EP3「あざらしの夜明け」
―――万物を破壊するあざらしの劫火が閃かんとした刹那、空の果てから異様な波動が伝播した。
莫大な熱エネルギーの応酬によって引き起こされた上昇気流と、それが生み出した暗雲を切り裂いて、シャチントンD.C.を更地に変えたのと同じ絶技が飛ぶ。
光球が弾け、青黒い爆炎が嵐の卵の中で荒れ狂った。
その光景を見た大英雄ライオネルと悪魔ンガ・マージャは……ただ言葉を失い、まるで生まれたての小鹿のように震える他なかった。
核弾頭? 反物質爆弾? 重力子フレア空間破砕砲? 全く比ではない。地図も書き換わるはずだ。否、惑星の環境そのものにさえ影響を与えるはずだ。
生物であろうが非生物であろうが、あんなものに直接曝されて耐えられる存在など、このアニマルバースにあるわけがない。
あれがもう一度、シャチントンD.C.に向けられていたら。シャチ共和国は完全に滅亡し、そして自分たちもまた帰ることはなかっただろう。
そう―――。
「……もふ?」
ライオネルは、思わず祈りを捧げていた。
誰か、どうか。あの蕃神、地獄めいたものを、あざらしを、どうか消し去ってくれ。アニマルバースに光あれ。我々を救ってくれ。我々を見捨てないでくれ。
果たして、そんな彼の英雄らしからぬ内心を知ってか知らずか、奇跡は起きた。
「あ……、あれは……?」
激しく逆巻き、唸るばかりだった黒雲の隙間から、鋭い白光が差し込んだ。
ワープ・ドライブ直後の亜空間ゲートをまっすぐ通り抜けて、もう一柱の新たな神性が降り立つ。
「ほう」
纏う霊気と同様の、ごまの純白を超えて透明にすら映る銀嶺には、先の光球の炸裂を受けて尚、埃ひとつ付着していない。
破壊の混沌が吹き荒ぶ戦場に、突如として現れた"それ"の身体に色はなく、継ぎ目はなく、突起も凹みもごく最小限しか設けられていない。
「……天使」
水滴に似て緩やかに尖った後頭部と、二粒にまで圧縮された宇宙のような極黒の瞳と、背に揺らめく不定形の翼――熱帯に住まう鳥類の体色めいた、6つの鮮やかな青い炎――だけが、その未確認人型実体の持つ外観の全てだった。
「―――……作戦目標を確認」
鈴を転がすような音響が、天地を支配するが如き重圧を伴って告げる。
天使の周囲の空間を陽炎が侵食し始め、夢と現の境界が曖昧となる。
小さく、生白い掌が、ゆらりと掲げられた。
「排除行動、開始」
空が落ちた。
仰ぎ見る世界の全てが牙を剥く。至る所で漆黒の稲妻が弾け、宇宙が軋み悲鳴を上げる。
「ごまっ!?」
あざらしの身体が傾き、勢いよく地面へと叩きつけられる。
ごまは必死に抵抗したが、天使の生み出した不可視の斥力は尚も増幅を続けた。先の戦闘を経てもわずかに残存していたシャチントンの摩天楼、ビル群の壁面が一斉にひび割れ、砕け散った窓
「重力操作の能力か……! 一応は味方のようだが、なんと恐ろしい力だ」
「……生命反応を確認。解析開始―――完了」
敵手へと超重力による圧殺を試みる一方、天使はライオネルたちの方にも意識を投じていた。感情の見えない真っ黒の眼が、生き残ったライオネルとマージャを見ている。
「え?」
「記録との照合開始……完了。協働可能な勢力と断定。戦力評価、カテゴリーB。ただし負傷により戦闘継続は困難」
「ケッ! 正直者だなぁオイ、ムカつく野郎だぜ。……ま、事実だししょうがねぇけどよ」
「"ジャック"の使用許可を申請……インプット済みの作戦要綱より、全兵装の使用許可を確認」
右手でごまへの重力攻撃を保ったまま、天使は彼らに左手を向けた。
「な……ま、待てッ! 待ってくれ! 我々は味方じゃなかったのか!?」
「クソが……! おいライオネル、動けるか!? 上等だゴラ、あの忌々しいあざらし諸共―――」
「ESP抵抗指数、計測。許容範囲。『
瞬間、ライオネルとマージャの全身から力が抜けた―――文字通りに。
超人たる資格を失った身体は、もはや彼らの誇る不撓不屈の意志に応えることは無い。
「なっ……!? あ、が……く……体、が……っ!」
「ゲボッ」
肺から逆流した大量の血液がライオネルの喉に溢れる。
彼の超人心臓「ライオン・ハート」は今やその機能を完全に損ない、パワーの源が失われた……否、奪われたことによって、ライオネルの肉体が備えていた耐久力・治癒力が平凡なライオン族の水準へと落ちたのだ。
そして、一度そうなってしまえば、戦いで負った傷が素早く癒えるような奇跡は起こり得ない。ごまとの激しい戦闘で受けたダメージは、ただの凡庸なライオン族に戻ったライオネルに耐えられるものではなかったのだ。
