今日、何の日ですか?
中学三年生の男子として平均的な身長の背中に、小柄な凪のおでこの温もりが伝わり、未成熟な身体と、回された小さな手が新を包む。
( い、意味がわからない…… )
考える事が増えたのは間違いない、まだ何も解決していないのに。 それも、相談相手だと思っていた凪が更なる難題を突きつけてきた事に混乱する新。
だが、その真意はこれから明かにされるだろう。 みやびの時と違って、今部屋には二人きりなのだから。
「自分が恥ずかしい……だから、このまま聞いて……」
( こ、このまま? でも、この状態が……は、恥ずかしい……よね? )
慣れない女子との接触に硬直する身体。 それは凪にとってもそうなのだろうが。
「さっき言ったのは、嘘なの……」
「嘘……って……」
さっき言ったどれが嘘なのか、会話を辿っていく新だったが、高鳴る胸のせいで頭は正常に働いてくれない。
「返事を待ってもらうのは、間宮くんの為じゃない」
( そ、その話か……は、わかったけど…… )
どの話かは理解したが、言葉の意味が、この状況の理由が把握出来ないでいる。
その答え合わせは、新の背中から聴こえてきた。
「私の……為なの」
「……鶴本さんの、為?」
何故自分とみやびの話が凪に関係あるのか、また新に疑問符が貼り付けられる。
「私が嫌なの」
「――いっ!?」
添えられていただけだった手が、凪の身体を押し付けるように力を込めてくる。
密着度が増し、微かに膨らんだ凪の胸がわかる程に新の背に感触を与え、裏返った声を漏らす。
「連城さんと―――付き合ってほしくないっ……!!」
高まった感情を乗せた、切ない叫びが部屋に響く。
いつも小声で話す凪の精一杯の告白に、新は瞬間真っ白になり、思考が止まる。
ゆっくりと離れていく温もり。
新はぎこちなく振り向き、下を向いて、前で手を握り合わせる凪の姿を視界に映す。
「どうせ、私なんかじゃ敵わないけど……ずるいこと言って、連城さんを待たせても……意味ないから。 間宮くんも、困るだけだから……」
苦し紛れに提案したのは愚策。 自分の気持ちを少しでも生き長らえさせたかっただけだった。 だが、恐らくそれは新だけでなく、凪自身もこの先苦しむ事になるだろう。
「でも、嫌なの……私じゃ連城さんの気持ちを止められなくても……」
「………」
微かに震える言葉を紡ぎながら、一歩新に近寄り、垂れたままの顔で、また額を新の胸に当てる。
「選ばれなくても、少しでも、私で迷ってくれるなら……」
ついさっきまであった温もりが戻る。
今度はその温もりと別に、凪の閉じた瞳から溢れる想いが、新のワイシャツを湿らせていく。
「か、可愛くないけど……こんな、貧相な身体だけど……」
高まっていく少女の決意を込めた言葉は、心構えの無い少年の口を完全に塞いでしまう。
「間宮くんが―――好き……」
小さな口から零れた告白の言葉。
消え入るような声で伝えた凪の気持ちは、恐らくみやびとの事が無ければ#今日__・__#ではなかっただろう。
伝える日を選べなかった秘めた想いは、あまりにも危うげで、少女の心を不安定にしてしまう。
「うっ……ぅ……っうぅ……」
堪えながらも嗚咽は抑えられず、涙もまた止まらない。
平凡で浮いた噂すら無かった少年は、今日一日で二度目の告白を受けた。
それも、一番長く傍に居る幼馴染と、中学校生活のほぼ全てを共にする女の子にだ。
( 今日は―――なんの日だ!? 俺は……俺なんかしたのか!? )
「うっ……ごっ、めんっ……ね……わっ……たし、なんて……ふっていい……からぁ……ぁぁ……」
言葉は諦めていても、耳に届くのは悲痛な縋る声。
こんな大変な時に、相談されていた自分までが困らせるような事を言ってしまった事を謝る凪。
それを受けた新は、
( ど、どうすんだ……こんな時、どうすんだよぉ!!)
女の子に恋焦がれて泣かれるなど当然初めての新は、完全にパニック状態に陥っていた。
とにかく泣き止ませなければ、やり方なんてものは知らない。 しかし今、自分に顔を押し付けて取り乱し、泣いている女の子がいる。 それも、少なからず癒しの存在として大事に想っていた凪がだ。
「――う……っ!」
苦しそうに漏らす凪の呻き。
ほぼ乱心状態の新は力加減もわからず、とにかく凪を抱きしめた。
「つ、鶴本さんは可愛くなくないしっ、貧相でもないっ! い、いい身体だ!」
何を言っているのか自分でもわかっていないのだろう。 出来が悪いにも程がある不細工な慰めの言葉を叫ぶ新。
抱きしめられている、というより締め付けられている凪は、両腕すら拘束されてベアハッグのような格好になっている。 そして、まだ震えながらもその声を聞いた凪は、
「ほ、ほんと?」
唯一動かせる顔を上げて見つめる凪。
「はいっ!」
何を言ってもそう答えるだろう勢いで返事をする新。 凪の垂れ気味な瞳に溜まった涙と、赤くなった目の下に焦りが募り、また力が入ると――
「んんっ……」
顔を歪める凪、流石に気付いた新は慌てて手を離す。
「ご、ごめ――」
「離しちゃ……ヤ……」
「はっ!!」
また泣き出しそうな顔をされ、即座にベアハッグの体勢に戻る。
切なそうに自分を見上げてくる凪。
今までこんなに近くで見つめ合った事は勿論ない。
( て、てか、可愛い……よな…… )
涙で濡れた前髪の先が、右目の下の小さなほくろをくすぐるように揺れている。
急激にさっきまでと違う感情が高まる新。 凪はまた、可愛らしい小さな口を開き、
「ふ、ふらない?」
「ふ、ふらないっ!」
それは、ただ復唱しているような、言わされていると言っても過言じゃない状態。 しかし新が感じ始めたのは、凪を可愛いと認識してしまったせいか、今の状況が逆に耐え難くなってきている事だった。
「ちょ、ちょっと……その、離れる?」
言葉の選択がおかしいのは経験不足。
当然不満そうな顔になる凪は、
「やっぱり……いい身体なんて……嘘」
( やめてその
相手に言われて初めてわかる恥ずかしい自らの言葉。 真っ赤に沸騰した顔で首を横に振る新は、
「ち、ちがうちがうっ! ほらっ! 変な気分になって思春期の俺がおかしくなるじゃん!?」
色々と壊れ始めた新、もう限界は近そうだ。
だが、それを見た凪は嬉しそうに頬を染め、ご無体な台詞と行動を取る。
「それなら………離れない」
横顔を擦り寄せて、甘える小動物のような少女に脳を溶かされていく。
( た、助けて……―――助けてマザーっ!!)
何故『母さん』と心中で叫ばなかったのは意味不明だが………。
この後、なんとか凪と離れて落ち着くのに五分程はかかった。
それから少し話をして、二人で部屋を出る頃には、凪はさっきまでと全く違う確信を持っていた。
#初心__うぶ__#な新少年は、今日みやびとどうこうなる事はないだろうと。
その予想は見事に的中し、家に着く頃には心身ともに疲れ果てていた新。
―――この日、待っていたみやびと会えなかった事は言うまでもない。
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