時の人
事件後、当然のように新を襲ったのは―――
(なんで間宮……?)
(やっぱ幻覚だったんじゃねぇか?)
(生徒会長の森永とは結局ただの噂か?)
クラス中に飛び交う “ハテナ” 。
そもそも新とみやびが “隣同士の幼馴染” 、という情報すら知る者は殆どいないようだ。
また、男子とは対照的な女子の反応もあった。
(大本命の連城さんがいなくなった今、私にもチャンスがっ!?)
(泰樹様の隣に立てるかも……)
(連城さん、全力で応援するねっ! その……名前なんだっけ? あの男子)
―――“連城みやび” という太刀打ち出来ない存在が消え、抑えつけられていた多数の女子達が目の色を変える。
その噂は日を跨ぐ事なく広がり、休み時間には廊下に『背徳の蜃気楼』を掴んだ男を一目見ようと見物が集まる始末。
だが、口々に囁かれるのは、「あれが?」「嘘だろ?」という中傷の言葉。 そして敵意に満ちた視線の雨だった。
結果―――
(――ゆ、夢だ……こんなの現実な訳ない……っ!!)
机に突っ伏して頭を抱える新。
数日前みやびが部屋に来た時、もし自分達が恋仲になったら……そう考えたのは事実だが、それはあくまで “万が一” 。 そんな可能性など実際には考えてなかった。
その “万が一” が現実となった今、新を襲ったのは予想通り、いや予想以上の悪辣な状況だった。
授業中も囁かれる噂。 今まで噂になど上がった事もなかったのに。 突き刺さる視線、数時間前までは自分の存在など見えてさえいなかっただろう。
(くそ、お願いだ……見ないで……俺の事を話さないでくれぇぇ………)
注目される事に不慣れな平凡少年は、殆どノイローゼになっている模様。
(なんであんなこと……みやびのやつ……!)
余裕が無くなり荒んだ新は、ついに矛先をみやびに向けてしまう。 その勢いで顔を上げると、原因である幼馴染が心配そうな顔で見つめている。
新と目が合ったみやびは少し困ったように笑い、小さく手を振ってきた。
(はは、可愛いなぁ……)
あっさりと矛を折られる新。
だがそう思ったのも束の間、みやびが手を振った、ただそれだけの事で注目の二人を見ていた観衆からどよめきが起きる。
「あんな連城さん見た事ないぞ!?」
「マジか? マジであいつをっ!」
「ちくしょう……! なんか可愛らしさも加わって……ちくしょう……ていうか……」
(((( あいつ誰だよ……!! ))))
オーディエンスからの総攻撃を受ける新。
恐らく本日中にはこのビッグニュースは全校に広まるだろう。
(み、みやびの―――バカヤロウ……!!)
再度机にしがみ付く新。
その彼を見つめ、周りとは違う想いを乗せる視線が一つ。
今の彼には気付く余裕が無いだろうが、それは失った筈の、平穏な日々にあった眼差しだった――――
◆
放課後になると、新は逃げるように教室を抜け出し、安住の地である美術室に駆け込んだ。
美術部は総在籍十名程度。 その中で男子の在籍は新を含め二名だけ。
ここなら、ここだけは自分を前と同様に扱ってくれる。 そう祈るように教室に入ると―――
「「あっ」」
先に来ていた二人の二年生女子部員が、新を見るなり普段なら考えられない反応を見せた。
固まる新。 まさか、ここにまで影響が出てしまうのか。 たじろぐ自分に近寄って来る女子生徒達。
(来るな……来るなよ……頼む、何も言わないでくれっ!)
じりじりと後ずさり、入り口のドアに背を付くと、
「あの、間宮先輩」
(やめろ……―――やめてくれッ!!)