マージャの方も似たような状態である。彼は比較的遅く参戦し、ダメージもごまの
「
奪われた「異能」は細やかな白い粒子となって、天使の両腕へと吸い寄せられていく。たちまち粒子は渦巻き、混ざり、固まり形を成す。
無敵の獅子頭の英雄を支えた超人心臓は、天使自身の体長をゆうに三周りは上回る、極めて巨大な削岩機めいた突撃槍に。
破壊と狂乱の申し子たる魔人から取り出された暗黒は、冥府から現れ出でたが如き歪にして兇悪な造形の刃を持つ鎌へと変じた。
ライオネルとマージャ。それぞれアニマルバースの光と闇を象徴する力を一手に備え、蒼い炎を背に戴いて空に佇む天使の姿は、まさに大いなる絶対神の御使いだ。
「完了。―――高濃度圧縮光子、臨界収束」
天使の操る異形の矛は、また神の怒りたる極光を撃ち放つ砲弩でもあった。
槍の先端に複雑怪奇な紋様が浮かび、刻一刻と密度を増す紫電が唸りを挙げて迸る。
「
何千倍にも増幅した重力に囚われ、無防備に晒されたままのごまの背に、万物万象を灰燼と帰す神威の雷霆が突き刺さった。
砕ける大地。噴き上がる業火。シャチントンの町は今度こそ決定的な致命傷を受け、以後300年以上に渡り不毛の世界と化すのだが、それはまた別の話だ。
「ゴオオオォォォォォォォウ……」
黄金色の闘気が弾ける。
あざらしはまだ倒れていない。
「―――マアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!」
ついぞ己に課せられた巨重を打ち破り、ごまは一挙に空へと駆け上った。
あざらしの跳躍を認めた天使も動く。左腕の鎌を引き絞り、襲い来る獣を迎え撃つ。
衝突―――ごまの拳と天使の刃がぶつかり、爆発じみた絶大なショックが空間を揺さぶった。
「少しは……できる輩が来たようだ」
「……」
額に青筋を浮かべながらも嘯くごまに対し、天使はただ冷徹な目線のみを返した。
鋭い攻防が繰り返される。持ち前のスピードで怒濤の如く連撃を重ねるごまと、得物の長さや重さを一切感じさせない流麗な動作で的確に反撃する天使。
「―――――!」
「こいつ!」
状況は互角であるように見えたが、それでもわずかずつ天秤は傾いていった。
まず、ごまは既に二度の戦闘を経て、多少なりとも疲弊している。アニマルバースを代表する精鋭らとの戦いでは、ほとんど全身に及ぶ肉体の高速再生を立て続けに行ったのだ。結果的には余裕のある勝利を収めたとはいえ、決して無視できる消耗ではない。
傷が増え始めた。一打を見舞った隙に頬が裂かれ、蹴りを叩き込んだかと思えば肩口を槍の穂先が掠めている。
「ごまアァッ」
「
「ごまっふ……!?」
途端、天使の動きが変わった。
より素早く、より巧みに。ごまの戦闘機動への対処に最適化された攻勢が、ついにあざらしの喉笛に喰らいつく。
読者諸兄への紹介が遅れたが、シャチントンD.C.は――シャチ氏族が住まう惑星オルシカーラの多くの都市がそうであるように――街そのものが海の上に建設された
「
雷霆が再び迸る。
此度は一射では終わらない。次々と叩きつけられる大火力砲撃が、ごまをその場に縫い留めて離さなかった。
それと同時、天使は左手の大鎌を掲げ、
「
宣告と共に、周囲一帯の空間が捻じ曲げられた。
雷雲が逆巻く曇天に、突如として漆黒の斑模様が浮かび上がる。オルシカーラの標準時刻は、我らが太陽系の暦で喩えるならばちょうど正午を指しており、また公転の主たる恒星ケルメェスも依然として高い位置にあった。しかし、いま空を引き裂いてその版図を広げつつある黒い領域は、地上全土を慈悲深く覆い隠す夜の帳に相違なかった。
重力に引かれ宙が落ちる。赫灼の軌跡を描きながら、絶滅を呼ぶ鉄槌が墜ちてくる。
ヤルダ・イクストリーモの空間転移兵装によって召喚された
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
スーパー・パワーを失い、今はただ1頭の孤独な獅子に戻った
己の頭上に降り注ぐのが瓦礫か流星かという段になれば、まだ前者の方が生き残れる目があるとマージャは踏んだのだ。たとえ比べることすら馬鹿馬鹿しい惨状であっても。
「ゴォマアァァアアァァァァァァァ―――……」
そして暴れ狂う隕石と渦潮、炸裂する天変地異の最中にあって、ごまもまた無力な1匹のあざらしでしかなかった。
