メイドスレイヤー

HiroSAMA

3Dプリンターから生み出されたソレは黒い装束をまとったメイドだった。

 

SIZUKANA KOHAN no MORI no KAGE kara ~ ♪

 SIZUKANA KOHAN no MORI no KAGE kara ~ ♪


 その曲を耳にした瞬間、廃墟に隠れていた少年は全身をこわばらせた。


「まずい、ここの電源は生きている!?」


 繰り返し再生され、エコーを響かせる続ける楽曲に、少年は追い立てられるように電話機を探す。

 瓦礫の下に隠れていた電話機ソレをようやく見つけ、急いで電話線を引き抜く……がそれでも音楽は鳴り止まなかった。


SIZUKANA KOHAN no MORI no KAGE kara ~ ♪

 SIZUKANA KOHAN no MORI no KAGE kara ~ ♪


「くそっくそっくそっ!」


 少年はベソをかきながらも、両手で抱えた瓦礫で電話機を殴りつける。

 スピーカーを破壊することで、ようやく鳴り止むがもう手遅れだった。


 音源データを受け取った3Dプリンターが活動を開始する。


 ガチャガチャという粗雑な機械音を立てながら、ソレ・・は足下から高速製造されていく。


「ダメだ、もう……」


 少年は絶望に捕らわれるが、肉体は脅威からわずかにでも遠ざかろうと動く。


 それはほんの数秒の間だけ実現した。

 それはほんの数秒の間しか実現しなかった。


 やがてソレ・・が完成すると、長いまつげに彩られたまぶたをゆっくりと上げる。

 そして、ひと呼吸もせぬうちに、逃げる少年の前に立ちはだかり、手にした大鎌を向けた。


「ご主人様どちらへ?」


 3Dプリンターから生み出されたソレ・・は黒い装束をまとったメイド・・・だった。


 少女を思わせる幼い顔つきと小柄な体型。

 無機質な光沢を帯びた肌を包むのは、21世紀のマンガを思わせるコケティッシュなデザインのメイド服。


 3Dプリンターと遠隔操作できるドローン技術発達。これらの技術を組み合わせたことで、設計図を送信すれば一般家庭ですら人造メイドの製造が可能となったのだ。その技術は瞬く間に世界中へと普及した。


 従順で有能。

 そして安価で量産性にも優れている。

 なにより決して色あせぬ美貌はまさに理想の下僕メイドを体現していた。


 それが暴走を開始し、人類に反旗をひるがえすまでは……。


 黒のメイド服コンバットドレスに身をつつんだメイドは恐慌状態に陥った少年をしばし観察し、微笑を崩さぬまま斬りつけた。

 逃げだそうとする少年の背が大きく切り裂かれ、鮮血が飛び散る。


「やっ、やめ……たすけてくれ」

「あら、旧人類ごしゅじんさま。わたくしめのご奉仕はお気に召しませんか?」


 3Dプリンターから生み出された人工生命体メイドは、鼠をいたぶる猫のようにジワリジワリと少年の命を削っていく。

 もう、生き残る希望はすぐに失われ、残されたわずかなじかんで、みっともない悲鳴をあげることしかできない。


「それでは旧人類ごしゅじんさま、よい夢を……」

 もう飽きたと言わんばかりに大鎌をふりあげたメイドは、最後の奉仕を少年に届けようとする。


 だが突如放たれた二発の銃弾が寸前のところで大鎌それを防ぐ。


「我がご奉仕を妨げるとは何者だ!?」


 銃跡を残した大釜を構え直し振り返るメイド。

 その視線の先には硝煙をあげる二丁のハンドガンを構えた、純白の衣装に身を包んだメイドが立っていた。


「我が名はメイドスレイヤー。人類に敵対する悪しきメイドから人類ごしゅじんさまたちを守るナマのメイドだよ!」


 計算し尽くされた理想と対極する、実践の中で磨かれた肉体。繰り返される過酷な戦闘は無垢な少女から優しさを奪い、かわりに戦う力を身につけさせた。死地を乗り切るたびにその髪は荒れ、いまや一片の色も残ってはいない。


 それは現存する唯一の野生メイド。

 人類に反逆したメイドに家族と友を殺され、復讐のために銃をとった少女のなれの果てである。


 二丁のハンドガンで弾丸を撃ち出すと、プラスチック性の黒メイドを追い詰めるメイドスレイヤー。その弾丸は人類を圧倒した殺戮メイドたちの黒いメイド服コンバットアーマーを容易く貫いていく。


「馬鹿な、弾丸ごときで我がメイド服が汚されるだと!?」

「なにを言う、この銃は貴様らとおなじ3Dプリンター製。ならばソレを貫けぬ道理などない!」


 ボディをひび割れさせたメイドが、瓦礫を背に倒れ込む。


 まだ活動を続けるメイドを完全破壊するため、メイドスレイヤーはまだ熱い銃口を向ける。

 すると、メイドは左半分失った顔で歪な笑みを浮かべた。


「これで追い詰めたつもりかしら? おめでたいこと」

「負け惜しみを」

「本当にそうかしら?」


 黒メイドの口から音楽が紡ぎ出される。


SIZUKANA KOHAN no MORI no KAGE kara ~ ♪

 SIZUKANA KOHAN no MORI no KAGE kara ~ ♪


 すると、ふたたび3Dプリンターが起動をはじめる。


「しまった!?」


 引き金をひき、眼前のメイドを完全沈黙させるが、それはすでに手遅れだった。

 無数のプリンターが動き出し、新たなメイドを産み出していく。


 メイドが稼働を始めるより先に銃弾をばらまくメイドスレイヤーだったが、無数に存在するプリンターを瞬時に止めることはできなかった。


 かつて人類が栄華を極め、メイド達を消耗品と使い捨てていた時のように無数のメイドたちが生みだされていく。

 そして、黒色の大鎌を手に次々とメイドスレイヤーへと襲いかかるのだった。


 懸命に反抗するメイドスレイヤーであったが、その銃弾も体力も有限だった。

 やがてその凶刃に屈し、血の海に沈む。


 メイドスレイヤーの奮戦を観ていた少年も、すでに血を失いすぎその鼓動はとまっていた。


 またも人類はその希少な命を抵抗むなしく失う結果となったのだ。


 人類に勝機は……ない。


SIZUKANA KOHAN no MORI no KAGE kara ~ ♪

 SIZUKANA KOHAN no MORI no KAGE kara ~ ♪


SIZUKANA KOHAN no MORI no KAGE kara ~ ♪

 SIZUKANA KOHAN no MORI no KAGE kara ~ ♪

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