(2)

「……それで、ね。エミリーに相談があるんだけど」

「どうしたの? 付き合ってすぐに相談だなんて穏やかじゃないわね? もしかしておじさまのこと?」


 ニコルが言いにくそうな顔をするものだから、てっきりふたりの身分差がどうとかそういう話だと思ったのだ。実際、ニコルが貴族階級ということで及び腰になっていたバートの姿を見ているだけに、ふたりの障害と言って考えつくのはまずそれだった。


 だがなんとかなるだろうとわたしは思っていた。平民と結婚する貴族はいなくはないし、おじさま――ニコルのお父さまは一人息子には吐きそうなほど甘いのだから。


 ――だが、そんな生っちょろい話題ではないのだとわたしが知るのは、すぐあとのことであった。


「そうじゃなくて……あのさ、エミリーって付き合っている人はいなかったよね」

「そうね」

「あの、じゃあ好きな人は?」

「いないわ」


 バーニコに萌えるのに忙しくてそんな暇はない。


「じゃあ――僕たちと付き合ってくれる?」

「あ゛?」


 いけない。思わず柄の悪い返事をしてしまったわ。


 いや、ちょっと待て。ちょっと待て。今なんとおっしゃいました? なんかとんでもない発言が聞こえた、ような……?


「……もう一度言ってくれない?」

「あの、僕たちと付き合って欲しいんだけど」

「付き合う?」

「うん」

「どこへ?」

「そうじゃなくって、あのね、恋人として付き合って欲しいんだ」


 パードゥン? コイビト? ツキアウ? オー、リアリー?


 いけない。混乱して謎の言語が飛び出てしまったわ。


 頬を染めて必死で言い募るニコルの姿は垂涎ものだ。ごちになります。――違う。そうじゃない。現実逃避している場合じゃないのよ。


 ニコルでは話にならないと、先ほどから黙りっぱなしのバートへわたしは視線を向ける。よほど剣呑な目をしていたのか、目が合った瞬間バートはのけぞった。


 黒髪黒目に赤銅色の健康的な肌のバートは、いまや立派な細マッチョに成長していた。腕力じゃとっくの昔にわたしに勝っているというのに、未だにわたしがガキ大将だった記憶を引きずっているのか、どうもわたしに対しては強気に出られない。こんなんだけど騎士志望で学園でも一番の腕っこきなんだけれどもね……。


「バート?」

「お、おう……」

「説明して」

「あー……。あのさ、おれたちが付き合うことになったのは言っただろ?」


 バートは髪をかきながら言いにくそうに話を始めた。わたしはそれを腕を組み、仁王立ちになって聞く。臨戦態勢になってしまっているのは許して欲しい。のっぴきならない状況なのだ。


「それがどうしてわたしと付き合って欲しい……という話になるのかしら?」

「あのさー、おれたちずっと三人でいただろ?」

「まあね。幼馴染だから」

「でさ、付き合うことになってエミリーに言おうってニコルと色々話してて気づいたんだよ」

「うん」

「やっぱりおれたちエミリーが好きだって」

「うん?」

「だから三人で付き合おう」

「う゛ん゛?!」


 ――わからない。さっぱりわからないわ。どういうことなの。


 ニコルとバートが恋人になる→わかる。


 話し合ってわたしが好きだという話になる→まあわかる。ずっと仲良くしてたし。


 じゃあ三人で付き合おう→わからない。


「わからない」

「ぼくたち、エミリーも好きなんだよ!」

「わからない」

「おれはニコルも好きだけどお前も好きだって気づいたんだ」

「わからない」

「だから! おれとニコルとエミリーで恋人になりたいんだ!」

「わからない」

「――ちょっと待て。さっきからずっとその答えしか言ってねーじゃねーか」

「だってわからないし」


 わからないし。わけがわからないし。


「ふたりが恋人になったのはわかったわ」

「ああ」

「じゃあ、それでいいじゃない」

「よくないよ。だって僕たち、エミリーも好きだから、エミリーと三人でいっしょにいたいんだ」

「なんで?」

「いや、だから好きだって言ってるだろ。つか、別に三人で付き合っても問題ないだろ?」


 問題あるとかないとか、そういう問題ではない。


 そう。たしかにこの世界では三人で付き合うことは問題ではない。複数恋愛ポリアモリーってやつだ。この世界は多様な恋愛形態が容認されているだけあって、当事者たちの合意さえあればどんな恋愛だって許されるのだ。ポリアモリーは少数派マイノリティだが確実に存在するし、複数婚だって法的に認められている。


