逃げるな、ダンゴムシ!

中瀬一菜

逃げるな、ダンゴムシ!

  人 物

 早乙女怜夢(れむ)(29)フリーター

 竹本湊(29)YouTuber(MIN(ミン)という名前で活動)

 水谷夏哉(32)竹本のマネージャー

 山田汰郎(45)カラオケ店の店長

 馬場加奈子(28)怜夢の友人

 

〇ジャンカラ・バックヤード(早朝)

   早乙女怜夢(29)、山田汰郎(45)から給料明細を受け取る。

   手取り九万円。

山田「あー、あとこれね~」

   山田、怜夢にチラシを渡す。正社員募集中!と表題が付いている。

怜夢「はあ、どうも……」

山田「まぁ、テキトーに考えといて~」


〇ジャンカラ・外(早朝)

   怜夢、鞄を抱えて外に出て、傘を差し歩き出す。天気は小降りの雨。薄暗い。

   スマホの着信音が鳴る。

   怜夢、鞄からスマホを出して応答する。

怜夢「はい、早乙女です」


〇スターバックスコーヒー・店内(朝)

   怜夢、カフェアメリカ―ノを啜る。

   馬場加奈子(28)、笑顔で左手を見せる。

加奈子「ふふっ、ふふふっ!」

怜夢「ンだよ、デキ婚のくせに」

加奈子「結婚してから言いなさ~い」

   加奈子、あずきなこわらびもち福フラペチーノの飲む。ニマニマ笑う。

   怜夢、ジトりと加奈子を横目で見つつ、

怜夢「……式とか、どうすんの?」

加奈子「あー、暫くは無理ね。出産あるし」

怜夢「……旦那って、何してる人?」

加奈子「丸の内で働く銀行員~♡ 怜夢、アンタはどうなのよ? ねぇねぇ?」

   加奈子、ニヤニヤっと笑みを深くする。

   怜夢、音を出しつつコーヒーを啜る。


〇道路・歩道(朝)

   高層ビルが立ち並ぶ通り。雨降り継続。

怜夢、傘を差して歩道を歩く。

怜夢M「馬鹿な奴程幸せになってる説、ある」

   怜夢、チャラい男女とすれ違う。

怜夢M「物事を深く考えるだけの頭が無いから、思った通り突き進むことが

 できる。馬鹿ゆえに馬鹿の一つ覚えに」

   チャラい男女の元に子供が駆け寄る。

怜夢M「中途半端に賢いと最悪だ。答えられない課題を見つけては律義に

 思い悩んで押し潰されて、結果幸せを悉く取り逃がす」


〇ノワールⅡ荻窪・室内・玄関

   男物の履物が並ぶ。薄暗い玄関。

   怜夢、履物を足で退けながら靴を脱ぐ。

怜夢「おっじゃましま~す……」


〇ノワールⅡ荻窪・室内・リビング

   怜夢、中に入り鞄を放り投げ捨てる。ソファーにうつ伏せで倒れ込む。

   竹本湊(29)、マグカップを手に、ソファーに近づく。

   怜夢の服を摘まみつつ、

竹本「無いと思ったら、また俺の服着てってんじゃん。それ、今日の衣装なん

 だけど」

   怜夢、仰向けになりながら、

怜夢「だってサイズ変んないし、バイト遅刻しそうだったし……まあ、

 気にしなさんな」

竹本「今から撮影するから、シーしてるんだよ。動画編集してもいいけど、シー。

 OK?」

   竹本、口元で人差し指を立てる。

   怜夢、竹本のポーズを真似つつ、頷く。

   竹本、書斎に消える。

竹本の声「ッス、MIN(ミン)です。ということで今回は、マインクラフトやって

 いきます――」

   怜夢、聞き入る。天井を見つめる。


〇CO/LAB・ロビー(朝)

   複数の社名の札が壁に並ぶ。大勢の人間が仕事中。傘等雨具を持って

   いたり、濡れていたりする。天気は雨のまま。

   机に(株)MINs.filmと立札がある。

   竹本と怜夢、水谷夏哉(32)が座る。他社員数名同席。スマホや

   ノートパソコンをそれぞれ所持し、操作している。

   竹本、スマホを弄りながら、

竹本「タニィ、先週分のアナリティクス・データは? やっぱマイクラ好調?」

水谷「ご想像通り。ただ他が下がってきてるね。ほい、今クラウドにレポート

 上げた」

竹本「りょ。ねぇ、テレビ局の人とのミーティング、あれどうなったの? 