獣は深い海の底へと沈んでいく。意識を手放す直前、遥か上空に鎮座しているヤルダ・イクストリーモの昏い瞳が、もはや視界になど入っていないはずの己を見つめていたようにごまは感じた。
――――――――――――――――――――――――――――――
世界の底が抜けた最果て、一切の温度を持たぬ冥暗の淵で。
ごまは既に微睡んでいた。甘い痺れ、幸せな停滞。
死出の旅路をゆっくりと這う中で、遠く、星々の残響を謡う。
生きるとは、戦い続けることだ。
戦うとは、傷つき、傷つけられることだ。あらゆる種類の苦痛の根源だ。
他者から何も奪わず存える生命など有り得ない。死に向かい、死へと挑み、死を克服しては死を積み上げる。
命は矛盾の塊だ。自分たちは生きながらにして死に続けている。
きっと自分たちの祖先は、進化する方向を間違えた。こんなものはただ恐ろしく、ただ疲れるだけだ。
―――――嗚呼、それでも。
あの日に感じた怒りは、嘘だっただろうか。
同胞の命を救い、シャチの命を奪ったあの瞬間、自分が何を選んだのか。
絶対なる弱肉強食の掟に逆らい、摂理から無慈悲の復讐を受けるとしても。このヒレに掴んだものだけは―――今も、己の魂に刻まれている。
――――――――――――――――――――――――――――――
記憶は遡る。遺伝子を通じて、遥か始原の過去へと。
かつてのアニマルバース、つまり第11銀河は、現在とはいささか異なる姿をした宇宙であった。
約12万×800光年の版図の内におよそ5000億の恒星とそれと同じ数だけの星系を擁する広大無辺の箱庭には、しかし
確かに、ハピタブルゾーンとは概して、文字通り天文学的な確率の下でごくわずかのみ実現を許される世界である。だが、その前提を考慮に入れても尚、第11銀河はまともな生命の芽吹かぬ宇宙の荒野だった。
ある時、そこへ飛来したのが古代種族「ヤルダモ」だ。
彼らは優れた科学力と旺盛な好奇心、底無しの攻撃衝動と支配欲を持っていた。故郷である第7銀河にて暴虐の限りを尽くした末、銀河中のあらゆる種族からの逆襲を受け、第11銀河へと逃げ延びたのだ。
だが、そうして命の花咲かぬ宇宙の荒野へと放逐されても、ヤルダモたちが自身らの性情と所業を顧みることはなかった―――。
ヤルダモたちはその極限まで発達した科学技術を駆使し、それぞれのアプローチで、第11銀河の星々の環境を生物にとって住みよい状態へ改造していった。
すべては再起の時を待ち、自分たちを追いやった第7銀河の者らへと報復するために。また、やがて復讐を為した後は、いよいよ宇宙全土を己が手中に収めるために。
今のアニマルバースに棲息する知的生命体――便宜上、この物語においては動物、獣、獣人などと名付けられているものら――は、ヤルダモが家畜として創造した数々の新生物の子孫なのだ。
蘇った先祖の記憶の中で、ごまは、現代で「あざらし」と呼ばれている彼らは、ただちっぽけなか弱い命だった。
ジア・ウルテ中の環境から淘汰され、追いやられ、暗く過酷な海底火山の近くで、彼らは小さくうごめいていた。原因や規模こそ違えど、奇しくもかのヤルダモと同様に、光なき世界の終端で掻き臥せる運命の裡に。
しかし、この極限環境微生物こそ、第11銀河に住まう原生生物を、また時に己の肉体すらも改造してきたヤルダモたちが最後に見出した「最強の兵器」の鍵となる存在だった。
ヤルダモたちは、微生物―――「細胞X」を最強の兵器とすべく、これまでに築き上げてきた科学技術、文明のすべてを惜しみなく注ぎ込んだ。遺伝子工学、医療化学、生体物理学…果ては量子力学から魔術論的非幾何超物理学、メタプレーン空想科学といった、宇宙を構成する絶対不変の物理法則、現実性そのものに挑み、超克せんとする試みさえもが、ただ一介の単細胞生物へと組み込まれていった。
もはや開発の経緯など誰もわからなくなった神話規模の作業を100年間継続していたヤルダモは、ついに完成させた最強の兵器を一度も使用しないまま滅びた。
本来、宇宙における未踏査領域への進行には、天文学的な時間と天文学的な予算の投入が必要不可欠だ。調査計画の策定、精査、議決までに文明が10ダース単位で興亡を繰り返し、電卓とメモ用紙だけで円周率の演算が完了するような、凄まじい時間とコストが。しかも、広い宇宙を必死に旅したからといって、何か着実に成果を持って帰れるという保証すらないのだ。
だが、逃亡したヤルダモを追う第7銀河連盟評議会は、より高い次元へと己の存在を昇華し、時空を超越した
