第32話 想い07

 藤堂が女子に人気があるのは知っているが、なんとなくそれとも違うような雰囲気。彼女たちの視線は藤堂だけではなく、峰岸にも注がれているような気がする。


「どうしたんですか?」


 僕の背に貼りついた峰岸を引き剥がして放りながら、藤堂は首を傾げる。そして僕は周りの空気と片寄った人口の意味になんとなく気がついてしまった。


「ん、いや。なにも聞かなかったことにする」


 遠くで黄色い悲鳴が聞こえたけど気にしないことにする。


「藤堂っ、やっと帰って来てくれた」


「ちゃんと見ておいてくれって言っただろ」


 藤堂の姿を見た途端、神楽坂はすかさず立ち上がる。しかし両腕を広げ走り寄ってきた神楽坂の頭を片手で押さえそれを遮ると、藤堂はあからさまに顔をしかめた。


「ちゃんと見てたんだって、でもこれ以上は無理無理」


「ほんとに見てただけだろ」


「なんの話?」


 二人の会話に僕が首を傾げると、藤堂は曖昧な笑みを浮かべながら振り向いた。


「いえ、なんでもないです」


 椅子を引いて僕の横に腰かけた藤堂を見つめれば、ますます困った顔で笑われる。どうやら僕の問いかけに答えるつもりはないようだ。


「別にわざわざ先生に言うようなことじゃないですよ」


「ふぅん」


 藤堂の答えに少し不満をあらわにした声が出てしまう。胸の辺りでモヤモヤするこの気持ちは軽い疎外感だろうか、実に不愉快だ。


「ただ藤堂は、会長がニッシーに変なことしないように見ておいてくれって言っただけ」


「は?」


 先ほどまでのように机の端から顔を出していた神楽坂はしれっとした表情でそう呟く。けれどその声に慌てた素振りを見せ、藤堂は肩を落とし額を押さえた。


「余計なことは言うな」


 うな垂れて下を向く藤堂の耳が少し赤い。それに気がつき僕は大きく目を瞬かせてしまう。今朝も言われたアレか、すっかりそんなこと忘れていた。というよりもこんな人のたくさんいる場所で、なにかがあるなんて考えも及ばなかった。


「心配かけたのか、悪い」


「いえ、先生がそういうことに疎いのは知ってますから」


 微かに息を吐き机に頬杖を突いた藤堂は、眉尻を下げて苦笑いを浮かべた。普段でも十分過ぎるほど心配性なのに、余計な心配をかけてしまって申し訳ない気分になる。


「人を害虫みたいに扱うなよ」


「間違いなく害虫だろ」


 藤堂は不機嫌そうな声でそう言うと、僕の隣に立って肩に腕を回そうとした峰岸の手を払う。

 やはり二人揃うとすぐこうなるのか。どこか居心地の悪い雰囲気に肩をすくめると、視界の隅で神楽坂も同じように苦笑いを浮かべて肩をすくめた。


「なんでお前たちはすぐ喧嘩になるかな」


「喧嘩してるつもりはないですけど」


「ちょっとからかってるだけだろ」


 峰岸の言葉でまたピクリと藤堂のこめかみが震える。やはり原因はこの峰岸の発言と行動だろう。なぜここまで執拗に藤堂の神経を逆撫でするのかがわからない。やはりその反応が楽しくて仕方がないのだろうか。嫌がることをして喜ぶなんてどれだけ子供なんだと突っ込みたくなるが、にやにやと笑っている峰岸を見ているとなにも言えなくなる。こちらにまで火の粉が降ってくるのは嫌だ。


「とりあえず峰岸はその悪い癖、気をつけろよ」


「うーん、気をつけようがないけどな」


 いつものように、悪びれた様子もなく肩をすくめるその姿にため息がもれる。悪い奴だとは思わないけれど、この王様気質どうにかならないものか。でもやはり峰岸だから仕方ないなぁと思ってしまう自分もいる。


「あ、そうだ、会長。さっき聞きたかったんだけど」


「なんだよいきなり」


 なんとも言いがたい雰囲気が漂っていたが、それを打ち破るように神楽坂がその場で立ち上がり挙手をする。あまりにも突然過ぎる行動にさすがの峰岸も訝しげに目を細めた。


「いや、会長が仕事してるあいだって話しかけにくいから、みんな困ってたんだよね、ねぇ」


 そう言って神楽坂が後ろを振り返れば、周りの者たちもぎこちなく頷いた。


「そのままにしとくなよ。つうか、捕って喰うわけじゃないんだから、声かけろ」


 峰岸のその言葉に一瞬だけ――いや、喰われそうだ、というみんなの声が聞こえそうなくらい、微妙な空気になった。けれど峰岸はブツブツ言いながらも、ほかの生徒たちがいる場所へ足を向ける。色々と目に余る部分はあるけれど面倒見は悪くないんだな。


「神楽坂」


「ん?」


 峰岸がいなくなると、その背を追おうとした神楽坂をふいに藤堂が呼び止める。


「悪い」


「いいや、なんか俺たち馬に蹴られて死んじゃえ的な?」


 藤堂の言葉に満面の笑みを浮かべそう返した神楽坂は、何事もなかったように去っていった。そして僕ら二人は神楽坂の背中を見送りながら、目を丸くしそのまま固まってしまう。


「藤堂、神楽坂になんか言ったか?」


「いえなにも」


「そうか」


 なんとも言えない雰囲気に僕は小さく息を吐いて、とりあえず開きっぱなしの弁当へ箸を向けた。黙々と箸を進めていると、頬杖を突いたままそれをじっと見ていた藤堂が、突然なにかを思い出したように身体を起こす。


「そうだ。今日は一緒に帰れますか?」


「ん、まあ。帰れないことはないかな。少しここに顔を出さないと駄目だけど、そんなに遅くならないと思う」


 基本、書類の承認だけしてくれればいいとのことだが、放課後は一、二年の実行委員と一部の三年が集まるらしいので、顧問としては少し顔を出さないと体裁的にまずいらしい。言われるまでもなく昼と放課後はできる限り出るつもりではいたが。しかしそう考えると生徒会役員は朝から晩まで大忙しだなとしみじみしてしまう。


「じゃあバイト休みなので、準備室で待っててもいいですか」


「え、ああ、そうなのか」


 思いがけない誘いに少しだけ心臓の辺りがぎゅっとなって、頬が熱くなってくる。そして藤堂が嬉しそうに笑えば、加えて心臓が跳ねた。

 我ながら恥ずかしいことこの上ない。

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