第4話 スーパームーンの夜

『じゃあさじゃあさ! お姉ちゃんはどうして魔法少女になったのさ?!』



 桜吹雪の根元で双子は後見人のお姉さんに尋ねたその時。



「……そうねぇ。大事な子を返して欲しかったから……かな?」



 花びら舞う世界で、彼女は桜を見上げ。今までで一番寂しげな笑顔を浮かべたのだ。



 ◇◇◇


 今日は綺麗な桜が満開でスーパームーンの夜だと彼女――後見人の闇示ゆめお姉さんが告げてきた。



『すーぱーむーん?』



 どことなくイントネーションがおかしい(それを知らないからだろう)口調で。双子は彼女を見上げつつ首を傾げた。



「えぇそうよ」



 そんな双子にメイドのお姉さん、闇示ゆめは答えてくれた。



「今日はスーパームーンと言ってね。月が一番大きく見える夜なのよ」



 肩で揃えたさらさらの白金髪プラチナ・ブロンドに深紅の双眸というアルビノ、振り返る者達が後を絶たない美貌のメイド。それが双子の後見人にして自慢の魔法少女お姉ちゃん『闇示ゆめやみじゆめ』さん百三十七億飛んで十五歳だ 。



「今夜はちょうど満開の桜とスーパームーンが見れるいい夜になりそうだわ。二人とも晩御飯は庭で食べないかしら?」



 双子と同じ目線まで屈み。耳にかかるさらさらの自髪を繊細な指先でかき上げて甘く笑いかける闇示ゆめ。



「うん!もちろんだよねヤライ兄ちゃん!!」



 彼女の提案を受けてぶかぶかの袍服ほうふく姿の少年が振り返る。彼の名前はリーラン・トエルノ。双子の弟で魔王の候補である。



「そうだねリーラン。僕も楽しそうだしやりたいな」



 傍らの杖を持ち両目を閉ざした少年が明るく答えた。彼は『ヤライ・トエルノ』。双子のお兄さんだ。



「でもスーパームーンってどんな月だろ? 僕は目が見えないから気になるなー」



 開く気配の無い両目のまま微笑むヤライ。そう、彼は生まれつき目が見えないのだ。



「大丈夫だよ兄ちゃん。ボクが代わりに見るからさ」



 安心してよと親指を立てて片目を閉じるリーラン。ぶかぶかの袖からは指先がちょっとしか見えない。



「あら大丈夫よ。白魔法を利用すれば一時的には見えるからね」



 そんな双子を安心させるように頭の上に手を置きつつ「さ。晩御飯の用意をしましょう」と闇示ゆめは笑顔を浮かべたのだ。


 ◇◇◇


 すっかり日も暮れた頃。三人は庭の片隅にある桜の大樹の下にシートを敷いて座っていた。



「すっごい綺麗な桜だねヤミ姉ちゃん!」



 興奮気味に桜を指差すリーラン。



「えぇ。この桜はちょっと特殊だからよ」



 夕飯を準備しつつ。彼女はふ……っと懐かしそうで少し悲しげな微笑みで夜桜を見上げた。彼らは気づかない。


 空には満月。優しい月明かりがふわりと降りてくる。いつもより大きな満月を見て、なるほどこれがスーパームーンかとリーランは理解した。



「どんな満月かな? そもそも僕は満月見た事無いから判らないや」


「あらヤライ君。ちょっと待っててね……『異なる世界、異なる者よ。互いの意志を互いの内に。開け扉よ。『重なる世界』』」



 静かにヤライの頭に手を当てて。ゆめは静かに『様々なものと会話、もしくは映像化できる呪文』を唱えた。


 淡い輝きが音もなく集い、彼女の手のひらからヤライの頭を夜に吸い込まれるような輝きを纏わせる。



「――! わぁ凄い! これがスーパームーンと満開の桜なんだね!!」



 見た目には閉ざしたままだが魔法の力により外の風景が見えるようになり。ヤライは興奮しきりだ。



「そうよ。綺麗な光景が見えるでしょう?」


「うん! ゆめお姉さんありがとうございます! 初めての風景だねー! 目の見える人は毎日これを見ているのかー……! ねぇゆめお姉さん! 本当にありがとう!」



 興奮気味に。今までの中でも最高の笑顔でお礼を述べるヤライ。



「あらあら、いいのよ」



 そんな彼の頭をぽんぽんしながら、彼女は甘く微笑んだ。その微笑みは現世に現れた女神のように魅力的で。



「う、うん……!」



 母親の顔すら見た事ないヤライにはとても刺激的だった。



「ねぇ、ゆめおねーさん。早く楽しもうよー!」



 リーランが待ちくたびれたように両手を振る。



「はいはい、慌てないの。ご飯もお月様も桜も逃げないわよ」



 ヤライの手を引いて闇示ゆめは向かう。



「本当に綺麗な夜だねー、今日は」



 桜の木の下に設置したテーブルの前でリーランは満開の桜を透かすように浮かんだ巨大満月に感動し。



「庭の桜も綺麗だね……!」



 ヤライは初めて見る桜に感動していた。



「そう言えばヤミねーちゃん?」


「なぁに?」


「この桜の樹ってずっと花が散らないよね? ボクここに来てからいつも花が咲いてるところしか見てないよ」



 リーランは不思議そうに尋ねた。



「あら当然よ。この桜は私の魔力の結晶ですもの。私が死なない限りはずっと咲いているわ」


「へぇー、そうなんだ」


「さ。ご飯にしましょう」



