第3話 氷嵐の止んだ日
「だからあの
魔法少女『
◇◇◇
静かな雨が降りしきる時、小さな影はその屋敷の前に現れた。
「ここか。魔王の後継者が潜んでいるらしい場所は」
まだ十五歳ぐらいの影はフードを取り右手の甲にある『翼ある太陽のアザ』を輝かせる。
彼は故郷では勇者と呼ばれ『始めた』少年だ。
「魔王の後継者を潰せば俺も皆から受け入れられるはずだね。頑張らないと」
彼が屋敷の庭に踏み込んだその瞬間。扉が開いてメイド姿の美少女が現れたのだ。
◇◇◇
「べんきょーって大変だねぇー」
とある雨降りの昼下がり。中華風萌え袖の魔王候補、リーランは机に伏してうんざりと呟いた。
「あら、ちゃんと勉強しないと駄目よ」
そんな彼をアルビノのメイド美少女ゆめが窘める。彼女は双子の魔王候補の後見人だ。
「でもゆめお姉さん。勉強って何の役に立つのかな?」
そんな彼女に目の見えない少年、『ヤライ』が尋ねた。
「こういうのは役に立つの、というよりは役に立たせる物よ。それに。もっと力が欲しいと思った時とか、もっと力を上手く使いたい時に助けになるわ」
さぁ勉強よと書籍をめくる彼女。しかし双子はもう満腹と言わんばかりの顔で互いを見合せている。
「それならゲームにしましょうか。遊びの中にも学びはありますからね――?」
そんな雰囲気に気づいて提案した刹那。ゆめが
「どうしたの? ゆめお姉さん?」
「……好ましくないお客様ですね。ちょっと追い返してきます。貴方達は隠れていなさいね」
双眸を細めそう返すと。彼女は扉から駆け足で出てゆく。
「ねぇヤライ兄ちゃん。行ってみる?」
わくわくしながら持ちかけるリーラン。
「いや好ましくないお客様って言ってたからダメだよ――ってリーラン聞いてないっっ?!」
返事を待たずに飛び出したリーランを追いかけて。ヤライも嘆息しつつ飛び出していった。
◇◇◇
静かに降りしきる雨の中で、その少年は右手のアザを輝かせ。燐光をまとう大剣を激痛にしかめた顔で手にした。
この力は『アバス』。とある伝説に伝わる力で、この世界では勇者の証と謂われている。
「まだ魔王は倒せないけれど魔王の後継者は先に倒す。何が何でもだ」
彼が庭に足を踏み入れた瞬間。
「小さな侵入者様、お引き取り願いますか? 今なら――『まだ』間に合いますよ」
扉が静かに開かれゆめが立ち塞がる。
「メイドに用は無い。さっさと退きな」
「私はここの館主よ。そういう訳にはいかないのよ」
「じゃあ消えろ」
瞬間。彼が全力で横薙ぎに振るう大剣が殺意の氷嵐を放つ。屋敷すら凍てつかせそうな殺意の大寒波は悲しげな彼女に殺到し。
あっさり彼女を飲み込んだ。
「俺のアバスは『即死の力』。ここに来る前だって何百も殺した。判ったならさっさと死んでい、ろ……?」
そこまで語って。血が滴り落ちる彼は絶句し後退る。
「私の力は『相転移』、いかにアバスとはいえエネルギー化させるので効きませんよ」
何故なら。殺意の氷嵐を阻むように逆巻く光の渦が立ち昇っていたのだから。
「悪いですが貴方を逃がす訳にはいかなくなりました」
やがて弱まる光の渦から腕組みをし、目頭を拭うゆめの姿が現れる。
「効かないなら何度も挑めば良いや」
彼女の変化に気づかずそう返すと少年は飛び上がり、
「はぁああっっ!!」
上空から冷気をまとう大剣を振り下ろしてお見舞いする。
ゆめはそれを右に跳んで避けると。横から斬り取るような鋭い蹴りを横腹に入れて彼を弾き飛ばす。
