未成熟な気持ち

 


「……なに、してるんだ?」


 同じくベランダに立っているみやびに声を掛けると、みやびはベランダの端まで近付いて来た。


「中々寝付けなくって。 冷たくされたから……」


 、とは言わないが、言われているようなものだ。 心当たりは自分なのだから。


「お、俺は別に……」


「冗談だよ?」


 そんなつもりはないと口を尖らせる新に、微かな笑みを浮かべるみやび。


「ねぇ、もっとこっちにきて」


 時間帯も考え、お互い声を抑えて話さなければならない。 みやびに促され、新もベランダの端まで近付く。



 真夜中とはいえ、真っ暗にはならない時代の明かりがお互いを薄暗く映し、少し苦笑いのみやびは口を開く。


「やっと話せるね」


 体育館での公開告白から、初めて二人きりになった新とみやび。 以前はこうして対峙するだけで緊張するような相手ではなかったが、二人の関係は変わってしまったのだ。


 今目の前に居るのは、ただの幼馴染の連城みやびではない。


 自分の事が好きだと告白してきた女の子で、それが幼馴染みやびなのだ。


 全く違う対象となったみやびを直視し辛いのか、新は中々目を合わせようとしない。 みやびにとっても気持ちを伝えたのだから、当然二人きりの意味合いも変わっている筈。


「話は、明日だろ」


 思いも寄らず話し合う機会を持ってしまった事に、新は心構えが出来ず引き延ばそうとする。 だがみやびは、


「もう、だよ?」


 日付はもう変わっている。 屁理屈のような言葉で逃げ場を無くそうとしてくるみやびに、新は不満顔で呟く。


「疲れてるって言ったろ」

「じゃあなんで寝ないの?」

「寝てたよ、大分前に」


 短い言葉を交わし合う二人。

 その少しテンポのついてきた会話を、みやびの物悲しそうな表情が止めてしまう。



「嫌な夢でもみた?」


「――っ……!」



 会話から連想出来そうなものだが、ずばり言い当てられると狼狽えてしまう。 それを見たみやびは責任を感じたのか、沈んだ声色で訊いてくる。


「……私のせい?」

「ち、違うよ」


 いい歳をして、怖い夢を見て眠れないとは言えない。 照れ臭そうに強がりを吐く新にくすぐられたみやびは、悪戯な笑みを浮かべ、


「可愛い」

「なっ!? あ、あのな……!」


 つい音量が上がる新に、みやびは人差し指を口に当てて『お静かに』、とジェスチャーする。


「……もう寝る」


 不貞腐れた新が会話を終えようとすると、


「ごめんね、怒った?」


 素直に謝り引き留めようとするみやび。 新は白けた目を向け、仕返しとばかりに言ってしまった。


「……話する前に訊きたいんだけど」

「なぁに?」




「そもそもお前、本気で言ったのか?」




 それを聞いたみやびは、新を見つめたまま三歩後ろに下がり、内側からこみ上げるような声を放つ。



、そっちに行って答える」




「――は?」




「ちゃんと……受け止めてよね」



 最後の台詞に込められた語気に、何かを確信した新は慌てて―――



「ちょちょ、ちょっと待ってみやびさん! わ、悪かった、ごめん……っ!」



 何とか声を抑えながら必死さを伝える新。 両手をぶんぶんと振り、落ち着いてくれと懇願する。



「この私がとでも?」


「そうじゃないけど翔ばないでっ! お願いしますぅぅ……!」



 ベランダからベランダへのダイブ。

 運動神経抜群のみやびならとは思うが、そんな危険な事をさせる訳にはいかない。 “どうかお怒りを鎮めて下さい” と掌を擦り合わせて拝む新。



「冗談で、新の生活壊したりなんかしない」

「は、はい……」



 とりあえずダイブは思い留まってくれたようだ。

 ほっと胸を撫で下ろす新に、また三歩近付くみやび。


「あの時、本当に怖くて、新が死んじゃうかもって思ったの……」


「そ、そこまでは……まぁ、当たりどころが悪かったらわかんないけど……」


 少し大袈裟に感じるが、両手を胸に押し当てて話すみやびを見るとそうも言えなくなる。


「無事だとわかったら、考える前に抱きしめてた」


 俯き、ほんのりと頬を染めるみやび。

 パジャマの美少女が赤面しているというご褒美シチュエーションを、自分まで気恥ずかしくなって目を逸らす愚か者


「抱きしめたら、高まっちゃって……もし気持ちを伝える前に何かで離ればなれになっちゃったら、きっと後悔するって……だから……」


「――うっ」


 熱を持った瞳が、新を溶かそうとしてくる。




「大好きなあらたに、想いを伝えました」




 十代という溶けやすい年齢素材告白に入れ、美少女最大火力で煮込んだ結果――――






( か、可愛いぃぃ……っ! )






 ―――とろとろに蕩ける。




「でも、私の自分勝手な行動で新を苦しめてるのはわかってる……」



 自分の立ち位置は重々承知、それなのにクラスメイト達のいる前で告白した。 それが新にどう影響するのか、理解していないみやびではないのだから。



「だから、私に出来ることはなんでもするから、あらたを……好きでいさせてほしいの……」




「ぐッ―――ふぅぅ………」



 オーバーヒートし、骨抜き状態に陥った新の脳は思考を放棄した。



「あ、あらたの返事………聴かせて……?」



 目を瞑り、胸の鼓動を抑えるように当てた手を押し付けるみやび。



 遂に想いが成就するのか、それとも…………。



 長い睫毛を震わせ、その時を待つみやび。


 新は―――



( こんなの……返事なんて…… )



 断る理由がどこにある。

 自分には勿体ない相手、それも気心の知れた信頼できる存在。 寧ろ自分からお願いしたい筈だ。



「お、俺も、もちろんみやびのこと……」



「――っ……ぁ……」



 新が切り出した台詞、それに素早く反応したみやびの切ない声が漏れる。



「……す、す―――」




 ―――自分も好きだ。



 そう伝えるつもりが、が新の言葉を遮る。





 ―――まだ、間宮くんの感触が残ってる―――





「――はぁッ……!」



「……あらた?」





 進まない言葉に不安そうな顔を向けてくるみやび。




「……俺も……残ってる……」


「ど、どうしたの?」






 ――――ふらない?――――




「……う、うん」




 バラバラに思い浮かぶ凪の残像。


 自分に言っているのか、そうではないのか、様子のおかしい新にみやびは戸惑っている。







 ――――嘘つき――――







「………ぅぅう……!」





 夢の中の凪が、新の胸を貫く。





 その時、不安を堪え切れなくなったみやびが―――




「わ、私のことを見て……! 返事してほしいのっ!」




 悲痛な叫びが夜風に乗って届く。

 二人の強い想いに挟まれた新は、その中から自分の気持ちを見つける事が出来ない。





「……じ、―――時間をくださいッ!!」





 言いながらもう足は逃げていた。



「や、やだ……あらたぁ……!」



 手を伸ばすみやびに振り向けず、未熟な少年はまだ何も決められない。












 一人残された真夜中の静寂。


 返事をもらえなかった少女は俯く。





「……あらたを一番想ってるのは……私だよ………」





 消え入るような呟きは、その声色と似つかわしくない、強い自我を持っていた。


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