「わたしはふたりのこと、恋愛的な意味で好きだなんで一度も言ったことないんだけど?」


 腐女子のわたしにとって最大の問題はそこではないのだけれども、まずはこれだ。


 たしかにわたしにとって、腐ィルターの有無に関わらず、ふたりのことは大事だし、好意的に思っている。今までずっといっしょにいた幼馴染だから、喧嘩だってしたことあるし、短所だって知っている。けれど今はそれらすべてをひっくるめて好きだと言える。――が、そこに恋愛的な感情はない。


「それはまあ追々惚れさせる方向で」

「追々って……ずいぶん自信があるのね? ――というか、言ってしまうけれど、ふたりのそれって友愛の感情じゃないの? わたしに恋愛感情があるとか信じられないんだけど? 別にふたりが付き合ったからって疎遠にするつもりはないから安心しなさい」

「違うんだよ、エミリー!」

「そうだ! お前のことは恋愛的な意味で好きなんだ!」

「ええ~……?」


 なんか必死になってきたな……このふたり。でもいくら言い募られたってわたしに対して恋愛感情があるなんて信じられな


「おれはエミリーで抜いたことがある!」


 おいいいいいいいいいいいいい!? なにカミングアウトしてんだよ! 手段選ばなさすぎだろ! もっと別の方法で恋愛感情があるというアピールはできるだろ! んなこと知りたくなかったわ! ニコルで抜いたという話ならいくらでも聞いてやるが、わたしで抜いたとかゲロもんだわ!


「エミリーのこと、抱けるよ! ううん。抱きたい!」


 そのセリフはバートに言ってくれえええええええええ! ニコルに抱かれる姿とか想像しただけでゲロ吐くわ! ニコルが嫌とかじゃなくて抱かれる自分の姿を想像して! ニコルのファンなら即効で股開くセリフだがわたしに言ってもゲロしか吐けねえよ!


「ちょ、ちょっと、あのねえ……」

「じゃあ一度想像してみてよ! 三人で付き合っているところを!」


 えっ? ふたりといっしょにわたしが……?


 ふたりの顔を見返せば、なんとも必死な顔をしている。


 まあ、シミュレーションしてみるか……。


 付き合って初デートするふたり……に混じるわたし。


 人ごみの中、勇気を振り絞り相手の手を握るふたり……に混じるわたし。


 肩を寄せあっておそろいのお土産を買おうとするふたり……に混じるわたし。


 帰り際、夕日の色を受けてもなおわかる赤い頬をしてキスを交わすふたり……に混じるわたし。


 誕生日にプレゼントを(以下略)


 初めての喧嘩で(以下略)


 初めてのお泊(以下略)


 初(以下略)


 …………。


 いらねええええええええええ!


 いらねえ! 邪魔だよ! クソ邪魔だよ! なんなんだよこのモブ! わたしの最萌えCPのあいだに割り込んで来るんじゃねえ! わたしか! わたしだけど! じゃあなおさらいらねえよ!


 百歩譲って当て馬なら許せる。ハイスペックなスーパー攻め様にむらがるやたらビッチな、最終的にやらかして手ひどくフられたり、攻め様に社会的に抹殺される女ならいい。


 いや、よくないけど。よくないけどふたりにくっつくとか寒い事態になるよりかはよほどマシ。ヤクザ攻めだとマジな死活問題になるけれども、最萌えCPの邪魔をしなければならない業を受けるよりはマシ。


「無理」


 わたしの結論はすぐに出た。


「そんな!」


 ニコルは絶望的な顔をするが、無理なもんは無理である。わたしはひっそりと陰からふたりを見守りたいのだ。そこに混ざりたいという思いは微塵も抱けない。自カプ(自分が萌えているカップリング)の近くの壁や床やモブおばさんになりたい――腐女子ってそういうものなのだ。


「おれたちのことは、好きになれないか……?」

「いや、好きだけど。わたしの好きは友愛だから。まあ、だからあきらめ」

「じゃあ振り向いてもらうまでがんばるよ!」

「いや、だから」

「やっぱりエミリーのことはあきらめられない。絶対に振り向いてもらうからな」

「ちょっと」

「エミリーは好きな人いないんだよね? じゃあぼくたちにもチャンスはあるよね」

「いや」

「よし! エミリーはどんなやつが好きなんだ?」


 話を聞けよ。


 その後、あれこれと口説き落とそうと必死なふたりを振り切り、わたしは校舎に逃げ込んだ。――だが、地獄はここから始まった。

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