「がはっっ!!」
思い切り横に転がって迎撃される少年。
「貴方にはここで眠って貰うわ。永遠にね……もう『手遅れ』だし」
「断る!!」
ゆめの通告を却下し少年はすぐさま跳ねて。輝く大剣を『激痛に顔をしかめながら』袈裟斬りに振るう。
彼女は避けない。虚空に魔力を集め『翼ある太陽の鍔造りの大剣』の形にすると、
「はぁ!」
そのまま大剣の一撃に同じ一撃ぶつけて弾き返す。
「ぐ……?!」
重い一撃に体勢を崩す少年。
すかさず彼女は大剣を光の結晶のように分解し。サーベルに変えて斬り込んでゆく。
今度は大剣のように振るわない。斜め下から斬り上げる。
少年もそれに応じて大剣を振るも、彼女の速さに追い付けない。
「うぐぅ……!」
一太刀、また一太刀とサーベルの一閃を浴びて。彼は後退る。
もちろん彼だってただで引く訳は無い。間合いに飛び込んだ彼女に思い切り大剣を横薙ぎに振って迎撃する。
そしてそんな物が彼女に通じる筈は無かった。踏み込んだ瞬間に宙返りをして鮮やかにかわし、また刹那に詰め寄る。
「ねぇヤライ兄ちゃん! こっちだよ!!」
「だからリーラン! 駄目だってお姉さん言ってただろ!!」
その瞬間。瑞々しい双子に声が乱入する。
「――?!」
ぴたりとサーベルの切っ先が止まるゆめと、
「あれが魔王の子どもか……! 死ね!!」
持ち直し隙を突いて。吐血しつつ全力で氷嵐を叩き込む少年。
ゆめはサーベルを消すと一瞬で光の渦で防壁を創り出し、双子を守る盾になる。
「これならお前らを殺せるな! 死ね! 死ねよ!!」
彼女に少年は渾身の力を叩き込み続けた。
◇◇◇
「君たち、お姉さん隠れていなさいって言わなかったか、な……?」
少年が放つ殺意の氷嵐を光の渦で容易く吸収しながら。ゆめはキツい口調で咎めた。
「ご、ごめんなさい……」
「ごめんなさいお姉さん!」
まさかこんな状況とは思わなかったのだろう。双子は全力で謝った。
「まぁいいわ。来ちゃったものは仕方ないから全力で守るわ。……私はあの子の事もあるし」
「今来ている少年の事?」
ちらりと氷嵐の先に視線を向ける彼女に、リーランは尋ねた。
「あの子は『アバス』を手にした勇者よ」
『アバス?』
双子の問いに、
「聖剣に誓いを立てる事で得られる力よ。通常の魔法よりも凄まじい力があるわ。そんな力を持っている人を『勇者』って呼ぶのよ」
ゆめは氷嵐を振るう彼を見据えたまま答えた。
「じゃああのお兄ちゃんも聖剣に……?」
「いえ。あれは生まれつき、ごく稀にそんな子もいるのよ。……あの子の力は『即死の力』。何でも殺せるわ」
私は大丈夫だけど、と呟きながらも。彼女は衰弱しながらも氷嵐を放つ少年から目を離さない。
「――あの子は私が倒すわ。貴方達は下がっていて」
ぽんと双子の頭に手を置くゆめ。
『どうして?!』
「異なる世界、異なる者。互いの意志を互いの内に。開け扉よ。『重なる未来』」
双子から問われるも彼女は何も答えず、白魔法の一つである『様々なものと会話、もしくは映像化出来る呪文』を唱えた。
『……!』
そして暴れ狂う氷嵐から流れ込む風景は双子を絶句させた。
物事ついた時に即死の力を発現した少年は故郷から追われ、力を呪い憎みながら独りぼっちで生きてきた。
やがて彼は故郷で『魔王とその後継者を殺せば帰って来てよい』と言われ、快諾して旅に出たと。
その時に少年を見ていた者達の笑顔は双子には忘れられない。