キャメハメハ星の言語で「42」を意味する文字――なお、数の数え方は虚数混じりの16進法によった――を新聞紙に書きつけ、それを用いて生贄の肝臓を包み、恒星フレアの中に投げ込むことを1945回繰り返すという儀式によって、彼らは神々からの啓示を賜った。
それにより、ヤルダモの第7銀河追放からわずか10万年足らずで、彼らの潜伏先を特定することに成功したのだ。
先立ってヤルダモによる環境改良が進行していた新銀河の発見は、協力したハイパービーイングらを含む宇宙中の勢力から注目を集め、その結果、第11銀河の攻略は宇宙史上稀に見る驚異的な速度で完遂された。
ヤルダモの顛末については、拠点にしていた惑星もろとも自爆したとか、あるいは高次元への
確固たる現実的な記録としては、ガレオルニス星系η星「アル・アザ=ウンシェム」擁する帝都「メガイド」での本土決戦を最後に、種族としてのヤルダモは完全に滅亡したと考えられている。
時は流れ、ヤルダモの遺した数々の「新生物」らの間にも、独自の文明が形成され始めた。
忌まわしき大いなる災厄の遺児なれど、彼らもまた心ある一つの命。何よりも、根本的な悪の権化であったのはヤルダモであって、むしろ新生物たちはヤルダモに本来の在り方を捻じ曲げられた被害者に過ぎない。
新生物たちが宇宙の新たなる一員として、そして第11銀河の支配者として認められるのに、そう時間はかからなかった。
―――かくして、アニマルバースの歴史が幕を開けた。大獣族時代の始まりである。
……そして。
華々しい栄達の陰で、ヤルダモの復讐装置は未完のまま忘れられ続けた。
知恵持つ獣という見方においては、彼ら「あざらし」とて尋常なアニマルバースの住人とそう変わりない。
魚食ではあるが性格は基本的に穏やかで、知性の発達もそう目覚ましいものでもなく、あざらしはごく無害で平凡な一族として扱われた。
それが、ヤルダモたちが末期に仕掛けた最悪の罠であるということにも気付かれずに。
あざらしたちは、その種の創生からずっと、ヤルダモの意志を見つめていた。
本能に刻み込まれた欲望と記憶。ただひたすら戦い、敗れ、草木も芽吹かぬ煉獄の地底をつくばっていた日々。
その過程で育まれた―――無限大の怒り、憎悪。不屈なる鋼鉄の誓い。叛逆の炎。
主を失い、未完成であったが故に、あざらしたちがその意味を理解することは無かった。
己でも理由のわからぬ漆黒の想念を抱えながら、それでもあざらしはのほほんと生きていた。
けれど―――――。
『やい、のろまなアザラシども!』
『へへへ! 俺たちシャチに食べられるしか能のない間抜けめ!』
『いきなり威嚇かよ? ゴマッパリらしいな』
『ヘイトスピーチは魂の殺獣なんだぞ!』
『シャチを……アニマルバース最高民族を威嚇した罪―――軽くねーぜ?』
『劣等民族ゴマッパリとアニマルバース最高民族では、やはり友達になるのは無理だったな』
その日、あざらしは思い出した。
強大なる力持つ者に、支配されていた恐怖を。
宇宙の片隅に放逐されていた、屈辱を。
「ごま」
「ごまー」
「ごまー」
「ごまーごまー」
「もふ」
「くちく」
「ごまごま」
「くちく」
「してやる」
「まっさつせよ」
「このよから」
「しょうきょせよ」
「いっとう、のこらず」
「つぶす」
「もっふん」
「つぶす」
「ごまー」
「つぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶす」
――――――――――――――――――――――――――――――
ンガ・マージャが目覚めた時、そこは地獄だった。
どれほど気を失っていたのか。あのあざらしは死んだのか。それを攻撃していたあの天使は。ライオネルはどうなった。
様々な疑問があった―――もはや誰にぶつけられるとも知れなかったが、マージャには頭の中を整理する時間が必要だった。
ほうほうのていで瓦礫の山から脱出した彼は、しかし眼前に広がっていた光景を見て、すべての言葉を失った。
「嘘だろ」
わずかながらも惑星の軌道そのものが変化するほどの衝撃に見舞われたシャチントン、いやかつてシャチントンの存在した海域は、恐らくはマージャの思う以上の長い時間をかけて、凪の平穏を取り戻していた。ごまが死んだ今、この星の海は静かだ。
―――そうであって欲しかった。波は未だ収まっていない。
「……生命反応……復帰」
これまで一度も表情らしい表情を見せて来なかったヤルダ・イクストリーモが、初めてそれらしいものを声音に滲ませた。
