噂は防音出来ませんか?

 


 ―――翌日の金曜日。


 何とか今日を乗り切れば休みに入れる。 その間に色々と考える事も出来るし、周りも少し落ち着いてくれるかも知れない。



 まず早朝、新は他の生徒達とあまり顔を合わせないように、早い時間に登校した。


 クラスメイト達が教室に集まり出すと、普段から会話をしていた同じ地味系男子にエスケープを試みるが、何しろ彼らも新と同じ人種。 平和な学校生活を望んでいるらしく、あまり歓迎されていないのがわかる。


 結局一人席に戻り、適当に教科書を広げて防御を固め、教室の入り口をちらちらと警戒する。

 当然目的はみやび、そして凪もだ。 みやびは勿論だが、やはり凪も昨日から一気に見方が変わった相手の一人。



 だが警戒も虚しく、この間宮新という少年はそういう星の元に生まれたのだろう。


 この日、偶々みやびと凪は、ほぼ同時に教室に入って来たのだ。



( お、おいおい……なんでだよっ……! )



 運命を呪いながら姿勢を低くして教科書に目をやる。 その近さでは見にくいのではないか、と思う程の近距離だ。


 それでも、間近に二つの気配を感じた時には、嫌な汗が吹き出し、持っていたのシャーペンが震える。



 そして、頭上から聴こえてくる可愛らしい女子達の声―――



「「おはよう新っ「間宮くん」」




( こ、こんなことあります……!? )




 教科書に落ちる汗が赤く見えるようだ。

 視線を落としたまま身を震わせる新は、断末魔かという朝の挨拶を吐く。



「お゛、お゛はよぅ……」



 一日の始まりを、人生最期の声で応える新。






 ―――こうして、新の新なる学校生活が始まったのだった。( 読みにくくてすみません )






 ◆





 ―――昼休み。



 学校生活で最も長いこの休憩時間に、朝から大ダメージを負った新はどこにいるのかというと―――




( こ、ここは安全だ。 なにしろ “防音” だからな…… )




 ――何故か音楽室に逃げ込んでいた。



( なんか防音は守備力が高そうだ、これからここを拠点にしようかな )



 謎の独白をするレジスタンス。

 学校の拠点は自分の教室だと思うが、今となっては教室は安全ではない。


 勝手に拠点にされそうな音楽室だったが、そうもいかない事態が起こるのが間宮新の最近の傾向だ。



「――ひっ!?」



 防音の扉が開く音に悲鳴を上げる新。

 入ってきたのは―――



「………なにしてんの?」



 みやびと同じぐらいの身長で、髪をポニーテールにしたつり目の女子生徒が声を掛けてきた。


「あ、あの……ぼ、防音が好きで……」


「はぁ?」


 当然そうなる。

 はっきり言って意味不明な新に、その女子は訝しむ目を向けてくる……が、


「ていうかキミ、間宮くん?」


「は、はい……残念ながら……」


 言葉通り残念な返事をする新。

 それを聞くと、女子生徒はにんまりと口角を上げ、愉しそうに話し出した。


「ははっ、まさか話題のキミと会えるとは!」


 どうやら素性は割れている。 何やらプリントらしき物を持った彼女は吹奏楽部なのだろうか。


「私、一年の時一緒だった槙野皐月まきのさつきだよっ」


「はぁ……」


 そう言われても記憶に無い。 同じクラスだったらしいが、新が接する人間は限られていたから。


「わかんないか? てか私も最近間宮くんのこと知ったしねっ」


 どうやら向こうも同じようなもので、昨日突然有名になった新を、 “そういえば私同じクラスだった” 、という風に思い出したのだろう。


「でも、良かったねぇ」

「な、なにが?」


「なにがって、ちょー可愛い彼女出来たんだからさっ!」


 噂は様々に変化する。 恐らく皐月の聴いた噂では、既に新とみやびは付き合っているのだろう。


「……彼女なんていないよ」

「は? ……なに言ってんの?」


 否定する新に首を傾げる皐月。


「だから、俺は誰とも付き合ってない……!」


 噂の修正をする為、強い口調で言い放つ新。 それを聞いた皐月は早口で問い詰めてくる。


「なに? 噂は嘘だったの? 告白されてない?」

「さ、されたけど……」

「じゃあなんで付き合ってないの? まさか断ったの?」

「そうじゃないけど……」

「だったらさっさと付き合いなさいよ、こんなチャンスもう一生、てか来世もないよ?」


 今生、更に来世の分も確定的に捲し立てられる新。 確かにそうかも知れないが、殆ど面識の無い皐月にここまで言われる自分が情けなくなってくる。


「色々あって、戸惑ってるんだよ」


 皐月は知らないだろうが、あの日告白は “二回” あったのだ。 そうとは知らない噂だけの皐月。 今度は何故か新を睨みつけ、


「あのね、言っとくけど断ったら許さないからね」


「な、なん――」

「せっかく森永くんがフリーになったのに、また連城さんに独占されてたまるかって!」


 凪も言っていた女子側の反応。 それは新も理解したが、こうもはっきりと脅迫染みた口調で言われるとは思わなかった。



( 俺はお前らの道具か…… )



「今年は受験生だし、森永くんと付き合うなら早い方がいいもんっ! やっと、やっと私にもチャンスがきた……」


 惚けた顔で宙を見上げる皐月。 彼女も泰樹信者の一人らしいが……


「チャンス……ねぇ……」


 白けた表情で呟く新。 とても皐月にチャンスがあるとは思えない、それが顔に出てしまった正直者に気付いた皐月は、


「なによ」

「い、いや、なんでも……」


 突き刺さる鋭い視線に怯む。 それから皐月はプリントを置き、新を指差して言い放つ。


「とにかく、間違っても連城さんをフったりしないよーにね! ここに隠れてるのは内緒にしてあげるからっ」


 そう言い捨てて皐月は音楽室から出て行った。

 活発、というか強引な皐月に終始翻弄された新は、一つ溜息を吐いてしゃがみ込む。



( あんな風に思ってる女子が、何人もいるんだろうなぁ )



 自分を生贄にして、泰樹の彼女になるチャンスだと夢見る女子達。



( なんか、脅されて付き合うのはやだなぁ……付き合ってないけど )



 そのまま身を隠し、昼休みも残り僅かになった頃、再び音楽室の扉が開く。



「――っ!?」



 またもびくついて入り口に振り向くと、そこに立っていたのは―――





「もぅ、こんなとこで……ばか」



 柔らかな口調で文句を言ってくる見慣れた美少女は、扉を閉めると新に近付いて来る。



「みやび……」



 その時、新は思った――――




( は、謀ったな……槙野皐月ッ!!)



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