皆、笑っていた。故郷での腫れ物の一番楽な『処分方法』だと言わんばかりのにやけた笑顔。自分達は汚れないで済むという、安堵の笑顔だ。
少年もほんのりとは気づいていたが……独りぼっちには耐えられず、選んでしまい。求められるまま自分が憎むこの力を振るい続け。命を削り過ぎてもう風前の灯だという事。
そして。そんな状況でも力を使い続けなければならない無念さが。様々な事が流れ込んできた。
「判ったでしょう? あの子はもう、持たない……。そしてあの力がある限りきっと安らぎは訪れないわ」
そこまで答え、彼女は真っ直ぐ少年に向き直り。
「だからあのアバスだけは何が何でも壊す! 死にゆくあの子の命の為に!!」
彼女はそう叫ぶと光の防壁を津波に変えて押し返した。
◇◇◇
その日故郷に帰った少年は皆から暖かく出迎えられた。皆が自分の事を嫌がらないで受け入れてくれた。自分を捨てた両親も笑って受け入れてくれた。少年も嬉しくなって泣いた。
……そんな『夢』を見ていた。
「言の葉紡いで時の中。久遠の彼方に向かいゆく」
挑んできた少年は今、ゆめに膝枕をされていた。
「尽きし命は還りゆく。廻る円環螺旋の中でまた次へ」
彼女の膝の上で小さな吐息を立てる少年。土気色の顔は間違いなく死にゆく者の顔だ。
「迷い無く還れ円環のある平原に。全ての想いを捨てて新しい力となれ。託せ委ねよ命達。明日を願う旅人へ。想いは消えるとも語りは消えぬ」
だけど。笑顔だった。満ち足りたような少年らしい笑顔。きっと素敵な夢でも見ているのだろう。全ての願いが叶った、夢を……
「おやすみなさい。坊や」
ゆめは甘く微笑んで、そっと手を握って癒しの魔法を完成させてあげる。
少年は笑顔になって――そのまま桜の花びらになって消える。
後には逆巻き花びらが雨空に吸い込まれるように、舞っていった……。
◇◇◇
「あの子はここに来る前にも力を使い続けて……もう、命が終わっていたわ」
未だに雨が降り続ける中、窓辺で椅子に座りながら。ゆめはナイフで小さな木彫りをしていた。時刻はそろそろ黄昏時。暗くなってくる時間だ。
「アバスを持つ勇者は無意識的にこの力を憎む。それは力で自分の全てをねじ曲げているから。それが更なる力を呼ぶの。だから彼を技術で圧倒し、力を破壊するしかなかった。この力は世界から願われて存在しているから、そんな破壊しか出来ないの」
彼女が丁寧に木片を削っている間、双子は傍らで黙って見守るしかなかった。
「……よし。出来たわ」
彼女はそう答えると。滑らかにした小さな木片を窓辺に置いた。
そこにはこう書かれている。『小さな勇者『オフェル』、ここに眠る』と。
「あの子には名前が無かったから。こんなものじゃ
そう呟いて。彼女は手を組んで双眸を閉じ、『おやすみなさい』と祈る。
「ねぇ、ゆめお姉さん……」
「ヤミねーちゃん……」
心配そうに尋ねる双子。
そんな双子に彼女は振り返り、少し強めに抱き寄せた。
『お、お姉ちゃん……?』
「今日を忘れないで。人はね、こんな時に思うの。『もっと勉強していたら』、とか。『もっと力を上手に使えたら』、とか。『もっと力があったなら』とかね……」
上擦った声に後ろ髪を撫でられながら。彼女の頬から伝い落ちてくる熱い滴を見て。双子は今日の日を絶対忘れないと、固く誓ったのだ……
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