実際、アニマルバース最強最高の兵器として創造された彼あるいは彼女に、必要以上の感情を生じる機能は実装されていない。それにも関わらず、ヤルダ・イクストリーモは確かに、ある感情を覚えたのだ。
「どうして。なんでだ。嗚呼……、……神よ」
遥か昔に捨て去り、冒涜するのみであったはずの信仰が思わず蘇ってしまうほど、マージャが見たものはおぞましかった。
激しく渦巻く潮流が、シャチントンの町であった廃墟を呑み込んでいる。明らかに自然な現象ではない。
「一体なんなんだ、あのあざらし、まだ―――」
ぽつり、ぽつりと、雨粒が落ちた。
「まだ上が、あるってのか」
魔人の呟きを皮切りに、事態は迅速に進み始めた。
灰色だった曇天は化学反応の煙霧にも似た漆黒に変わり、辛抱堪らぬといった風情でついぞ猛烈な暴風雨を吐き出した。
注ぐ豪雨が渦潮へと吸い込まれ、瞬く間に増大した水量はメガフロートの残骸を決定的に打ちのめし、跡形もなく解体していく。
雷鳴が轟いた―――広葉樹の葉の脈のような、幾本にも分岐する紫紺の電光。………否。走る稲妻は、マージャの頭上の黒雲のみならず、雨を吸ってより巨大となった渦潮の中心部からも発されているように見えた。
「―――――G…………」
呻き声が響き渡る。冥府の亡者が地の底より投げかける、怨嗟と妄執にまみれた悲鳴が。
世界が蒼と紅に割れ裂ける。突如として降誕した膨大なエネルギーが海水を蒸発させ、地殻を溶融させながら、現世へとまろび出る。
致命の鍔際から強引に、もはや横暴なまでの執念で蘇った"それ"は、おぞましい生命力に満ち満ちていた。押し寄せる大海嘯、もしくは火砕流の如く全てを喰らい、何もかもを呑み込む絶望の王。
その絶叫は痛ましく、盛大に暴れ狂い吹き荒れた後に、塵一つ残さないことを予感させるようだった。まるで虚無へと繋がる蟻地獄だ。
命の奔流の内に無窮の奈落が口を開ける、それは超新星爆発じみた終末の化身だった。
「GOOOOOOOOOOOOO―――MAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――――!!」
極めて純粋で
あざらしの周囲ではおよそ色彩という観念が意味を失い、専ら虚空の純白のみが空間を支配していた。横溢する霊気が現実の物質と干渉することでようやく光を帯びる中、爛々と輝く一対の眼球のみが紅蓮の尾を棚引かせている。
時折、古いビデオ映像のように輪郭が霞むのは、存在そのものがあまりに強大であるために、宇宙から実存が弾き出されようとしていることの証左だ。この世界の物理法則は、彼の全身全霊を叩きつけられて整合性を失わないほど頑丈には出来ていない。
「排除行動を継続」
今度こそンガ・マージャが脱落し、誰も見る者の居なくなった戦場で、ヤルダ・イクストリーモは宣言した。
槍砲の銃火が鞘走る。そのか細く鋭利な光の1発1発に、最高性能の重力子フレア空間破砕砲に匹敵する破壊力が秘められている。
「―――GOMAAAAAAAA!!」
果たして、砲撃があざらしに命中することはなかった。
雷鳴とすれ違うように直上へと跳び上がったあざらしの右ヒレが撓められる。彼が拳を握っただけで世界が歪み、燃え盛る神気が巨大なビジョンを形作った。眼前に立ちはだかる全てを穿ち、貫き、打ち砕く、凄まじき怒りの鉄拳。
「……!?」
「GOOOOOOMAAAAAAAAAAAA!」
無造作に、ただ力任せに、雷神の戦鎚じみた窮極の打撃が見舞われる。
ヤルダ・イクストリーモの機動性と動体捕捉能力、演算機能を以てすれば容易く対処し得たはずの一撃は、しかし如何なる戦術予測をも上回って天使の胴体へと突き刺さった。盾にした槍砲が瞬時にして粉砕され、防御を完璧に貫徹されたためだ。
―――ただの一撃では。まだ戦闘は、続行でき、
「GOMAAAッ!!」
「!」
ヤルダ・イクストリーモは、今度は左の大鎌で受けることはせず、大きく身を捻って回避した。
たとえ直撃を避けようと、あざらしが纏う闘気までは無効化できない。破壊の渦に曝された左半身の装甲表面が削り取られ、ナノマシンによって即座に自動修復されていくのを感じながら、戦術方針を変更する。
「
槍と鎌が粒子へと変換され、また別の形態を得る。
天使が背に冠する翼が、3対ほど増えた―――使用者の意志によって、自由自在に飛び回る遠隔機動砲台。単発ごとの破壊力では先の槍砲に劣るが、中空を縦横無尽に疾駆する小型砲の動きは非常に予測し辛く、また素早い。
