第5話 わたしの部屋

「なん……だ? この部屋は……?!」



 その部屋に入った暗殺者は、中の異様さに絶句して後退ったのだ。


 ◇◇◇


「……そして還流の勇者ルーティスは双子の魔王を封印したが女神達の怒りを買い、永遠に帰る事は出来ませんでしたとさ」


 

 すっかり夜も更けた深夜、双子の後見人にしてこの館の主『闇示ゆめやみじ・ゆめ』は。寝付けない双子に昔話を聞かせてあげていた。昔話は有名な『還流の勇者伝説』。この世界なら誰でも知っている物語だ。



「ねぇヤミねーちゃん。どうして還流の勇者さまは帰れなかったの?」



 彼女から保護されている魔王候補の双子の弟、リーラン・トエルノが不思議そうに尋ねた。隣に眠っている目の見えない兄のヤライ・トエルノも同じ疑問があるような顔つきだ。



「さぁ、ね……。世界には色んな思いがあるものよ。さ、眠りなさい。明日もきっと楽しいわよ」



 そんな双子への答えをはぐらかしつつも。彼女は優しく双子の頭を撫でて額に口づけをしてあげたのだ。


 ◇◇◇


「さて。朝御飯の準備をしないといけないわ」



 東にある双子の寝室から。彼女は寝静まったのを確認して部屋から出てきた。窓から廊下に降り積もる星明かりと魔法の光に照らされて、彼女の姿が闇の中より浮かびがる。傷まないさらさらの白金髪プラチナ・ブロンドに真紅の双眸、そして柔らかく豊満な肢体が自前の宝石の如き乙女のメイド。それが彼女、百三七億飛んで十五歳の魔法少女、闇示ゆめだった。



「朝は何にしようかしら? 大変だわ」



 ぶつぶつ呟きつつも廊下を歩いてゆく彼女。現在彼女はこの館の全てを独りでしている。双子も率先して手伝いをしているがやっぱり忙しいのだ。


 腕組みをして歩く彼女が廊下の柱を過ぎる瞬間、ぴたりと一瞬足を止めた。



「やっぱりパンね。パンにしましょう。~♪」



 そして手を鳴らすと鼻歌混じりにまた歩いてゆく。


 そんな様子を廊下の影から。一人の中年男性が鋭く観察していたのだった……。


 ◇◇◇


(……何だ。最強のメイドって触れ込みの癖にずいぶんと感が悪いじゃねぇか)



 新月の中で輝く僅かな星明かりを避けるように影から影へ。中年男性の影がするりと入り込んでゆく。


 彼は暗殺者の一団で、この館に匿われた魔王候補の双子を暗殺しにきた暗殺者四人のリーダーだ。今現在この双子にはどの国からも高額な賞金が掛けられていて世界中が狙っている状況だ。


 そんな中で彼ら暗殺者チームに『双子を仕留めよ』という依頼が――とある国から来ていた。魔王候補である双子が生きているのが広まるのがマズいと判断したのだろうか、報酬は破格であったし色々と装備も充実していた。特に館を警備するメイドは最強だと調査内容にまとめられていて、皆警戒を最大にしていた。


 そして彼らはそれぞれ別々に館に入り込んだ、という訳だ。



(悪いが俺が先に始末させてあの姉ちゃんの身体を貰うぜ。悪く思うなよ皆)



 にやりと下品な笑いを浮かべつつ殺意を研ぐ暗殺者。目指すは先ほど彼女が出てきた双子の寝室。東の部屋だ。



『お腹が空いた四匹のネズミさん♪ 豪華な屋敷に迷い込む♪』



 遠くから彼女の歌が聞こえてくる。これから始まる事など露知らず呑気なものだと暗殺者は呆れた。



『リーダーのネズミさん♪ お菓子を狙って西の部屋♪』



 さて、殺害しないとなと彼は殺意を新たにした。双子はまだ八歳の子どもだ。多少暴れられても対策出きるし対魔法用のナイフも装備してあるから問題は無い。だから、西の部屋へと向かわないといけませんよ。


 そう感じた彼は廊下を西に足音無く進み。影に溶け込み先を行く。目指すは双子の眠る東の寝室。その為に彼はホールへの扉を開いた。


 ホールは珍しい――というか金持ちの教会ですらあり得ないクリスタル製のシャンデリアが天井から下がっていた。普通にやったら職人が過労死しかねない細工の出来だ。多分魔法の力で造り出したのだろう。あのメイド姉ちゃんは感が悪い癖に中々凝った魔法だと暗殺者は感謝した。


 その瞬間。彼は死角なので気づかなかったが、階下に人影が現れた。人影は暗殺者より少し若い男性で、彼に気づいて近寄ろうとした。



『ホールをうろつく若いネズミさん♪ シャンデリアに挟まれ死んじゃった♪』



 そしてクリスタルのシャンデリアが音も無く落下して。下敷きになってしまう。壊れたシャンデリアの隙間から、血の川が出来ていた。



(何だ。シャンデリアが落ちてきただけか)



 それを横目で見ていた暗殺者の彼は、ため息をついて死体に降り積もる光に変わるシャンデリアを尻目に先を向かう。目指すは双子のいる東の寝室。そうそう、だから早く西の部屋へと来て下さい。