 甘く微笑みながら闇示ゆめは促す。今日の夕飯は、ちょっとだけ豪華。多分彼女がこの為に作ったのだろう。



『うん。いただきます!!』



 双子の感謝の声が重なって。次にはもう、料理に夢中になっていた。



「ふふ、慌てなくてもご飯は逃げないわよ。もっと桜と満月を楽しんだら?」



 優しいが困った笑顔で頬杖つく闇示ゆめに、



「いやでも冷めたら美味しくなくなるから……」


「僕にはお姉ちゃんの料理が初めて見えるんだ! ご飯の方に夢中だよ!!」



 リーランとヤライの双子は景色より食欲のご様子だ。



「やれやれ仕方ない双子ねぇ」



 ゆめは更に微笑むと「ほら口元汚れてるわよ」とリーランの口を拭いてあげる。



「……」



 その柔らかな表情が。リーランには母親と重なって見えたのだ。



「どうしたの?」


「そう言えばお姉ちゃんって本当にお母さんみたいだね?」



 ふとリーランが発した何気ない問いかけに。



「あら、昔は本当にお母さんだったのよ」



 闇示ゆめはにこっと笑う。



「母親……? ヤミねーちゃんが? 魔法少女って若い女の人以外なれないんじゃ……?」


「うんうん。そうだよゆめお姉ちゃん」


「私は特殊よ。十五歳になる前に子どもを――一人息子を授かったのだから」



 そんな双子に彼女は優しく返した。



『じゃあさじゃあさ! お姉さんはどうして魔法少女になったのさ?!』



 桜吹雪の根元で双子は後見人のお姉さんに尋ねたその時。



「……そうねぇ。大事な子を返して欲しかったから……かな?」



 花びら舞う世界で、彼女は桜を見上げ。今までで一番寂しげな笑顔を浮かべたのだ。


 ◇◇◇


「私は昔ね。身体がとても弱かったの。後継ぎを産む前に死にそうだって言われたぐらいにね。毎日血を吐いていたし薬が無いと起きれなかった。……だから薬剤を使って無理やり子どもを産まされたの」


『え……?』



 彼女の口から出てきた言葉に、双子は絶句した。



「仕方ないのよ。お姉ちゃんとある名家の一人娘だったからね。後継ぎは重要な時代だったのよ」



 そんな双子に渇いた笑いを返すゆめ。



「私の気づいた時には相手の知らない息子が一人だけ、ぽつんといた。子どもを産んで更に体力も落ちた私だけど……産まれた命に罪は無いって思って必死に育てていたわ。二度と子どもも授かれない身体になったしね」



 明るく話してはいるが哀しい過去なのだろう。ぱちりと目配せするがちょっとだけ、涙が滲んで見えた。



「でもある時『奇跡を自在に出来るシステム』を人類が構築する事に成功した。その時に私の息子に適性があると判断されて連れていかれたわ。……それから私はあの子を、息子を返して欲しくて探し出したわ」


『それでどうなったの?』



 双子の問いかけに、



「見つけた時にはもう、間に合わなかったわ」



 ぽつりと陰が差す口調の闇示ゆめ。



「息子を私が見つけ出した時、あの子は私の目の前で命を落としたわ。そして奇跡のシステムは失敗だった」


「……」



 双子は何も、答えられない。



「私はあの子を取り返したい一心で奇跡の力を得る為に、自分を生け贄にして……魔法少女システムにして成功させたわ。それでも私の息子は還っては来なかった」


「どうし、て……?」


「『判らない』わ。力が足りなかったからか、それとも死者を復活させるには条件があるのか。私には今まで生きていてそれが一番、知りたいの。そうでなければあなた方の母さんを、マリアベルを復活させてあげたのですから。……ごめんなさいね」



 申し訳なさそうに頭を垂れる彼女。その瞳には、月明かりを受けて輝く滴が見えた。



「ゆめお姉さん……!」


「ヤミねーちゃん……!」



 そんな彼女を見ていて。ヤライとリーランの双子は彼女に寄り添った。



「どうしたの? 二人共?」



 二人に尋ねる彼女に、



「あのさ、ヤミねーちゃん! ボクらが息子になるよ!!」


「そうだよ! 偽物でも、僕らがお姉さんの家族になるよ!!」



 双子が涙を湛えて見上げつつ、偽り無い本心を告げる。



「あら、嬉しいわ。とても……嬉しいわ……!」



 そんな双子の頭を。彼女は優しく撫でてあげたのだ。


 ◇◇◇


 夜もすっかり更けて。リーランはゆめにもたれかかって眠り、ヤライは彼女の膝枕に伏せて眠っていた。まだ体力の無い子どもにはここまで夜更かしは出来なかったようね、と闇示ゆめは空高く昇る満月を見上げて微笑んだ。



「ふふふ! でも本当に良い子達ね、お姉さんとっても嬉しいわよ」



 双子の偽りない好意がとても嬉しかったと。優しくヤライの頭を撫でながらゆめは甘く微笑んだ。



「……でも本当の事は話せないわ。真実はもう少し、残酷だったから。さ、そろそろ二人をベッドに連れていかないと。風邪を引いちゃうわ」



 彼女はそう微笑むと双子を一人一人横抱きで運んで。次は庭の片付けに取りかかったのだ。

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