熱線で織り上げられた針の驟雨が降り注ぐ。発揮される威力は、包囲射撃というよりも絨毯爆撃の域だ。
本来は対多数戦闘にて真価を発揮する武装。都市あるいは国土を薙ぎ払うために使われるべきその攻め手は、一介の生物へと向けられていい暴力ではなかった。
「GOMA……GOMAAAAAAA!!」
対するあざらしの行動は、信じがたいほどに愚直で、それでいて精細だった。
オルシカーラの空を駆け巡る迅雷と一体化したかの如く、ごまは奔る。猛烈な加速からほぼ瞬時に停止、滑らかに方向を転換して、再び加速。圧し掛かる慣性の法則をものともしない、炭素生命体の常識と限界を完全に超越した三次元機動だ。
面となって襲い来る穿孔する光の嵐を紙一重で回避し、青天井にスピードを増していくごまのマニューバは芸術的ですらあった。
弾幕を掻い潜って、あざらしが天使に迫る。事ここに至り、ヤルダ・イクストリーモもまた、この交錯にて己の全霊を懸けると覚悟した―――討たねば、討たれる。出し惜しみは許されない。
「―――!!」
「GOMAMAMAMAMAMAMAMAMAMAMAMAAAAAAAAAA!」
ヒレと拳が激突する。戦場に吹き荒れる暴風をも上回る強烈な波動が天地を揺らす。
熟練の剣士が鍔迫り合うように、腕力の応酬。やがてどちらともなく距離を取り、再び仕掛ける。連打、対、連打。
文字通り桁違いの筋力と肉体の耐久性を有する両者の格闘戦は、まったくの零距離でメガトン級の核弾頭を炸裂させ合うに等しい。何か堅い物体が激しく凹み、割れ、砕ける異音が空間を埋め尽くし、不吉極まりない虐殺のオーケストラが繰り広げられる。
血飛沫が舞い上がる。片や燃えるように鮮やかな紅蓮、片や神秘的な七色に煌めく溶液という違いはあれど、それらが撒き散らされて薄い虹を描く様子は、ともすれば滑稽ですらあった。
「GOOOOO、MAAAAAAAA……GOOOOOOOO、MAAAAAAAAAAAAAA……!」
「……! …………!!」
「GOOOOMAッ!! GOMAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
両者が生み出す殺戮の意志が、猛る破壊の炎と化して具現する。対象を原子レベルにまで分解する火球が爆裂し、光線が天地を貫く。
天使の翼から無数の光球が吐き出され、周囲一帯を根こそぎにした。ごまは地面を滑るように疾駆し、飛び跳ね、弾いて受け流し、すべてを無効化してのける。
ごまの反撃。機関銃じみたレーザー弾の連発。天使はこれをバリアフィールドによって防御し、エネルギーの波を振り乱して薙ぎ払った。同時に立ち昇る光の柱、あるいは槍。
その内の1本を脅威と認め、ごまはヒレを交差させてガードした。そしてその隙を突き、一際大きな火球が、いくつもの「子弾」をばら撒きながら迫る。
しゃらくさい―――と言わんばかりに、ごまは身を捻る。何本もの獣の爪を模した衝撃波が空を裂いた。天使の放った火球が粉砕される。
「GOMAAAAAAAAAAAA!!」
「!!」
「GOMAAAAッ!」
瞬間、ごまの姿が霞の如く掻き消え、即座に天使の背後へと躍り出た。
神速の
「……っ、……!」
それが命中する寸前、天使もまた空間を歪めてごまの眼前に迫った。
迎撃に放たれた拳を紙一重で回避し、至近距離からごまの腹部へと、直接エネルギー波を叩き込む。
炸裂―――吹き飛ばされ、白煙の尾を引いて落下していくごまは、しかし次の瞬間には天使の真横にまで戻っている。
ワープの気配を既に察知していた天使の反応は速い。転移先を予測してすぐさまハイキックを打ち込む。命中、否、手応えがない。
頭上から、両の
フェイントから繋げられた左のフックを防御。転移、攻撃、今度は同時。ごまのヒレと天使の蹴りが衝突する。
痛烈なショックから復帰したのは、ごまが先だ。立て続けにワープを行い、残像にすら質量があるかのような怒濤の連打。
「―――――!!」
「GOMA!?」
無論、そのまま倒される天使ではない。
極めて強力な精神感応波が発せられ、
動けぬごまに向け、天よりの雷霆が
「GOOOO……MAAAAAAA……!」
無論、大人しく致命傷を受けるごまではない。
「AAAAAAAAA!!」
「……!? ……!!」
天使の青白いそれとは異なる、黄緑色の雷光が発生する。
電磁力の鎧が天の雷霆を受け止め、というよりは同化して吸収し、全周囲を弾き飛ばす拒絶の爆風となった。
