落ちてきた『教訓』

 


 ―――数日後。




 新達のクラスは体育の授業でバレーボールをしていた。


 入り口から手前のコートでは女子の二チームが、壇上側の奥では男子の二チームが試合中。 現在見学中の新は壇上の下、中央辺りに座って試合を眺めている。



(しかし、久しぶりに見ると………やっぱデタラメな奴だな)



 その視線は目の前の男子チームではなく、入り口側で試合中の女子バレーを捉えていた。


「やっぱ連城さんはすげーわ」

「何故バレー部に入らんのか」


 同じく見学中の男子生徒達からみやびの話が聴こえてくる。


(これがマラソンなら何故陸上部に……ってなるからね。 言ったらきりがない)


「髪を結っている姿もいいよなぁ」

「俺はバレーボールに転移したいが……」


 もはやバレーとは関係のない話に逸れていった雑談。

 恐らく中にはバレー部の女子もいるとは思うが、完全に一人レベルの違うプレーをこなすみやび。



( おっ、鶴本さん。 がんばれ!)



 その対戦チーム側では、オロオロと動きながらもプレーに絡めない凪が、迷子の子供のような顔をしている。


(うーん、いい。 なんて親近感の湧くプレーだ)


 自分自身運動が苦手なこともあり、同レベルの凪を見てつい同調してしまう新。


 その時、時折新に視線を送っていたみやびに、自分ではない相手を見つめる新の姿が映ってしまう。 その視線の先を追うと、



( 鶴本さん……新、彼女を見てるの? 私もいるのに…… )



「みやびっ!」

「えっ……」



 試合中に集中を切らしたみやびの前にボールが落ちる。


「ご、ごめん……」


 謝るみやびに同じチームの女子達は「ドンマイ!」と声を掛けるが、珍しいミスにどうしたのかという顔をしている。


(もぅ……だらしないなぁ)


 心中で自分に言い聞かせるが、やはり新が気になってしまい、目は彼を求めてしまう。



「あ……」



 みやびから零れた声。



「どんなサーブ打ってんだ下手くそー」

「あー、わりぃ」



 男子の試合でコントロールを失ったサーブが、壇上の上に飾られている教訓が書かれた大きな額縁にぶつかった。


 その額縁が揺れているのに気付いたのがみやび。


 そして、



 その真下に座っているのが――――






「あらたッ!! 上ッ!!!」






 懸命に声を張り上げるみやびは、学校での『間宮くん』を忘れ、呼び慣れた言い方で叫ぶ。




「――へ?」




 突然大声で呼ばれた新は情けない声で上を向くと、大きな額縁が今にも落ちそうに揺らいでいる。




「わ、わぁぁぁぁッ!!」




 慌てて逃げ出すも、額縁はついに落下し始める。 この高さから頭にでも落ちればただでは済まない。

 滑る体育館の床に焦って足を取られる新。 もうその瞬間はすぐそこに来ている。



「あらたぁぁッ!!」



 みやびの二度目の叫びが響き、その足は一度目の叫びから既に駆け出していた。


 だが、いくらみやびでも届かない。




 直後―――



 大きな落下音が体育館を震撼させ、一瞬の静寂が訪れる。




 そして、受け持ちの体育教師や生徒達が安否を確認しようと動き出した時、









「し、死ぬかと……思った……」




 茫然と呟く新。


 仰向けに転がった情けない格好だが、周りにはそうは映らなかった。



 何故なら―――






 その上から覆い被さるように抱きつくみやびに隠されていたから。






 無言で震えながら、新から離れようとしない。

 新の首元に顔を埋め、両手はしっかりと肩を掴んでいる。



「み、みやび? 大丈夫だから……その……」



 我に返った新が状況を把握し話し掛けるが、『みやび』と呼んでいる辺りまだ正常ではなさそうだ。




「―――もう………疲れちゃったよ」




 変わらぬ体勢のまま、みやびが囁く。




「自分を隠すのも、気持ちを隠すのも……」


「っ……!」




 新の肩を掴んでいた両手を伸ばし、腕の長さから新を見つめるみやび。



 その表情が示す感情が何なのか、新にはわからなかった。










「あらたが好きなの。 私を見てくれなくても、諦められないくらい……」









 

 ―――この時、放心状態だったのは新だけではないだろう。



 駆け寄ったクラスメイト、そして体育教師でさえも、暫く言葉を失っていたのだから。




「痛いトコある? 教えて?」




 焦点の合わない新の髪を撫で、優しく声を掛けるみやび。



 殆ど新の脳内は停止状態だったが、これだけは理解出来た。







 ――――俺の平穏な日々は、終わった――――







 この出来事が後に、自分にとって良い事だったのか、とんだ悲劇を生むのかはわからない。



 しかし、平凡で、悩みの無い日々は終わった。




 それだけは……間違いない―――――


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