 次の扉を開き、静かに入る暗殺者。どうやらここは屋敷の奥に向かう廊下らしい。高そうな絵画の掛けられた壁を見つつ彼は先を行く。


 次の扉を開けた時。そこの壁には投擲用の槍が掛けられた廊下が続いていた。今日は新月だというのに何故か穂先は妖しい光を帯びており、歩みを止めるには十分な力があった。


 刹那。廊下の物陰から何かが飛び出してきた。


 気配を察知した彼は槍を手に取ると闇に動く影に正確に放つ。



「が……!」



 小さな呻き声と共に。静かに影は崩れ落ちた。



「何だ小鬼ゴブリンか。あの姉ちゃん本気で警戒心ねぇな。やっぱり姉ちゃんを味見するか」



 暗い廊下を進みつつ足を上げて死体をかわす彼。そこには自分と似た容姿の青年が横たわっていたが。跨いだ瞬間槍が光に変わり、包んで消し去る。



『食いしん坊のネズミさん♪ チーズを争い大喧嘩♪ 一人は冷たくなりました♪』



 ……まだ、遠くからは彼女の歌が聞こえてきていた。歌詞の気味悪さにいい加減に鬱陶しさを感じていた彼は、さらに殺意を固くした。そうそう、だからこっちへいらっしゃい。


 そして入った次の部屋。そこは様々な絵画や彫刻の並ぶギャラリーだった。中々高級そうな物ばかりで好事家に見せれば高値で買い取ってくれそうだ。



(ラファの奴が欲しがりそうだな)



 チーム唯一の女暗殺者を思い出して、あいつはがめつくて時々盗賊紛いの事をする奴だからだと彼は苦笑した。


 そんな時に。彼は黄金と宝石で出来た柄作りの長剣に喉を一突きにされて絶命する女の遺体が壁にあるのを見つけた。



『綺麗好きなネズミちゃん♪ 見惚れる剣に刺されて張り付けに♪』


(何だ、趣味の悪い芸術品だな)



 奇妙な歌を聴きつつぽた……ぽた……と鮮血が滴り落ちる横を彼は通り過ぎて部屋を出る。その瞬間、死体は光に包まれ消えた。後少し、後少し――そうそう後少しですよ――で標的のいる部屋にたどり着く。



(この部屋だな)



 息を潜めて。彼は扉を見上げた。ここが標的の双子が眠る寝室であるのには間違いがない。



(よし。行くか)



 プレートに『わたしの部屋』と書かれたその部屋にゆっくりと侵入を果たし。


 彼は。絶句した。


 ◇◇◇


 そこは一言で言えば『判らないが異常』な部屋だった。


 窓の無い広い部屋に壁は愚か床一面にも描かれた草原の風景画。その中央にはぽつんと床まで染まった血塗れのベッドが置いてある……。


 壁際には書籍がぎっしり納められた本棚。だが内容は全部戦術書と帝王学。彼からは見えないが書籍は全てそれだった。


 何より極めつけは。掛けられた一枚の大きな絵画だ。『翼ある太陽の柄作りの長剣』に貫かれて大木に寄りかかるように眠る白い髪の八歳ぐらいの少年、それが描かれている。



「なん……だ? この部屋は……?!」



 その部屋に入った暗殺者は、中の異様さに絶句して後退ったのだ。



「食いしん坊のネズミさん♪ リーダーは罠にかかって――誰もいなくなりました……♪」



 声に乗せた冷気にびくりとなった暗殺者が見やると。ベッドに腰かけた一人の美少女がいた。白金髪プラチナ・ブロンドに真紅の眼差し。アルビノの容姿を持つこの館最強のメイド、闇示ゆめが。



「な、何だあんた……! ここはどこだ!!」


「人の屋敷に忍び込んでおいて『何だ』はないでしょう? ここはわたしの部屋ですよ」



 ため息混じりに立ち上がり。腰に手を当てながら近寄る闇示ゆめ。



「貴方はこの部屋に導かせていただきました。あんな子どもに、流血と狂気の闇は見せれませんからね」



 にこっと笑う彼女。部屋と相まって闇の深さは計り知れない……。



「バカめ! 俺一人始末しても後三人――」


「悪いけど。もう貴方で最後ですよ」



 彼が言い終わる前に割り込んで。広げた腕から手品のように血塗れの得物を床に落とす闇示ゆめ。



「ノイッシュ……イグニス……ラファ……!」



 乾いた音を立てて床に転がる武器達を見て、彼は後退る。全部見覚えのある物、そう自分のチームの武器だったからだ。



「最後は貴方よ。おやすみなさい」



 言い終わる前に、左手薬指の指輪から光の渦が現れ彼女の回りを巡る。



「言の葉紡いで時の中。久遠の彼方に向かいゆく。尽きし命は還りゆく。廻る円環螺旋の中でまた次へ」



 光は優しく彼を包み、一切の執着無く彼の全てを肉体から解き放つ。



「迷い無く還れ円環のある平原の中へ。全ての想いを捨てて新しい力となれ。託せ委ねよ命達。明日を願う旅人へ。想いは消えるとも語りは消えぬ」



 やがて彼と足元の武器達は癒しの白魔法に飲まれて消滅した。



「これで浄化は終わりね。皆おやすみなさい。次は仲間達と良い旅を」



 闇示ゆめは散った命に深く頭を下げた。



「とはいえ、ちょっと精神支配の魔法で誘き寄せるなんてやり過ぎたわね。……相変わらず、嫌になる部屋ねここ。私この部屋大嫌いだわ」



 うんざりと呻きつつ。この部屋を嫌そうに見回す彼女。その本気で嫌悪を露にした表情が、ここに来たくなかったのだと物語る。

 

 音も無く歩き、ゆめは壁に掛けられた絵画を見上げる。


 剣に胸を貫かれ眠る少年。それでも彼は死んでいるようには見えない。その剣を引き抜けば、きっと起き上がりそうな雰囲気だ。


 絵画の名は。『還流の勇者ルーティス』と書かれている。



「我が師匠。おやすみなさい」



 そして彼女は深く頭を下げたのだった。

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