「連城先輩と付き合ってるって、本当ですか?」
「……もぅ――――やだ……」
聞きたくない、訊かれたくない話ばかり。
「告白されたって、ねぇ」
「うん。 あの連城先輩にって……」
「つ、付き合ってないッ!」
声を荒げて美術室からも逃げ出す。
「きゃっ……」
ドアを開け飛び出した途端、ぶつかった女子生徒が小さく悲鳴を上げる。
「…………」
「間宮……くん……」
見つめ合ったのは気心の知れた、新の癒しである凪。
その彼女とぶつかり、それでも言葉が出ない状態の新は、その癒しからも逃げ出して走り去った。
彼女にまで同じような事を言われたら、もうどうにかなりそうだった。 だから逃げた。
視界は心の余裕を表すように狭く、どこを目指して逃げているのかもわからない。
気付いた時、新は薄暗い非常階段の片隅で、隠れるように膝を抱えて座り込んでいた。
「なんだよ……たった一日で、なんでこうなったんだ?」
声に出して呟く。
恋愛感情は無かった、というか持てる相手とは思ってなかったみやびからの突然の告白。 告白自体されるのは初めての事だし、嬉しいと言えばそうなのかも知れない。
だが、相手が相手だ。
危惧していた事は想像よりも大きく、自分の気持ちさえ整理する時間をくれない。
「どうしたら……いいんだよぉ……」
平穏を愛する平凡な少年は、頼みもしないのに注目の的にされ、小さな受け皿に許容を遥かに超える
「いた」
それは、あの平穏な日々に聴いた変わらない声。
新は呟く。
「俺……どう、なるんだろ……」
顔を上げなくてもわかる相手。
それでも、弱音を吐くのは初めてだろう。 そんな事がなかったし、なるなんて思わなかった。
「どう、したいの?」
話しながら屈み、新と目線の高さを合わせようとする。
「……わからないよ」
混乱に次ぐ混乱。
冷静に考えられる時間すら無かった。
「嬉しくないの? あんな、素敵な女の子に好かれて」
「だから……わかんない。 そんな風に思える余裕もないんだ」
今はそれが本音。
それは間違いない。
「返事、してないの?」
「あんな事故の後急に言われて、頭が真っ白だったんだ。 それに、皆見てたし……」
あんな大勢の前で『お願いします』、『ごめんなさい』、などと言える訳もなく、その後は世間の視線に晒され、二人になるような場面もなかった。
「良かった」
「え……」
またわからない事が増え、思わず顔を上げる新。
やっと目と目が合い、見えたのは分かり切った凪の顔。
「一つだけ、答えて欲しい……」
「……なに?」
「連城さんを……」
――――描いた?――――
何故そんな事を訊かれたのかは謎だが、凪の目は新が知っている穏やかなそれではなかった。
「……いや、描いてないよ」
そう答えると、凪の目は良く知るおっとりとした目に戻り、
「私と間宮くんは、ちょっと似てる……と思う」
「うん」
それは、新も以前から感じていた。
「だから、今が辛いのもわかるよ」
「……うん」
彼女ならわかってくれる。
自分と似た、普段から癒されていた凪なら。
そして、彼女は救いの手を差し伸べる。
「疲れた、でしょ?」
「……疲れた。 もうボロボロだ……」
「今日はもう帰ろう? ―――私と」
「でも……それじゃ鶴本さんにまで迷惑が――」
「だから、私でしょ? 似た者同士だから、皆変に思わないんじゃないかな?」
好意はありがたいが、それでも何を言われるかわかったものではない。 そう考えると簡単に甘える訳にもいかない。
だが、正直もう、帰りたい。
だからと言って無関係な凪を巻き込むのか。 その葛藤が心中で渦巻き出す。 そんな新を解き放つように、救いの女神は柔らかな笑みを作ってくれる。
「約束したもの。 三年目も、よろしくって」
か細く、優しい声が鼓膜に心地良く届き、赤く染まった頬の上には可愛らしいほくろが見える。
「………ありがとう」
二人はゆっくりと立ち上がり、並んで歩く。
その距離がいつもより微かに近付いていたのは、お互いが感じていた似た者同士を、口に出して確認し合えたからなのかも知れない。
ほんの些細な事だが、そんな些細な事こそ、本来二人の日常だったのだから――――
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