 流れた?」

水谷「いや来週末で確定。後でメールする」

   怜夢、黙ってパソコンで議事録を取る。

   竹本、怜夢の方を向いて、首を傾げる。

竹本「――ねぇ、怜夢はなんかない?」

怜夢「……ちゃんと寝てね、くらいかな」

竹本「ふぅん、あっそ……」

   竹本、机の上で腕を組んで伏せる。

   水谷、竹本と怜夢を交互に見て、瞬き。


〇CO/LAB・給湯スペース

   キッチンからロビーが見える。

   怜夢、コーヒーを淹れている。

   水谷、腕を組んで歩いてくる。

水谷「MINさん、デレデレじゃん」

怜夢「ハァ?」

水谷「すげぇニヤけてた。怜夢ちゃんが体の心配したとき。あっからさま

 だったな~」

怜夢「ただ眠くて伏せただけでしょ」

水谷「いやいや。実質結婚してたね、もう」

   怜夢、吹き出して笑いながら、

怜夢「それ、MINさんが聞いたら怒るよ?」

水谷「それを聞いたMINが逆にキレそうだけど……。ねえ、ホントのところ

 ないの?」

   怜夢、一息ついて微笑みながら、

怜夢「私、普通にNIMキッズでさ、ただの視聴者だった。それが、今此処に

 いるの。薄給でも毎日天国、幸せ大満足なワケ」

水谷「アハハ……、薄給なのは否定しない」

怜夢「下心で近づいて、傍に置いてもらえて、その上お金まで貰って。私の人生、

 これで完結。既に余生を楽しんでるわけよ」

水谷「うーん……余生かぁ……」

怜夢「わたしは現状維持が一番幸せなのデス。ということで、水谷君、引き続き

 いち編集者としてよろしくお願いいたしま~す」

   怜夢、コーヒーを乗せたトレーを手に速足で立ち去る。

   水谷、怜夢を目で追いつつ溜息を付く。

水谷「……これは藪蛇だったんじゃない?」

   水谷、汲んだ腕の下にスマホをも持っている。竹本とスピーカーで通話中。


〇CO/LAB・ロビー

   竹本、スマホを耳に挟んで机に伏せる。顔を上げる。眉間に皺を寄せ

   ながら、

竹本「うっせ……」


〇ノワールⅡ荻窪・室内・リビング(夜)

   机の上には鍋が置いてある。水炊き。

   竹本と怜夢、向かい合って食事中。

竹本「……お前、普通にウチで食ってくのな」

怜夢「此処の方がバイト先に近いんだもん。ついでに編集も此処でさせてね」

竹本「ふぅん。じゃあ交換条件のんだら、パソコン貸してやるよ。お前、

 俺と付き合え」

   怜夢、ポカンと口を開けて固まる。手から箸が落ちる。首を傾げながら、

怜夢「……コンビニに?」

竹本「は? お前、コンビニに用あンの?」

怜夢「いや……、無いデス……」

   怜夢、皿を置いて俯く。目が泳ぐ。

   竹本、黙々と食事を続けながら、

竹本「ねえ、俺と付き合ってって。お返事は?」

怜夢「アッ、う……、えっと、えっと……」

竹本「怜夢チャン、お返事できないのかなぁ?」

怜夢「~ッ、ダメ! 絶対、ヤダッ!」

   怜夢、机を叩きながら顔を上げる。怜夢、苦しそうに顔歪める。

   赤面で涙目。

竹本「その顔YESっつってるようなもンだろ。何がダメだバカタレ。よし、

 お前彼女決定」

怜夢「私なんか選ぶなバカ! 話聞けよ!」

竹本「――聞いたよ」

   怜夢、動きを止めて、押し黙る。

   竹本、箸をおいて、怜夢を見つめる。

竹本「下心上等だわ。あんね、そんなのコッチも同じ。俺の家に上げて、俺の服

 貸してやってる時点でお察しだろ。気付けよバカ」

怜夢「今のままが良いの! ヤダ、知らない!」

竹本「あぁ、金なら心配すんな。配信者なんて不安定だけどさ、絶対困らせねぇ

 し。それに、俺、本気でお前のこと、す――」

   怜夢、さっと立ち上がって書斎へ逃走。


〇ノワールⅡ荻窪・室内・書斎(夜)

   暗闇。撮影機材やパソコンが並ぶ。

   怜夢、机の下に潜り込み、蹲る。

竹本の声「おい、怜夢!」

   怜夢、耳を押さえて、目を閉じる。


〇ノワールⅡ荻窪・室内・リビング(夜)

   竹本、書斎のドアの前で溜息。


〇ノワールⅡ荻窪・室内・書斎(朝)

   窓から朝日が差し込む。

   怜夢、起きる。毛布を退けながら、

怜夢「んぁ……。ここ、あれ……?」

   怜夢、毛布をはぎ取り、周囲を見渡す。横に竹本の足、上に机の天板が

   見える。

竹本の声「――そうそう。キッズで、編集者。んで、昨日実質結婚した。うん、

 あんがと」

   怜夢、目を見開き覚醒。机の下から、椅子に座る竹本を見上げる。

竹本「あ、起きた。おはよ。今、配信してる」

   竹本、女物のカーディガンを羽織り、怜夢の寝癖が付いた髪を梳いてやる。

   怜夢、机の下から這い出て、カメラを床にブチ倒す。パソコン画面に映って

   いるコメント欄が荒れる。

竹本「おー、おー、起きて早々威勢がいいな」

   怜夢、興奮で涙目、息切れ。

竹本「お前の人生まだ終わってねぇぞ、これからだろうが。さっさと俺を択べ、

 怜夢」

   竹本、毛布を拾い上げ、両手を広げる。

怜夢「ダメだって、言ってるのにさぁ……ッ」

   怜夢、両手で顔を覆い、肩を震わす。

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逃げるな、ダンゴムシ! 中瀬一菜 @ebitenumeeee

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