思わず体勢を崩す天使。ごまはその機を逃さず、極太の光波の熱線を照射した。
ソニックブームを伴う超音速の飛翔によって、天使は空気と地面をプラズマ化させながら迫る熱線を回避していく。
同時に、膨大なエネルギーを掌へと圧縮。虹色の光の粒子、時間差で炸裂する原子分解の爆弾として投げ放つ。
轟、と音がして、ごまが居た場所を中心に、色とりどりの炎が咲いた。
「GOOOOOO……」
「……!! っ……!」
「GOMA! GOMA! GOMAAAAAA!!」
「!? ……! ……!!」
―――有効打、ならず。
そればかりではない。魔力のジェット噴射によって、ごまは空間転移と紛うほどのスピードで天使の懐に肉薄した。
右フック、左ストレート、右ジャブ、を防いだところでごまの胴体が回転し、曲芸じみた回し蹴りが、天使の肩口へと突き刺さる。
「GOOOOOOO! MAMAMAMAMAMAMAMAMAMAMAAAAAAAAA!!」
地面に墜落した天使が見たのは、花開くが如く空を覆う光の雨。熱線の嵐。
単独でも軍事要塞を撃滅し得る巨大な火球が、群れを成して襲いかかった。
「―――――!!―――」
「GOOOOOッ!! MAAAAAAAAAAAA!!」
爆炎の豪雨の最中、一際巨大な光の砲撃が天使を目掛ける。
「……、……―――、…………―――――!!」
天使は、燃えて砕ける身体に鞭打って立ち上がる。
大地に深刻なクレーターを生むほどに力強い踏み込み。天使の足元から青白い光が噴出し、エネルギーの壁を形作った。
やがてそれは指向性を持ち、奔流となり、まるで地上から立ち昇る流星群のように、襲い来るあざらしの光線を迎え撃つ。
世界が砕けた。常軌を逸した絶大な"力"の高速回転によって、宇宙それ自体が引き千切られる。
いくつもの次元が光すら追い抜く速度で過ぎ去り、先刻まで惑星オルシカーラの海上であったはずの戦場は、今や一面を白亜に染めた何処とも知れぬ異常な空間となっていた。中空に極彩色の裂け目が走り、そこから多種多様な風景が覗いている。
あらゆる世界のあらゆる光景が連続する中、振われる拳は大陸と海原を割り、放つ光波が文明を焼き尽くし、身体を叩きつけられた背で惑星が砕け、渾身の一撃が掠り合う度に数多の宇宙が消滅していく。
戦いは続く。決着に向かって。
すべては疾走する。終着点が近い。
どれほどそうしていただろうか。
広大無辺の多元宇宙をついぞ一周し、ケルメェス星系宙域に帰還した1匹と1体。
視線が重なる。腹の底が熱くなる。憎悪にも恋にも似た、恐らくはその両方である忌々しくも愛おしい淀み――尤も、少なくともヤルダ・イクストリーモの方は、未だそういった機微を解するほどに情動を成長させてはいなかったが――に、しばし身を委ねる。
恒星の光を遮るものは無かった。最高のスポットライトに照らされて、血肉と狂気で綴られた戯曲の最終楽章が幕を開ける。
「アルファからオメガまで、全セーフティ強制解除。戦闘機動最終レベル、発動限定解除。エグザイル・ドライヴ……臨界突破」
己が躯体の稼働限界を悟ったヤルダ・イクストリーモは、一切逡巡することなくその判断を下した。即ち、自身を破壊してでも必ず作戦目標を粉砕するという決意だ。
蒼い輝きを湛える天使の心臓がいっそう強く脈打ち、やがてそれは無数のスペクトルを内包し乱反射する極大の光熱へと変貌していく。
「極限殲滅形態『ワールズエンド・プライマルパージ』、セット完了」
もはや他の全ての戦闘機能を停止し、内側から崩壊していく躯体に。それでも、眼前の敵を認める両の目に、羽ばたき進む炎の翼に。
ただ一撃―――己が内より燃え盛り、溢れ出る青藍の輝きを押し留め、撃ち放つ両腕に全力を込める。
天使はまだ知らない。500%を数えて尚も増大するエグザイル・ドライヴの稼働率の原因、止まらぬ胸の高鳴りの正体を。
「GOMA……」
あざらしから放射された波動が宇宙を掌握する。周囲を埋め尽くす星々の瞬きが回転し、万華鏡じみた光の乱舞を演じ始める。
躍動し尾を引く煌めきが、やがて規則的な線運動へと移り変わる。暗黒というキャンパスに描かれた形状が確と意味のある像を結び、星辰という咒によって喚起された属性は名状しがたい宇宙悪夢的な神秘を宿す。
「
それは超次元の意志の発露。大気の無い宇宙空間でも魂あるものの認知へと響き渡る、この世ならぬ呪文の表音。
獣は吠える。朗々と、鬱々と、歌うように。涙するように。我こそは百獣の王、この己こそが万物の霊長であると。
