お姫さまの騎士道

 


「ほら、教室戻ろ?」


 しゃがみ込む新に呼び掛けるが、疑うような目で見上げるだけで動こうとしない。


「どうしたの? 立たせてあげる?」

「た、立てるよっ」


 そう言われては動かない訳にはいかない。 渋々立ち上がり、みやびと向かい合い、


「どうしてここに?」

「どうして? こっちの台詞じゃない?」


 そう言われても仕方ない。 休み時間に音楽室に逃げ込んだ男にどうしてと言われても、ここに居る方が不自然なのだから。


「ちょっと用が……っていうか、だからなんでわかったんだよ!」


『用って?』と言われるのは目に見えている。 そこはもう力技で突っ切ろうと勢い任せに攻め立てる新。


「親切な女の子が教えてくれたの」


「………ポニーテールの?」

「そう」



槙野皐月あのやろう……!)



 予想はしていたが、密告者が確定して更に怒りが増す。


「怖い顔しないの、行こう?」


 みやびはそんな事は知らん顔で新の手を取り、音楽室を出ようとする―――が、


「ちょ、ちょっと待った!」

「なに?」

「二人で戻ったりしたらまた大騒ぎだって……!」


 結果は判り切っている。

 新は乱暴にみやびの手を振り解いた。



「……あ、あの ………みやび?」



 辛そうに下を向くみやびに気付き、弱気な声で呼び掛ける。



「前は、私ばっかり相談に乗ってもらってたのにね……」


「そ、それは……」


「新が今辛くて、余裕が無いのはわかるよ。 それは私のせいだから仕方ないけど」


 今や立場は逆転している。 慣れない環境に今度はみやびが支えようと手を差し伸べているが、その原因がみやび自身だという事実もあるのだ。


 それでも―――



「新にそんな風に避けられると……私……」



 好きな相手に嫌がられるのは辛い、それはどんなに完璧と言われるみやびであろうとも変わらない事だろう。


「さ、避けてないよ?」


 音楽室こんな所まで逃げ込んでどの口が言うのか、新の下手な取り繕いが始まる。


「……ホント?」


 弱々しく、泣き出しそうな顔を向け見つめてくるみやび。



( お、おお……これは…… )



 元々儚げな容姿のみやびは、その能力の高さからそれを感じさせなかった節がある。 それが弱い所を見せたのだ、恐らく全校男子が思うだろう、




 ―――― “守ってあげたい” 、と。




「うん……! だってみやびが悪い訳じゃないし、俺達が避け合う必要ないよっ!」



 魔法にかかった新は、一時的だが勇ましい騎士ナイトと化した。 その台詞を聞いたみやびお姫様は嬉しそうに顔を綻ばせ、



「あらた……。 うん、昨日も言ったけど、私が責任持って守るからっ!」


「うん! ………て、あ、あれ?」



 格好良く決めた筈だったが、どうやら守られるのは自分らしい。


「よし、行こう!」

「う、うん……」


 残念な騎士はお姫さまに手を引かれて音楽室を出た。 が、問題は―――その先だったのだ。



「お、おい……噂の二人が一緒だぞ!?」

「完全にアンバランスだな……」

「頑張ってナントカくんっ!」



 一緒に教室に戻るのがどう、という前に廊下が既にいばらの道。 さっきかかった魔法も一瞬にして解けてしまったは―――



「み、みやびさん!? て、手は離そう? お願いだから……!」



 早くも弱音を吐く新。

 みやびは気にも留めずに早歩きで進んで行く。



 そもそも、新のその呼び掛けすら藪蛇だったのだ。



「聴いたか!? みやびさんだってよ!」

「れ、連城さんを名前呼びなんて、初めて聴いたぜ……!」

「やっぱり二人は……」

「おめでとうナントカくん!」



( し、しまったぁ! つい癖で…… )



 昨日から緩くなっていた学校での『連城さん』をつい忘れる。 もう手遅れとはいえ、今更と思っても言わずにいられない新は――



「き、聞いてる!? ちょっと待っ―――う……っ!」



 新が懇願する声を呑み込んだ時、騒がしかった生徒達も同時に息を呑んだ。 そして、





 ――――廊下から音が消える。





 突然振り返ったみやびは新の眼前に顔を突き出し、悔しそうに眉尻を上げて睨んでいる。





 新はその表情に息を呑み、生徒達はその距離に息を呑んだ。





 ほんの数秒が、その何倍にも感じる。



 そして、この状況を作り出したみやびが口を開く――――




「ちゃんと呼んで? あらただけは……」




 ―――その声は甘く、瞳は切なく潤む。




 生徒達は、初めて見た “愛しい彼” を見つめる連城みやびに男女問わず見とれ、その彼は―――






「……あ゛い………みや……びぃ………」






 全てを諦め、半泣きで名前を呼ぶ――――





 その光景は、全校に二人の関係を確定させ、まさに公認の仲となった。



 だが、実際には二人はまだ恋人ではない。



 その事実は徐々に伝わっていくと思うが、それも、この光景を見て心を痛める、小さな少女次第なのかも知れない――――



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