづる……そう呼んでください……」






 頬を赤らめ、蕩けた目で見つめてくるはあまりに艶やかで色っぽく、新は危険な世界に引きずりこまれるような恐怖感に襲われる。




「わ、わぁぁッ!! お、俺そういうのダメなんでぇぇぇッ!!!」




 荷物を持って一目散に逃げ出す新。

 ばたばたと騒がしい足音を立て、生徒会室から走り去った。





 残された彼は、まだ足元が定まらず表情も虚ろなまま。 そして、切ない吐息のような呟きを零す。






「間宮さん………」






 新は自分が何をしたのか理解していないだろう。 ただ、頼まれて描いたなのだから。




 もし、それに気付くヒントがあるとすれば、数日前凪に訊かれた言葉。







 ――――連城さんを………描いた? ――――







 新のスケッチブックには、みやびが見て心を痛めた………











 ――――凪の “全身” が描かれている――――







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