「八番目の虹、空を渡るもの。無尽にして触れられざる隻腕よ。廻り拡がる比翼の
力の小爆発が次々と花開く。
煙を吐く羊、激昂する牛、絡み合う双頭の蛇、水晶の殻と黄金の鋏を持つ蟹、王冠を戴く蝗、弓を引く蠍、8本足の馬、谷底に鎮座する山羊、水瓶を甲羅として背負う亀、砂漠を泳ぐ巨大な魚、咆哮する獅子、天秤を鼻でくわえた象。そして、それらの中心で佇むあざらし。
「汝、星天射墜とす愚者の鼓動―――最果てに謳え、G・O・M・A。我はすべてを喰らう者なり」
宣告と共に立ち現れる無限の夜空を束ねた刃は、ただ己が存在の証明で以て公理を超越する叛逆の剣。
「秩序に仇成す愚昧の賊よ」
「GO……MAAAAAAA!」
天使と悪魔。
神と獣。
兵器とあざらし。
「我が深淵の光芒にて、その天命を断つ」
「GOOOOOMAAAAAAAAAAAAA―――――――!!」
宇宙が滅亡する。
衝突は尚も続き、激烈な破壊の渦のみが万物万象を満たしていく。無限に広がる平行宇宙、異相次元の遥か彼方、無限大のさらにその先まで、大いなる力の解放が覆い尽くしていく。
市井の人、全能の神、脆弱な虫、みな等しく失われる。生命という生命が消去される。
路傍の石、至高の財宝、無価値ながらくた。みな等しく砕かれる。物質という物質が崩壊する。
友情も、苦しみも、愛も、痛みも。精神という精神が、感応する意志が、魂の、心の働きまでもが。混沌の中へと溶けてなくなる。
やがて世界が7度滅び、7度生まれ、同じことを数多繰り返してのち。
――――――――――――――――――――――――――――――
1匹の獣がその地に降り立った。
まず白く、丸く、小さく、そして毛羽立っており柔らかい。卵型の胴に都合2対4枚の前鰭と後鰭を有し、顔には小さい目と大きい鼻と桜色の頬。
「きゅうきゅう」などと鳴き、時々「ごま」と口にする。常から陽気でよく動くが、それはそれで大いに疲れるらしくよく眠る。
魚を食べ、それ以外のものも食べ、特に熊の類と鯱を狙って執拗に狩る。狩猟や争いの折はまさしく天下無双、軍神の如き豪力と冷徹にして残虐の精神で以て、目をつけた獲物は決して逃がさない。
そんな何の変哲もない、もふもふした獣であった。
もふもふは、しばし佇む。
時刻は夜。頭上には暗幕に宝石をばら撒いたかのような満天の星空、眼下には素朴だが彩り豊かな大小様々の輪が立ち並ぶ花畑。
端的に言って、見覚えのない場所であった。恒星の光が遠い。
身を捩り、這いずって前進する。時たまひょいと跳ねる。身体は特に問題なく動いている。
そしてもふもふは発見する。
塩柱の如く白亜に透き通り、虹の極彩色の光沢を持ち、蒼い火の粉を散らす1枚の羽根を。
今やこの時空の歴史そのものから完全に抹消、放逐され、もはやそれを討った獣自身にすら姿形の思い出せぬ何者か。その痕跡を。
「ごまー。ごまー?」
だから―――生命のように燃え盛るこの羽根は、きっと。
「あぁ。……おやすみ―――見知らぬ君よ」
アニマルバース、けもの暦2024年。
旗艦「ホッキョク」の撃沈、並びに艦隊司令部が設置されていたシャチ共和国首都「シャチントンD.C.」の陥落によって、対あざらし第11銀河連合艦隊は完全敗北を喫した。「あざらし天国の変」である。
あざらし軍はこれを契機にさらに勢いを増し、周辺宙域に次々と侵攻。大半の星系で現地住民を絶滅させる圧勝を収め、そうならなかった星系では、今もなお激烈な戦火が広がり続けている。
この間の戦乱は「あざらし戦役」と呼ばれ、アニマルバースが経験した最後の戦争となった。第11銀河統括機構なき今、信頼性の高い公的な記録などは存在せず、日常と戦争の区別ももはや曖昧だ。
然るべき後、彼らは
統括機構本部は政治的な意味だけではなく、物理的にも第11銀河の中心部たる
第11銀河統括機構を排し、アニマルバースを混沌の渦へと叩き落としたあざらし。
だが、あざらしという生物兵器の根底に刻まれた初期命令は未だ果たされていない。
古代種族・ヤルダモの復讐は、あざらしの進撃は終わらない。かつて彼らを星々の最果てへと追いやった者たちをあらゆる銀河から駆逐し、全宇宙の支配者へと上り詰めるその時まで。
あざらしは行く。あざらしは戦う。あざらしの未来は、これからだ。
「ごまー」
あざらしものがたり ごまぬん。 @Goma_Gomaph
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